○必要だけど、認めない

 フィッカスに来て5日目。2月の22日目。早朝に宿を出た私たちは、牢獄島の整備された道を東に進んで無事、港に着いていた。

 石畳が敷かれた地面に、大きく突き出した桟橋さんばし。そして、その桟橋には中型の貨物船が横付けしている。本来、ここに旅客船が寄港することは無い。だから、港には旅客を相手にしたお店なんかも無くて、積み荷を運搬するための牛車ぎっしゃだけが多く行き来していた。


「慎重に運べよ!」

「「あい!」」


 今、船は絶賛に荷物の積み込み中だった。『筋力』に優れる短身族の人たちが、せっせと木箱や動物が入った檻を積み込んでいる。


「クレーンとか無いみたいだし、全部人力で運ぶの大変そう~……」


 積み込みの様子を眺めていたサクラさんが、そんなことを呟いている。

 私たちが今いるのは、桟橋から少し離れた場所に止めた鳥車の荷台だ。メイドさんが船の船長さんと交渉する間、港の様子を伺っていたのだった。


「オードブルに、ギリャリェ、ドゥル……なかなか気性が荒い動物が多いわね」


 檻に入れられた動物たちはどれも、縄張り意識の強い動物たち。恐らくメイドさんが言っていたジィエルの催し物『闘獣とうじゅう』に出されるのでしょう。あの子たちと一緒に船に乗ると思うと、なかなか落ち着かないでしょうね。他にもいくつか布がかけられた檻があって、猛獣たちが入れられていると思われた。


「――そう言えば、結局ひぃちゃんは奴隷についてどう思ってるの?」


 少し硬い声で、サクラさんが聞いてきた。


「突然ね。どうしたの?」

「んと、日本だと動物同士を戦わせる『闘牛』とか『闘犬』って見世物、確かダメだったと思う。動物たちの尊厳がどう、とかだったかな?」


 記憶を探るように、こめかみをぐりぐりしながら言ったサクラさん。どうやら、尊厳という単語から奴隷の話を思い出したみたいね。

 奴隷の話は大切だから後でするけれど、今は闘獣の話をしましょうか。サクラさんは闘獣という響きから動物同士を戦わせることを想像しているみたい。だけど、私の記憶が正しければ。


「闘獣は、人族と動物が戦う催し物だったはずよ」

「そうなんだ。でもどっちにしろ命を軽んじる行為なんじゃない?」


 人と動物が戦う姿が命を軽んじる行為……? どうしてそうなるのかしら。むしろ、狩りはどの生物にも与えられた権利のはずだけど。


「生き残るためには、狩りが必要でしょ? 日本ではそれが命を軽んじる行為になるの?」

「う~ん、多分、狩りを見世物にしてるってところがダメなんだろうけど……。でも海外だとありなんだっけ?」


 海外というと、ニホン以外の国の話ね。フォルテンシアと違って、チキュウでは海を1つ越えるだけで言語も文化も大きく違ってくるみたい。特に言語が統一されていないのは不便そうね。チキュウにはスキルが無いと聞くから、どうやって会話をするのかしら。

 チキュウの話はまた今度、サクラさんに聞きましょう。それより今は、闘獣と奴隷の話ね。


「闘獣は、大猟の祈りを込めるお祭りでもあったはずよ。ただ単に人と動物が戦うわけではないわ」


 少なくとも今の私は、闘獣が悪いものだと思わない。ここは曖昧な線引きになってしまうけれど、例えば畜産だって動物たちの命――サクラさん風に言うと尊厳をもてあそんでいることになる。だけど、私は畜産を悪いことだと思わない。

 家畜動物たちは食べられることこそが、役割だもの。でも、自分たちが食べるためだけに生かして殺すことに思うところがある。だから、私たちは私たちのために死んでいる動物たちに「頂きます」と言って敬意を払うのでしょう? そして、美味しく頂いた後に「ご馳走様」と感謝を述べる。きっとそれは、正当な命のやり取りだと思うわ。


「なるほど、闘獣には文化的な意味もあるんだ?」

「まぁ、そうなるわね。で、奴隷の話だけど」


 これはディフェールルでも話したことね。思えばあの時、一度だけ、サクラさんは死滅神としての私に踏み込んだと言えるでしょう。だけど、結局はサクラさんが妥協した。あの時の妥協も、今なら遠慮でしかなかったことがよく分かる。


