○懐も寒いわ……

 ビュッフェ形式の朝食を済ませた私たちは、宿『クランシュ』を後にした。

 今日1日は自由にウルセウを見回ることになっている。冒険者の私を贔屓ひいきにしてくれたゴロデさん含め、知り合い数人に挨拶がしたい。そう言った私のわがままをメイドさんたちが許してくれたおかげだった。


「とはいえ、こうして人の居る場所に来るとお金がかかるのよね。……ポトト、苦しくない?」

『クルッ♪』


 ポトトの背に乗りながら、乗鳥用に新調した手綱を握る。またがっているくらからポトトの前面を通した紐に器具を使って固定したもので、手綱さえ握っていれば後ろに落ちることは無さそうね。

 手綱と固定器具で会わせて1,500n。昨日の宿泊費7,000nを差し引くと、いよいよ手持ちが寂しくなってくる。具体的には17,800nね。それが今の私の全財産だった。


「どうせ挨拶で町を回るのだし、ギルドに行って依頼でも受けましょう」

『クルールッルル クルゥクルー!』


 泊まっていたクランシュも冒険者ギルドも同じ大通り沿いにある。10分もしないうちに、ギルドについてしまった。

 久しぶりのウルセウ冒険者ギルド。レンガ造りの外装に、天井の高い5階建てという大きな施設。内装は全然変わりなくて1階に大きな酒場と掲示板。吹き抜けになっている2階に依頼を受ける受付、3階より上が泊まる場所になっていた。

 今は風で流されないように特徴的な黒い髪を上着の中に入れているからかしら。死滅神である私を見ても、特段、冒険者さんたちに変化はない。それどころか、


「邪魔だぜ、お嬢ちゃん。依頼をしに来たなら2階だ。案内してやろうか?」


 少し強面の男性が親切に声をかけてくれる始末。必要ないことを伝えると、


「そうか。困ったら大人を頼るんだぞ」


 そんな風に気を遣ってくれた。さすがに黒髪赤目で死滅神だと気づかれたでしょうけど、態度は変わらない。死滅神に対して寛容な人なのかも。男性に軽くお礼を言って別れた後、ひとまず私は2階へと向かった。

 いつもならアイリスさんが私におすすめの任務を見繕ってくれるのだけど、さすがに昨日の今日じゃ――。


「ようこそ、スカーレットちゃん! 早速、依頼を受けますか?」

「あ、アイリスさん?! どうしてここに?!」

「あれー? 私がギルド職員だってこと、忘れてませんかー? 寂しいなー?」


 驚く私を、制服姿のアイリスさんがからかって来る。


「そういうことを聞いているんじゃなくて、公務はどうしたの? ジィエルに行くんじゃなかったかしら?」

「もちろん、行きます。……ちょっとだけ、面倒なんですけどね?」


 そう言っていたずらっ子のように笑うアイリスさん。どうやら同僚の職員さんたちに新年の挨拶をしに来たみたい。明日には予定通り、ジィエルへ向けてウルセウを発つそうだった。王女としての公務にギルド職員としての仕事。大忙しなはずなのに、全然疲れを見せないのはさすがと言うべきかしら。

 受付の前にある机に移動した私たちは、依頼について話すことにする。


「何か手ごろな依頼はある? お世話になった人たちに挨拶回りをするのだけど、そのついでに出来るものだと嬉しいわ」

「了解です! 探してみるので、ちょっと待っていてくださいね……。それにしても、スカーレットちゃん。少し顔色が悪いですが、体調は大丈夫ですか?」


 手元の依頼書の束を確認しながら、青い瞳を向けてくるアイリスさん。顔色が悪いのは、吐いてしまったせいで少し寝不足だからでしょう。一目私を見ただけで気づいてしまう彼女の観察眼には舌を巻くしかないわね。


