○赤竜(せきりゅう)
それは本当に何気ない1日だった。
朝、メイドさんの声に起こされて、朝食を食べながら今後について話す。
「次はどこに行こうかしら?」
「では、海を挟んだ北西の大陸、ササココを目指すのはどうでしょうか? 気温差が激しいササココではこの時期、綺麗な紅葉が見られるはずです」
「景色……。分かったわ。ひとまずそうしましょう。
話ながら膝の上に座るポトトの羽を
「ポトト、あなたもそれでいいかしら?」
『クルッ♪』
それからしばらく宿でゆっくりした後、ギルドに向かって依頼を受ける。ここ最近の変わらない日々。
お昼。ご飯をどうしようかとを考えていると、担当の受付であるアイリスさんがお昼を共にしがてら、お勧めの店を紹介してくれた。
穀物の粉を細長くしたパスタという麺料理を頂いた後。私はアイリスさんと2人、のんびりと食後のデザートを楽しんでいた。
「ん~~~~~~! アールのケーキ、最高だわ! やっぱり旬の甘味は最高ね!」
「いい笑顔! 良かったです、喜んでくれたみたいで」
もちろん、木の実のパイを上品に食べるアイリスさんとの交流も忘れてはいけないわね。折角こうしてご飯を食べているんだもの。『同じ飯を食えば
「アイリスさんは休日は何をしているの? 他にもおすすめのお店があったりするのかしら?」
「――え?」
驚いたように、その青い瞳で私を見たアイリスさん。……もしかして、何か不味いことを聞いたのかしら。それとも踏み込み過ぎた? いずれにしても。
「あ、えっと。言いづらいのならいいの。ごめんなさい、私、良くないことを聞いてしまったみたいね」
「ああ、いえいえ! そうじゃないんです。スカーレットちゃんは私のこと、知っているものだとばかり思っていたので。
彼女の言葉の意味を、甘いケーキと一緒に咀嚼する。確かにアイリスさんは綺麗で人当たりも良いからでしょう。よく名前を聞く。でも所詮は噂でしかないと、あまり深く聞いたことが無かった。それがいけなかったのかしら。
反省とともに青い空に目をやる。幹線道路沿いのお店。ウルセウを取り囲む城塞が青い空を背に見える。その頭上には白い雲が気持ちよさそうに泳いでいて、竜が翼をはばたかせて飛んで来ていた。……竜?
「アイリスさん、あそこ。竜がいるわ」
方角は南。ポルタの町がある方だった。
「竜が? 珍しい……。どこです?」
そう言って同じように空を見上げる彼女に指し示す。そうしている間にも竜はウルセウに近づいて来ており、その鱗の色がわかる程度になっていた。
「あ、はい。あれは……
「人を食べるんだもの。討伐依頼だってあるんでしょう? 強いの?」
「そうですねぇ……。赤竜だとB
つまり、大体10人ぐらいのB級冒険者さんが必要みたい。E級の私は束になっても敵わない相手ね。それにしても、竜種はアクシア大陸中央にそびえたつヴェイグェラ山脈に住んでいたはず。食べ物をもとめて動物や人里を襲うこともあるけれど、わざわざ大陸北端にあるウルセウに来る理由などない。
「どうしてこっちに来ているのかしら」
「わかりませんが――」
そう言って立ち上がったアイリスさん。気づけば紅茶もケーキも平らげてしまっていた。
「理由もなく来るはずもありません。十中八九、ウルセウに来ちゃいますね」
「……えっ。それって結構、まずくないの?」
「まずいですよ? 緊急事態なので、私はギルドに帰ります」
緊急事態と言うわりに落ち着いているわね。これがギルド職員の余裕なのかしら。アイリスさんの胆力に感心していると、ギルド職員としての顔をした彼女は、
「ひとまずスカーレットちゃんは近くの建物……は倒壊しちゃうかな。多分、お城が開かれるはずだからそこに逃げてくださいね」
それだけを言い残して行ってしまった。
ひとまずケーキを平らげて手を合わせた後、私は泊っている宿『止まり木』へ向かう。だってあそこにはポトトがいるもの。鳥かごのせいで動けない彼女を、そのままにはしておけないわ。そう言えばメイドさんは何をしているのかしら。彼女も無事だと良いのだけど。
警鐘が鳴り始めて人々が混乱する中、私はウルセウ南西端にある『止まり木』へと急いだ。
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