「奴隷はやっぱり、必要だと思うわ。奴隷になることで救われる命があることも、確かだから」

「……そっか」


 私から目線を切って、俯いてしまったサクラさん。その顔は悲しそうなものだ。


「でも勘違いしないで。必要だと思うだけで、私が奴隷制度を許すわけじゃないわ」

「……ん? どういうこと?」


 私の言葉に、サクラさんはもう一度茶色い瞳を私に向けてくる。そんな彼女の目を見て、私はディフェールルで抱いた夢を語る。


「奴隷になってしまうような人をフォルテンシアから無くすこと。これはどうやったって譲れない私の目標よ」


 誰もが進んで奴隷になるわけではないでしょう。金銭的、食料的……様々なやむを得ない理由で彼ら彼女らは奴隷になって、新たな生活を求める。そんな奴隷の人たちが辿たどる最も残酷な未来を、私はこの目で見た。狂気の研究者ケーナさんの実験のために殺された黒毛の角耳族の男の子のような人が居ると知った以上、もう私は奴隷制度を容認することができない。

 だけど、私1人が許さないと言っても、何の意味も無いでしょう。だったら私は死滅神として、奴隷になってしまう人が1人でも少なくなるように努力すればいい。少なくとも人の命を軽んじる輩を殺して回れば、両親を失って奴隷になってしまう人や、連れ去られて無理矢理奴隷にさせられてしまう人を根絶できるはず。


「必要だと思うけど、容認しない……。うん、そっか! なんかひぃちゃんっぽいかも」

「そう? 『フォルテンシアの敵を殺すこと』。それがサクラさんの『奴隷を許すのか』という問いの答えになると思うわ」

「……あれ、やっぱり分かんなくなったかも。ひぃちゃん、余計なこと言わないでよ~」


 サクラさんが頭を抱える。おかしいわね、私の中では筋が通っていたはずなのだけど。命についてサクラさんはよく聞いてくれるようになった。その度に、私は私の中にあった曖昧な境界線や考えを、具体的なものに出来る。命について考えることが出来る。


「ありがとう、サクラさん。大好きよ?」

「急な感謝からの告白だ?! 言葉足らずはひぃちゃんの悪いところだよ?!」


 和やかな雰囲気のまま、メイドさんと船長さんの交渉が終わるのを待っていた、その時だった。


『クルッ?!』


 海を眺めていたポトトが、鋭く鳴いた、次の瞬間。金属が弾ける大きな音と共に、人々の叫び声のようなものが聞こえてきた。


「な、何事?!」

「分かんない! だけど、ひぃちゃん、構えて!」


 混乱する私とは対照的に、サクラさんはすぐに弓を持って周囲を警戒する。構えてと言われても……。と、私の手を引いて鳥車から立たせたのはティティエさんだ。


『スカーレット。敵、来た。あっち』


 そうして改めてティティエさんが指し示した方――桟橋の方を見てみる。そこには、宙を舞う短身族の男性たちが居る。そして、彼らを吹き飛ばしただろう動物が1体、壊れた檻のそばでうなっていた。


「なにあれ……翼の生えた白いトラ?」

「噓、でしょ……?」


 あの動物が分からないらしいサクラさんは落ち着いて居るけれど、私も、そばに居るティティエさんも冷や汗が止まらない。

 全身が美しい白い毛並みで覆われていて、長い胴体と細くて長い尻尾が見える。しなやかな体つきは、『キャル』にそっくりね。キャルと同じく、俊敏な動きと鋭い爪で陸上の獲物を狩るのだけど、それだけじゃないから人々はその動物を恐れる。

 と言うのも、背中には鳥のような大きな翼があって、空を飛ぶことも出来るの。空を飛ぶ速さも赤竜と同じくらいあって、普通の人は見つかればまず間違いなく逃げられない。会っただけで、見つかっただけで、殺されること間違いなし。だから人はその動物の名前を使って「本当にどうしようもない」という意味を込めたこんな故事を作ったの。


 ――『キリゲバに見つかった』ってね。

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