○『死滅神様は、肉食です』

 ユリュさんと挨拶を済ませた頃。


「スカーレット様、紅茶を持ってきました」


 リアさんが、紅茶の入った陶器のポットと3人分のカップを持ってきてくれた。今日のリアさんは、ナグウェ大陸でメイドさんが着ていた黒いメイド服を着ている。同じ服でも、着る人によって雰囲気は変わるもの。リアさんが着ると、スカートの丈が地面スレスレになって、落ち着いた黒の雰囲気にちょっとだけ幼さのようなものが滲んでいるような気がした。


「ありがとう、リアさん。ついでに紹介すると、この人がユリュさん。メイドさんと同じで“死滅神の従者”よ」

「ゆ、ユリュ……です。初めまして」


 やっぱり、かなり人見知りする子なのでしょう。耳ヒレをぺたんと丸めたユリュさんは、消え入るような声で自己紹介をする。リアさんとはチラチラとしか目を合わせず、大半は助けを求めるような目で私を見るばかり。

 だけど、いつでもどこでも我が道を行くリアさんは、ユリュさんの態度など気にしない。……いいえ、ユリュさんの困惑を感じ取って、挨拶を早々に済ませることにしたみたい。


「初めまして、ユリュ様。リアは……ワタシはフリステリアです。スカーレット様の、家族、です」


 姉妹だから、家族。どこか嬉しそうに、誇らしそうに私との関係を口にした後、ユリュさんへ腰を折ったリアさん。メイドさん仕込みの丁寧なお辞儀を終えた彼女は流れるように、同じくメイドさん仕込みの方法で紅茶を淹れ始めるのだった。

 今日の紅茶のもとになっているのは果物かしら? 芳醇ほうじゅんな甘みと渋みをたたえた香りが、食卓に広がる。来客と知ってすぐに作業を終えたらしいお手伝いさん達はもう邸宅からは居なくなっていて、庭の草木の手入れ作業に移ってくれていた。


「それで、本当にこれを私にくれるためだけに来てくれたの?」


 よく磨かれた貝玉とナイフとを示しながらユリュさんに聞いてみるのだけど。


「か、家族……? 以外の、家族……? あっ、親戚! 親戚です!」


 何やらうわごとを言いながら1人で納得している様子。何度目かの呼びかけでようやく「ひゃ、ひゃい!」と裏返った声でこちらに意識を向けてくれた。


「ふふっ、私とあなたの仲じゃない。そんなに緊張しないで?」

「そ、そうですよね! も、もう死滅神様の家族、ですもんね?!」


 死滅神関係者全員を1つのまとまりと考えると、確かに。


「家族! そうね。そう呼べるような関係になって行けると良いわね?」


 互いに信頼し合って。いつかは職業なんて関係なしに、お互いを家族のように親密に感じられたら。それって、最高の関係なんじゃないかしら。そう目線だけで尋ねてみると、さっきまでの自信なさそうな雰囲気なんてまるで感じさせない、輝かんばかりの笑顔で。


「……っ! はいっ!」


 ユリュさんは頷いてくれた。


「あっ、そう言えば、何か作業の途中でしたか? だったらも手伝います!」


 ユリュさんが皮膜の付いた小さな手を机について、やや前のめりに聞いてくる。だけど、折角遠路はるばる来てくれたんだもの。


「私、ユリュさん自身について知りたいわ?」

「あ、のことですか? 恥ずかしいですけど、たちはもう家族です! 何でも聞いてください!」


 いつかのように距離感を一気に詰めて来たユリュさんが、頬を紅潮させながら聞いてくる。けれど、そんな彼女の勢いをそぐように、かちゃんと。リアさんの手で入れられた紅茶が置かれた。


「タズブの紅茶です」

「ひぅ……。あ、ありがとうございます……」

「スカーレット様、紅茶です。リアが淹れました」

「ええ、見ていたわ。いつもありがとう、リアさん」


 私とリアさんの間では恒例となりつつあるやり取りの後、リアさんが当然のように私の隣の席に移動する。そして、ここ数日そうしているように、肩と肩が触れ合うくらいの距離まで椅子を寄せて座るのだけど……。


「リアさん、さすがに今は離れて? ユリュさんの大切な話を聞かないとだから」

「……はい」


 渋々と言った態度を隠さずに私と距離を取ったリアさんは、無表情のまま、ユリュさんをジィッと見つめる。その視線はどこか、ユリュさんを品定めするような、ユリュさんの真意を測るような、そんな目に見えた。




 ユリュさん、リアさんを交えながらお互いのことを話した後、午後からはユリュさん直々にタントヘ大陸の言葉について勉強をした。やっぱり現地の人が居ると……なんと言うのかしら。辞書や図鑑、教本からでは学べない、生きた言語を習得できる。

