○後日談、旅は“始まり”へ
あれから、どれくらい時間が経ったかしら。
ここ数年で大きく変わったことと言えば、まず、アイリスさんがショウマさんと婚約したことね。婚約の式典は盛大に行なわれて、ウル王国は三日三晩、お祭り騒ぎだった。
もちろん、アイリスさんと友好的だった私も式典に呼んでもらえて、着飾ったアイリスさんとショウマさんを祝福させてもらうことができたわ。
「おめでとう、アイリスさん、ショウマさん!」
「ふふっ、スカーレットちゃんにお祝いしてもらえるなんて、とっても光栄です。ね、ショウマ様?」
そう言ったアイリスさんに腕を抱かれたショウマさんは、それはもう赤面していた。きっと、アイリスさんが家庭の主導権を握っていきそうね。アイリスさんは人族だし、召喚者であるショウマとも子を成すことができる。そのつもりがあるのか聞いてみたら、
「「…………」」
今度は2人とも、赤面してしまった。……まぁ、子孫を残すことも王族の務めだとメイドさんが言っていたし、いつかはアイリスさん達の子供にも会えるかも知れないわね。
「お幸せに!」
そう言った私に、アイリスさんとショウマさんが嬉しそうに微笑んでくれたのだった。
死滅神関係者で大きな変化があったと言えば、ユリュさんかしら。外見が大人びたのもそうだけど、ある日、タントヘ大陸に行く用があったときのこと。ユリュさんの実家がある潮騒の町ガーラに立ち寄らせてもらったのだけど。
「ゆ、ユリュ!」
「ん? あ、ギジュ。どうかしましたか?」
「お、俺と、付き合ってくれ!」
赤い鱗のヒレ族の男の子……いいえ、立派な男性になったギジュさんが、ユリュさんにお付き合いと言うものを申し込んだ。それを受けて目を見開いたユリュさんは、
「え、嫌ですけど」
秒でギジュさんを振った。
「な、なんで……」
「
そう言って妖艶な笑みを私に向けてくるユリュさん。まだまだ危なっかしいけれど、言動も落ち着いて、少しだけ大人びた彼女からの卵という名の好意。今は金銭的にも、精神的に余裕が出て来たし、そろそろ受け入れてあげても良いのかもしれないわね。最近はユリュさんの力も強くなって、地上でもいよいよ私1人では抵抗できなくなりつつある。
――まぁ、ホムンクルスである私との間に子供が出来るのかは、不明だけれど。
ついでに、同じころ。緑の鱗を持つヒレ族の男性ダュイさんも、メイドさんに振られていた。
「そ、それでも、僕は諦めません!」
「はぁ……?」
いつの日か、メイドさんにもそういう人が出来るのかも? まぁ、今のところ、メイドさん本人にその気は全くなさそうだけれど。そもそもホムンクルスである私たちは、繁殖の欲求が薄いものね。けれど、逆を言えば、生殖本能なしに男女を好きになれるのが、私たちの良い所なんだって最近は気が付いたわ。だって、私が抱く全ての好意は、他意の無いものだと胸を張って言えるんだもの。
――だから、サクラさんやメイドさん達への想いも、きっと……。
そう言えば、リアさんが完成したのよね。こう言うと大層に聞こえるけれど、家事全般も、そして知識の量も私をはるかにしのぐ存在になってしまった。今、彼女はウーラに居て、母親に当たるフィーアさんと一緒に暮らしている。
もともとリアさんは(人を含めて)動物が好きだし、動物に好かれる体質をしていた。充実した日々の中、自然な表情も少しずつ見えるようになってきていて、笑顔もよく見せてくれるようになっていた。……ただ、1つだけ、困ったことがある。それは、リアさんの様子を見に行くと、必ず。
「こんにちは、フィーアさん。リアさ――」
「スカーレット様」
「ふぐぅぇ?!」
そう。私たちと会っていない反動があらぬ方向に働いてしまって、それはもう激しく求めてくる。被害に遭うのは私だけじゃなくて、メイドさんも、ユリュさんも同じ。しかも、ユリュさんに至っては私の知らない間に“刷り込み”がされているのかしら。
「あは、あはははは……んっ」
リアさんの求めに対して、一切、抵抗しないのよね。おかげで、真っ昼間から肌色が多くなる展開になることが多い。本当は止めた方が良いのでしょうけれど、もし行為を止めに入ったら、私やメイドさんが襲われることになる。
