○新しい仲間ね!

 森から帰ることが出来たのはサクラさんのおかげ。命の恩人でもあるはず。フォルテンシアに来たばかりで無一文の恩人を放り出すわけにもいかない。ひとまず私は、サクラさんがこの世界に慣れるまで、彼女と一緒に居たいと思う。けれど……。


 冒険者ギルド支部で依頼完了の報告と報酬の受け取りをした私は、商業施設ゼレアの1階でメイドさんと合流した。


「森へ帰して来てください♪」


 連れ帰ったサクラさんを一瞥したメイドさんの第一声がそれだった。連れていけない、ならまだわかるけれど、森へ帰せって……。まるで動物みたいに扱うメイドさんに、しかし、


「きれ~な人……! スカーレットちゃんといい勝負」


 サクラさん本人は我が道を行っている。思えば、知らない世界に来たわりにかなり落ち着いているようにも見える。私がもし1人、チキュウに行ってしまったら……いいえ、大丈夫ね。そう、今度こそ落ち着いて行動できる、はずよ。

 ともかく。今はメイドさんを説得して、サクラさんと一緒に居ることを了承してもらわないと。私は自分の考えをメイドさんに伝える。


「この人が助けてくれたの。恩を返すことは大事だと、私は思うわ」

「道に迷ったのはお嬢様とポトトの不手際です。挙句、お嬢様に至っては泣いておられましたし……」

「なっ……! どうしてそれを?! って言うか、泣いてないわ!」


 どうして、と思ったけどきっとこれね。今も首から下げている翡翠の石がはまったネックレス。これで“音”を聞いてるんだわ。


「何が起きたのか、その召喚者がどういう経緯でここに居るのか。おおよそ把握できています。そのうえで、わたくしの意見は変わりません」

「メイドさんの分からず屋さん! わかったわ、なら〈鑑定〉すればいいじゃないっ。良いわよね、サクラさん!」


 私の時も、メイドさんは〈鑑定〉をすることで信用を得た。信頼は、まだだけど。そうそう偽ることの出来ないステータスを覗けば良い。そう思って、私はサクラさんの茶色い瞳を見る。


「えっ、あ、はい!」


 動揺しながらも、頷いてくれたサクラさん。彼女の同意も取れたし、早速メイドさんに〈鑑定〉してもらってステータスを見てもらう。翡翠の模様を浮かべる瞳でサクラさんを見つめることしばらく。メイドさんはサクラさんから距離を取った。


「……嘘を言っていないのは分かりました。ですが職業ジョブを持たない召喚者どもはそもそもの思想が違います。いつレティに危害を加えるか」


 いつになく食い下がるわね。メイドさんが友人として、私の身を案じてくれているのは分かる。でも、やっぱり、助けてもらった恩には報いたい。それに、なぜだか既視感のあるサクラさんを、私は放っておけない。


「お願い、メイドさん。私が彼女の面倒を見るから」

「レティが? まだ料理ぐらいしかまともにできないのに、ですか? 洗濯は? 裁縫は? 宿泊費に食費。その他お金だってかかります。分かっていますか?」

「うぅ……、その通りだけど。す、少なくともメイドさんに迷惑はかけないから……。だから、お願い!」


 精一杯、私が頑張ればいい。だってこれは私の我がままだから。でも同時にメイドさんにも理解はして欲しい。納得してもらえるかは別として。

 そうして頭を下げた私の視界に、かぎ爪が付いた足が見えた。元の大きさに戻ったポトトね。


『クルルルゥ クルルクルル クルルルッ!』

「あなたも分かっているでしょう? このままではレティの無茶が増えるだけです。今回だってあなたがレティを1人にしたから――」

『クルッ! クルルルゥル クルールッルル クルルクククル?!』

「……口ごたえなんて、偉くなりましたね、ポトト? ……ですが、まあ、一理あります」


 何か話をしているみたい。状況的に、ポトトが優勢なのかしら。それでもなお、難色を示すメイドさん。……もうっ、本当に頑固な人ね! それともやっぱり“外来者”は信用できない? それとももっと別の理由?

 ある意味の親である創造主を殺されたのだから、警戒するのは当然でしょうけど……。

 と、今度は茶色の髪とクリーム色の服が見えた。私よりも深くお辞儀をしたサクラさんだ。


「わ、わたしからもお願いします。両親が死んで1人暮らしだったので料理と洗濯はできます! お金はバイト、があるか分からないけど、頑張るので!」


 あご下までの短い茶髪を揺らして、一生懸命に自分の有用性を伝えている。よく見れば、体の横で握りこまれた拳は震えている。……そうよね。もしここで放り出されたら、1人になってしまう。1人は、寂しくて、辛いもの……。

 お願い、メイドさん! せめてサクラさんがこの世界で生きていけるようになるまで、一緒に居させて!

 そんな思いも込めて、私もぐっと頭を下げる。そんな状態が数秒。近くにいた人たちの困惑の声が聞こえてくるようになった頃。


 メイドさんの深いため息が聞こえた。


「お嬢様。死滅神たるもの、そうやすやすと頭を下げてはなりません」

「だってメイドさんが強情だから……」

わたくしも最大限警戒いたしますが、もしその召喚者に寝首をかれても知りませんからね?」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。だけど、メイドさんが今言ったことって、つまり!

 そう思って顔をあげると、苦笑するメイドさんがいる。つまり、妥協してくれるということだった。


「やった! やったわ、サクラさん!」


 何かしら、この、一緒に赤竜を倒したような気持ち。達成感? 連帯感? みたいなものが溢れて、嬉しさのあまりサクラさんに抱き着いてしまう。


「うわっ! 待って、スカーレットちゃん! わたし、一緒に居て良いの?」

『クルルクッ!』

「良いん、だよね……?! よ、良かったぁ~!」


 羽を広げたポトトの反応を見て肯定と取ったのでしょう。サクラさんも抱き返してくれる。


「早速、宿に行ってお風呂にしましょう! あ、それよりも先にご飯かしら?!」

「お嬢様。まずは宿に宿泊人数の増加をお伝えするべきかと」

「そ、そうよね。あ、ご飯も1人分多くなるから食材も多く買わないと――」


 こうしてセンボンギサクラさんという新しい仲間を得た私たちは、リリフォンでの新たな生活を送ることになる。

 結果的には、サクラさんの加入が、当初の目的地である前任の死滅神が所有していたという別荘への近道になる――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る