○馬鹿って言った?!
焼けるような右頬の痛みで、叩かれたということがわかる。焦点を戻してみれば、こちらを見つめる翡翠の瞳と目が合った。
「な、何を……?」
「
「ま、待って!」
抵抗むなしく今度は左の頬に平手打ちを貰う。丁寧に
……。……。……いや、なんでもとは言ったけど、何もここまですることなくない?! というより本当にするとは思わなかったわ!
見当違いというのも分かっているけれど、ふつふつと怒りがこみ上げる。同時に少しだけ。ほんの少しだけだけれど涙が浮かぶ。生理現象だもの、仕方ないわ!
そうして目端に雫を溜める私の、熱を持った頬に冷たい手を添えたメイドさん。自然、彼女と至近距離で向き合う形になる。
「良いですか、レティ? 何度も言いますが、私はきっかけを作っただけです。そこから懸命に働いて、人々から少なくない信頼を勝ち取ったのはあなたです」
「し、信頼されてるかなんてわからないじゃない! 実際、信頼してもらっていると思ったら、メイドさんが頑張ってくれていたんでしょ?!」
もう何が真実なのか分からない。頬をぶたれた混乱と怒りから声を荒らげる私に対して、それでもメイドさんは冷静な瞳を向けてくる。冷めた目線とも言えるのかしら!
「馬鹿ですね、お嬢様は。本当に……」
「言った! ついに言ったわ! 今あなた、一応の主人である私に向かって馬鹿って言ったわね?!」
憤る私にメイドさんはあるものを提示する。忘れかけていたけど、それは会話の冒頭、彼女が差し出したエヌの入った袋だった。
「それが何っ?!」
「これが、信頼の証です。
怒りとは不思議なもので、数秒経てば収まってしまう。頭は少し冷静になったけれど、それでもメイドさんがいいたことがわからない。
「言ったわ。ええ、言った。だから、なに?」
「逆を言えば、知っている人が困っていたなら、人は往々にして助けてくれるのです。それも、一生懸命に頑張っている人には。それが人の
それでも首をかしげる私に、メイドさんは教え聞かせるように言った。というより今、ため息つかなかったかしらこのメイド。
「つまり。一生懸命働く“スカーレット”に感化されたからこそ、皆さんはこうしてあなたを助けようとお金を出してくれた。その信頼と温情の証がここに詰まっているお金です。――分かりましたか、この分からず屋様?」
「……そう。そういうことね。少しだけど、ようやく分かった気がするわ」
呆れを多分ににじませながら、それでもメイドさんは私でもわかるように説明してくれる。今となっては、どうしてこんなケンカのようになってしまったのかも覚えていない。いいえ、ケンカでも無いわね。単なる愚かな私のひとり芝居。これじゃ『墓地の踊り子』よ。
そんな風に自分自身に呆れていたら、お腹が鳴った。こんな時でもお腹が鳴るなんて、私はどれほど食い意地が張っているのかしら。
「はぁ……。私のせいで遅くなっちゃったけれど、ご飯にしてもいいかしら、メイドさん?」
「はい、かしこまりました。そちらのお金はどうなさいますか?」
「本当に意地悪ね。……貰っておくわ」
ここで突き返すこともできるけれど、メイドさんを含めた折角の皆の厚意だとわかったんだもの。受け取らないなんて、それこそ恩知らずの恥知らずになってしまう。きっと今、私がするべきことは、貰った厚意に値する振る舞いを続けることね。
「それから、その……。色々と私のためにありがとう」
「気になさらないで下さい。
……それにしても、頬を
二度も打つ必要、あったかしら?
「いつかやり返してみせるわ」
「んふ♪ 色々な意味で楽しみにしております、お嬢様」
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