 場面ごとに使い分けられる単語の違いだったり、単語だけでなく会話の中での抑揚だったり。言語が言葉になっていく感じ、かしら。


「『初めまして、私はスカーレット。“死滅神”の職業をあずかる者としてあなたを殺しに来たわ』。こんな感じ?」

「ですっ! さすが死滅神様! も誇らしいです!」

「そ、そう? そうかしら?」

「はい。スカーレット様は、完璧です。素敵です」

「ええ、そうよね! ふん、ふふん♪」


 ユリュさんと、リアさん。2人が褒め上手ということもあって、私のやる気と自信も急上昇。鼻歌だって自然とこぼれてしまう。上機嫌のままする勉強は不思議と良く身が入って、いつも以上に集中して行なえた気がした。

 そのまま、あっという間に時間は過ぎて、夕暮れ。今の季節のイーラでは、5時ごろ。勉強も一段落して、そろそろ夕食の準備を始めようかとリアさんが離席して少しした時だ。

 塩水で浸した濡れタオルを使って鱗を湿らせる作業をしていたユリュさんに、私は家主として聞くことにした。


「ユリュさん、今日はこの後どうするの? ユリュさんさえ良ければ、泊まっていってくれても構わないわ?」


 そんな私の言葉に、ユリュさんがぴくっと身体を硬直させた。


「きょ、今日……ですか?」

「ええ。今日あなた、わざわざ親御さんに出してもらった30,000nを使って転移してきたのでしょう? 明日にはメイドさん達も帰って来るでしょうし、明後日以降、一緒に向こうに転移した方が何かと都合が良い気もするけれど……」


 不都合がないなら泊まっていく方がスキルポイントも、お金も節約できる。そんな私の提案に、ユリュさんは目を泳がせて不安そうにしている。


 ――私、何か余計なことを行ってしまったかしら。


 自分の発言を振り返って、そう言えばユリュさんはまだ子供だったことを思い出す。親は、子供を心配するものだと聞いた。


「親御さんが心配する、とか?」

「あ、えと、それは大丈夫だと思います。なんなら数日は帰って来なくても良いとまで言われているので……」


 ユリュさんのご両親はククルポトトのご両親と似て、結構、奔放な教育方針なのかしら。


「えぇっと、じゃあ他に何か……それこそ、私たちに問題があるとか――」

「それはあり得ません! あ、の覚悟が足りないだけと言いますか、なんと言いますか……。うー……」


 上目遣いに私をちらっと見て、目を逸らして。もう一度こちらを見て、うつむいて。もじもじと赤面し始めたユリュさん。


「も、もちろん、無理にとは言わないわ? これは、まだユリュさんとお話をしたい私の我がままだから……。だから、断ってくれても全然いいの」


 繰り返すようだけれど、ユリュさんは“死滅神の従者”だ。私が何かを命令すると、少なからず強制力が働いてしまう。だから慎重に、言葉を選んで。自分の意思を伝えた私を、今度こそユリュさんは紺色の瞳でじっと見つめてくる。やがて……、その可愛らしい柳眉りゅうびを逆ハの字にすると、


「わ、分かりました! も、頑張ります!」


 真っ赤な顔をしながらも胸を張って、言った。


「ほ、本当に。本当に無理はしなくて良いわよ? むしろちゃんと本心を言いなさい」

「はい、死滅神様! は決めました。は今日、になってみせます!」


 今私は本音を言うように命令して、ユリュさんは今の言葉を言い放った。つまり、そこには少なからずユリュさんの本心がきちんと含まれているということ。


「……ふふ! そう、良かったわ。じゃあ夕食も1人分追加してもらってくるわね」

「あっ、はい……。すみません……」

「そこは『ありがとう』の方が良いと思うわ? ご飯の後は、一緒にお風呂にも入りましょうね!」

「ふぇっ?! お、お風呂ですか?!」

「ええ! この家のお風呂、私の自慢なんだから! ぜひユリュさんにも味わってほしいもの!」


 言いながら席を立った私は早速、リアさんと、彼女と一緒に夕食の準備をしてくれているお手伝いさん達にユリュさんの分の食事の追加を言伝ことづてに行くことにする。


「や、やっぱり。死滅神様は、肉食です……っ」


 そんなユリュさんの言葉が聞こえた気がする。今日の夕食が低温で熟成されたブル肉だと、この微かに香る匂いだけで分かるなんて。きっとユリュさんも私と同じで、食べることが好きなのでしょうね! 夕食前の私の脳は、ユリュさんの発言をそう結論づけたのだった。

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