○え、この人が死滅神の聖女様なの……?
『今週末。またいらしてください。聖女様がお見えになられるはずです』
そう言った老齢な
ホーヘンさんが言っていた「聖女」というのは、4大神を信仰する人々の中でも特別な力を持った女性のことを指す。恐らくだけれど、メイドさんと同じで
「メイドさんは死滅神の聖女さんには会ったことがあるの?」
「残念ながら、『はい』と答えるしかありません。現在も、死滅神の聖女はまだあの子のはずです」
恐らく先代の死滅神に仕えていた時に会ったのでしょうけど、どうやらメイドさんは聖女さんのことが苦手みたい。召喚者に対する嫌悪感とは違った悪い印象が、言葉の端々から伝わって来た。
「どんな人なの?」
「名前はシュクルカ。
いつになく早口でシュクルカさんについて話したメイドさん。そんなに嫌がられると、逆に興味が湧いてくるわね。どうしてかしら。
それにしても垂耳族の女の子……いいえ、女性なのね。
「私としては噂だけでは無くて、きちんと当人に会って、付き合い方を判断したいところね」
「……かしこまりました。それでは明後日に彼女と会えるよう、場を整えておきます」
2日後。日付としては9月の27日ね。場所は死滅神の神殿。その祭壇の横にある、執務室。
もうすぐ10月。風の季節も深まってくるのでしょう。それに多くの野菜が旬を迎える。今からメイドさんが作ってくれる美味しい料理が楽しみだわ。
そんなことを考えている私に、
「スカーレット様ぁ! スカーレット様ぁ! ハァ……、ハァ……!」
興奮した声を上げて抱きついているのは、死滅神の聖女様ことシュクルカさん。胸元まである明るい茶色のクセ毛と、くるんと巻いた尻尾が背中で揺れている。
耳族の人たちは、耳と尻尾の存在が人間族との大きな違い。丸、三角、垂れ。それぞれの耳の形で分けられるのだけど、本質的には同じ。尻尾も長いものから丸いものもあって、毛の生え具合も人によってさまざまで――。
「クンクン……はあっ……メイド様と同じ香りですっ! その奥にある汗の香り……これが死滅神様の体臭!
「ちょ、においは嗅がないで! なんだか恥ずかしいから!」
「離れなさい、シュクルカ。お嬢様が困っておられます」
そう言ったメイドさんに引きはがされる形で、ようやくシュクルカさんの全貌が見える。会って早々に飛びついて来たものだから、しっかりと姿を見ることが出来ていなかった。
身長は120㎝ぐらい。全身をすっぽりと覆う赤と白を基調としたローブ。その胸元には黒い鐘の模様が刻まれていた。
垂れた耳は太くて長く、先端が丸くなっている。ふさふさの尻尾も耳も、髪と同じ明るい茶色。大きな瞳は赤みがかっていて、垂耳族らしい愛嬌もある。……のだけど。
「クゥン……。いえ、ですが! メイド様にぞんざいに扱われるのも、良い! 死滅神様の作りたもうたお体に触れられる……。良いですぅっ!」
うっとりした表情でメイドさんを見つめているシュクルカさん。さっきから、彼女の言っている言葉の意味が全く分からない。
「彼女が、死滅神の聖女さんなの……?」
「ご覧の通り、扱いが難しいのです。……こら、抱きつこうとしないでください」
「嫌ですっ! だってメイド様、全く会ってくれないんですもん! 今のうちにルカは死滅神様成分を吸収するんですぅ」
メイドさんににじり寄ろうとするシュクルカさんと、それを手で制するメイドさん。
「……いいです、メイド様がダメなら、ルカはスカーレット様本人に癒してもらいます。というわけで……スカーレット様ぁ!」
『クルッ!』
私の方に飛びついて来ようとしたシュクルカさん。思わず身構えた私と彼女の間に割って入ったのは、元の大きさに戻ったポトトだった。
やっぱり、いざという時は頼りに――。
「ああっ! この子が死滅神様の
『ルゥ?! クルル――』
ならなかった。シュクルカさんがポトトに飛びつき、羽毛に顔をうずめる。ポトトはともかく、メイドさんにすら手を焼かせるなんて……シュクルカさん、もしかして無敵なんじゃ――。
「隙ありですよ、スカーレット様! って、下着は?! まあいいですっ。うぇへへ、やぁらかい……」
「ちょ、そこはだめ! いやっ、んゅっ」
服の裾から手を入れて胸をまさぐってくるシュクルカさんに思わず声が漏れる。手つきがいやらしい! 引きはがそうにもこの人、耳族だけあって意外と力が強いわ?!
「――さすがにお
メイドさんの手刀を頭頂部に受けてキャインと鳴いたシュクルカさんはついに、気を失って倒れた。
「このように。やや暴走が過ぎるので、できれば会わせたくなかったのです」
「私……というよりは死滅神そのものへの愛が強いのね」
「はい。もとより死滅神の聖女として生まれたのもありますが、なんでも昔、死の淵で聞いた鐘の音に救われたとかなんとか」
きれいに縄で拘束されたシュクルカさん。私が言うのもなんだけど、そこには聖女という仰々しい職業に伴うだろう威厳も、風格も感じられない。死滅神に対する世間からの印象も心配になる。
「でも不思議ね。悪い人じゃないことだけは分かるわ。それに、一番信仰心が篤いという意味では、彼女は間違いなく聖女なのでしょうね」
「んふ♪ 彼女にすら慈愛を向けるお嬢様こそ、間違いなく死滅神たる器量をお持ちです」
とは言っても。出来ればもうしばらくは、距離を置きたい人ね。だって会ってまだ10分だと言うのにこの疲労感。
「……顔合わせも済んだことだし、今のうちに帰りましょうか」
「心の底から賛成です♪」
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