「ええ、大丈夫よ。昨日ちょっと、ね」

「うふふ。はしゃぎ過ぎて、失敗したんですね?」

「なっ?! どうしてわかるの? スキルか何か?」

「ギルド職員と、それから親友としての勘です!」


 お、恐ろしい人ね。だからこそ、頼りになるのだけど。依頼書の束から目ぼしい物を抜き出しつつ、アイリスさんがそう言えば、と口を開く。


「実はついさっき、サクラちゃんが来ましたよ? 私が担当して、狩猟系の依頼を受けて行きました」

「サクラさんが? アイリスさんが選んだ依頼なら大丈夫なんでしょうけれど、心配は心配ね」

「信頼と心配は両立しますからね。それに、サクラちゃんなら大丈夫ですよ」


 心配そうにする私を元気づけるように言ってくれるアイリスさん。単なる気休めじゃなくて、ギルド職員としてつちかってきた経験から来る確信じみた口調だった。


「っと、これなんかどうでしょう? ゴロデさんの居る港への届け物。それと、テューターさんが住んでいるはずの西区角にあるお店へ手紙の配達です」


 ゴロデさんもテューターさんも、依頼を通して知り合った人たち。彼らにも挨拶したいと思っていたから、ピッタリね。これも、私が誰の依頼を受けて、どんな評判だったのかを知っている担当受付嬢だからこその仕事の速さ。ウルセウの冒険者ギルドが担当制を敷いている理由がよく分かるわ。


「それにするわ。ありがとう、アイリスさん」

「いえいえ。頑張る冒険者さんを支えることが、私たちギルド職員の使命ですから! それじゃあ、受領の手続きをしてきますね」


 席を立ったアイリスさんが受付の奥に消えていく。5分ほどで帰って来た彼女に渡された依頼書と配達物を持って、私はギルドを後にした。

 外に係留していたポトトの留め具を外して、またがる。出発前に、やるべきことを再度確認する。


「配達に、挨拶。そう言えば、シュクルカさんに診てもらうよう、メイドさんに言われていたんだったわ」

『クゥルルー!』

「そうね、頑張りましょう」


 ポトトと一緒に朝から晩までウルセウの町を駆けずり回って、可能な限り依頼と挨拶回りを済ませる。明日にはウルセウを発つ予定だし、今度いつ会えるかも分からない。

 死は等しく誰にでも平等に訪れるもの。ひょっとしたら、もう会えないかもしれない。後悔だけは、しないようにしないと。

 結局、全ての用事を済ませる頃にはナールが顔を出していた。さすがにアイリスさんはもう王城に帰っていて、引継ぎを受けた角耳かくみみ族の受付さんが対応してくれたのだった。


「帰ったわ……」


 長時間、上下に揺れる鞍に乗っていたからでしょう。痛むお尻と股をさすって、帰宅を告げる。乗鳥はあまり疲れないけれど、乗り方には工夫が必要そうね。


「お帰りなさいませ、お嬢様♪」


 今日は馴染みある宿『止まり木』で夜を過ごす。サクラさんが泥だらけで帰って来た時は焦ったけれど、擦り傷がいくつかあるだけだった。私が配達で稼いだのは午前と午後、計4つのEランクの依頼達成料4,000nとギルドからの謝礼500n。『止まり木』の宿泊費が3,300n。食費を引くと……考えるまでも無いわね。

 まだまだ寒いお財布事情をごまかすように、私は温かい布団にくるまって眠った。


『クックルー!』


 そうして迎えた翌朝。早めに朝食を済ませて、久しぶりの鳥車の出番ね。不自然にならない程度の荷物を荷台に乗せて、ウルセウを囲む城塞の南門へ向かう。赤竜被害で壊れた建物のいくつかはまだ再建中で、赤竜の騒動からまだ3か月ちょっとしか経っていないのだと思い知らされた。

 出国手続きをメイドさんが済ませて、ウルセウの町を振り返る。青い空を背景に広がる色とりどりの町並みも、大好きな友達が住む白いお城とも、しばらくお別れね。


「行って来るわ」


 お世話になったウルセウに再会を告げて、私たちは一路、“時と芸術の町”エルラを目指す。……のだけど。その道中に立ち寄るポルタで、私はに会うことになった。

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