○ゆらゆら、ゆらゆら

 夜。私はティティエさんと一緒にベッドで眠っていた。初日からずっと、こうして私たちは一緒に眠っている。私を守るため、なんてティティエさんは言っていたけれど、本当かしら。ただ甘えたいだけなんじゃ、と思ってしまうのは、ティティエさんの幼い見た目のせい?


「今日まで用心棒、ありがとうね。ティティエさん」


 ティティエさんに、護衛をしてくれている事への感謝を述べる。「ん」と短く笑った彼女は私の手に指を絡めて、会話を続ける。


『明日、ある。油断、ダメ』

「ええそうね。明日、船が出るまで。よろしくお願いするわ」


 契約期間は明日までだろうと言うティティエさんに、私も頷く。


「そうだわ。最後に少し、お願いしてもいいかしら?」

「ん?」


 きょとんとしたあどけない顔で聞いて来るティティエさん。


「尻尾と角、触ってみてもいい?」


 それは、私がずっと密かに気になっていたこと。今も枕元の魔石灯の光を受けてキラキラと美しく輝く角と、鱗がきれいな尻尾の感触が気になっていた。角は硬いのでしょうけど、ツルツルなのか。意外とサラサラ、ザラザラしているのか。鱗は滑らかなの? 意外と湿り気があったりして。尻尾の弾力は? 硬いのか、柔らかいのか。ティティエさんの尻尾や角を見るたびに、気になって仕方なかった。

 身体に触らせて欲しいと言っているようなもの。メイドさんやサクラさんが居たらはしたないとたしなめられてしまうけれど、今は2人きりだもの。角族に会うことなんて滅多に無いでしょうし、なるべく心残りが無いようにしたかった。

 私のお願いに少し考える素振りを見せたティティエさんは、


『角、ダメ。尻尾、良い』


 そう言って身を起こす。そして、横になっている私の目の前で後ろを向いて、ゆらゆら尻尾を揺らし始めた。

 普段のスカート姿で今くらい尻尾を立てると、ティティエさんの小さくて可愛らしいお尻が見えてしまう。だけど、彼女が今着ているのはメイドさん特製の寝間着だ。お尻の部分を左右に広げることが出来て、尻尾の付け根の上の部分にある紐を結ぶことでずれ落ちなくなる。そんな、尻尾がある種族用の服の作りをしていた。

 ゆらゆら。ゆらゆら。私を誘うように揺れる青い尻尾。付け根は多分20㎝くらいの太さがあって、全長1mくらいかしら。先端に行くにつれて細くなる。尻尾全体は細かな青い鱗で覆われていた。


「ゴクリ……」


 不思議な魅力にひき寄せられて、私はティティエさんの尻尾に触ってみる――。


「――思ったより、温かくて、柔らかいわ」

『尻尾、角族、自慢!』


 私の賛辞に、ティティエさんが薄い胸を張る。基本的に大雑把なティティエさんも、毎晩、尻尾と角の手入れだけはしていた。サクラさんが肌を保湿するように、角族にとっては尻尾と角は大切な物だとこれまでの旅の中で聞いていた。

 もう一度、しっかりと尻尾を撫でてみる。ひんやりしていると思っていたけれど、尻尾には確かに温かみがある。鱗も赤竜のように硬い物を想像していたけれど、むしろ柔らかい。どちらかと言えば魚の鱗に近いのかしら。


「角はどうしてダメなの?」


 今までに感じたことのない感触を返してくる尻尾を揉んだり撫でたりして堪能しつつ、角はダメな理由を聞いてみる。


『角、触る。つがい』


 つがい……。生殖相手ね。なるほど角族全体のしきたりなのかは分からないけれど、少なくともティティエさんが生きてきた部族では、そう言うしきたりがあるのでしょう。なおも私を誘うように揺れ続けるティティエさんの尻尾を抱きしめてみる。トクトクとティティエさんの心拍が感じられて……。


「なんだか落ち着くわ」

『私、同じ』


 尻尾を抱いていると、私とティティエさんの体温が溶けあっていくみたい。この感覚は一緒に布団にはいったり、抱きしめられたりしている時に感じる安らぎにも似ているわね。

 ひとしきり未知の感触と温もりを楽しんだ私は、泣く泣く尻尾を手放す。本当に名残惜しいけれど、もうそろそろ眠らないといけなかった。


「ありがとう、ティティエさん。まさに至上の手触りだったわ」

「ん!」


 2人して、今度こそ毛布にくるまる。ティティエさんがいつもみたいに尻尾を抱いて、眠る格好を取った。彼女のこの寝姿勢。最初は尻尾を抱き枕にしているのだと思っていたけど、違うみたい。昔、寝ぼけて尻尾を全力で振ったことがあって、ベッドだけじゃなくて寝室そのものを壊したことがあるらしいわ。

 時に凶器にもなる、そんな太い尻尾が腰にあるからティティエさんは横を向いて眠る。だけど、彼女には尻尾以外にも青くてきれいな婉曲した角が側頭部から2本、眼前に突き出すようにして生えていて、横になって眠る時は邪魔になる。だから、


『枕、必須』


 と、苦笑しながら話していたことも印象的ね。枕が無い場所では座って眠るか、そもそも眠らないという選択肢を取るらしかった。1日2日なら、眠らなくても大丈夫だそう。

 投げた弓矢と拳だけで赤竜を倒してしまったり、寝ぼけて部屋を壊してしまったりすることも含めて、角族の人は私の知る規模で語るべきではないのでしょう。まさに規格外ね。


「おやすみなさい、ティティエさん」

「ん」


 お互いに笑いあった後、目を閉じる。

 結局、フィッカスではティティエさんが持つ強大な力が必要になることは無かった。だけど、ここ数日のティティエさんとの関わりで、彼女についてはもちろん、希少な角族についても良く分かった。

 新たな知見を得られたこと。それから、常識の埒外らちがいに居る存在を知れたこと。彼女を雇ったのは決して無駄じゃなかったと、胸を張って言えるわ。


 ――けれど、結局、ティティエさんが同道してくれた理由については謎のままだったわね。


 私は忘れていない。出会った時に、ティティエさんの方から雇って欲しいと言ってくれたことをね。あの時に見せたティティエさんの心配そうな表情の意味は、今でも分からないままだ。他にも、時折、不安そうな顔を浮かべていたこともあった。

 もちろん、何度か理由を聞いてみたのだけど、


『スカーレット達、弱い』


 の一点張り。さすがにその言葉の裏の意味までは、分からなかった。

 “呪い師”という、私は聞いたことのない特殊な職業を持つティティエさん。彼女にとって『言葉』が私たちよりはるかに重い意味を持つことはなんとなく分かる。そして、恐らくだけど、私たちが知らない何かを知っていて、こうして同道してくれているのでしょう。


「あなたなりのやり方で、最後まで私たちを守ってね、用心棒さん?」


 ティティエさんのあどけない寝顔を見ながら、私も深い眠りに落ちた。

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