「頑張ってね、ユリュさん」
「頑張りなさい、ユリュ」
ユリュさんにリアさんの相手をしてもらいながら、私とメイドさんとでフィーアさんと雑談するのが今では恒例になっているわ。
残すは……カーファさんとシュクルカさんね。もうおじさんと言っても良い年齢のカーファさんなのだけど、あの人は相変わらずだわ。真面目にエルラの治安を守って。暇を見つけては、お酒と女遊びを
「だってよ。
「むぅ、カーファさんもメイドさんも。そこまで心配しなくても良いのに」
なんて言って。実際にカーファさん無しで賭博場に行ってみれば、私の自由にできる全財産の半分が、泡と消えたわ。当然、メイドさんに叱られた。その時、なぜかカーファさんも一緒に叱られてしまって、申し訳なさで一杯になった。以来、カーファさんと一緒に遊ぶようにしている。
「そこで『賭け事などやめよう』ってならない所が、
「そう? 褒めてくれてありがとう、カーファさん!」
「……これは、メイドちゃんも大変だ」
最後に、シュクルカさん。変態なのに聖女な彼女は、今もなお純潔を守っているそうよ。私が聞いたのではなくて、メイドさんにそんな感じのことを言いながらセクハラをしているのを見たから知っているだけなのだけど。
発情期があると言われるほど、人族の中でも性欲の波が激しいと言われる耳族の人たち。そんな耳族でありながら、純潔を守っているということは、そんな自分を律することが出来ているってことで……。
「……うん?」
きちんと自制心があるのにセクハラをする理由は? 尋ねた私に、シュクルカさんは一言。
「趣味です」
そう答えた。趣味なら、仕方ない……のかしら。まぁ、公私を混同しなければいいだけの話よね。その点、シュクルカさんはキチンと
そして、今日。この日。私たちは、とある町で、フォルテンシアの敵――ズロワさんという男性を殺した。
薄暗い路地裏。最期まで生きようと私に刃を向けた男を、私はひと目見るだけで殺したの。今の私はもう、視界に収めることさえ出来れば、対象を殺すことが出来るようになっている。
「お勤め、ご苦労様でした、お嬢様」
黄緑色のメイド服を揺らすメイドさんが、私の側に降り立つ。彼女は、本当に変わらない。凛として、ちょっとお小言が多くて、可愛くて。私を、その宝石のような瞳で見つめてくれる。ホムンクルスだから年を取ることもないし、しっかりとした自我を持っているから、揺らぐこともない。今日も今日とて、完ぺきなメイドさんだった。
今日は、薄暗い路地を逃げ回るズロワさんをメイドさんとポトトが追い詰めてくれた。
「ええ。メイドさんも、お疲れ様。後のことは任せて大丈夫?」
「はい、お任せを」
頼りになる侍女に事後処理を任せて、私は闇に溶け込む黒いドレスの裾を揺らして路地を出る。と、そこにはポトトが待ってくれている。
「お待たせ、ポトト。追いかけっこであなたもお腹が空いたでしょう? どこか食べる所を探しに行きましょうか」
『クルッ♪』
そうそう。
ククルは白い羽毛が多くて、メスとして魅力的な部類に入るってフィーアさんが言っていた。きっとオスもより取り見取り。いつか素敵な
「う~ん、今日は何を食べようかしら?」
そして、私。名前はスカーレット。“死滅神”スカーレット。見るだけで、相手を殺すことが出来る存在。正真正銘、“死神”と呼ばれるに足る存在まで、成長することができた。食べることと寝ることが大好き。誰かと話したり、一緒に居たりすることも好き。変化と言えば、さっきも言ったように、見るだけで人を殺せるようになったことくらい。相変わらず、ちんちくりんで、死滅神としてはまだまだ。それが、今の私だった。
路地裏と違って、人々が行き交う表通りの、なんて明るいこと。お腹を空かせた私の鼻が、立ち並ぶお店から漂う料理の匂いを嗅ぎ取ってお腹を鳴らす。
――さて、それじゃあ今日もお店探しと行きましょう。
私がそう意気込んだ、直後。
あ、ひぃちゃん!
雑踏の中。不意に、私を呼ぶ懐かしい声が聞こえた気がした。
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