○あいどる?

 前日を町の地理の把握――観光とも言うわ――と宿探しに当てた私たちは、翌日から動き始めた。

 私がこの0番地を訪れた理由はもちろん、職業衝動のあった人物『コト』さんを排除するため。だけど今回は、少しだけ事情が特殊だった。

 朝。宿『オーミ屋』で洋食『タッタ鳥のオムレツ』と野菜サラダ、パンを頂いた後、客室に戻った私はメイドさんとこれからの予定について詰めることにする。


「それじゃあメイドさん。悪いけれど、情報収集をお願いするわ」

「かしこまりました。お嬢様はどうされますか?」

「そうね……。これまで通り冒険者業をしながら、働き口を探してみようかしら」


 これから、約1週間を目処に0番地にとどまることになっている。というのも、今回の抹殺対象であるコトさんには、大勢の“護衛”が居る可能性が高いから。きっと今、死滅神と知られている私が彼女に近づこうものなら、関係のない大勢の人々の死体の山が築かれることになる。

 そうならないように、メイドさんには極力コトさんと1対1になることが出来る場を作れないか、模索してもらう予定だった。……まぁ、私には他にもたくさん“お仕事”が残っている。1週間で目処が立たないようであれば、フォルテンシアの敵を擁護する人々も敵とみなして、まとめて殺してしまうことになるでしょうね。

 でも、それはなるべく避けたい事態。だからこそ。


「頼んだわよ、メイドさん」

「はい、お任せください」


 ここはいつもみたいにはぐらかすようなこともなく。髪をまとめるキャップが見えるくらい深々とお辞儀をして、メイドさんは宿を出て行くのだった。




「行ってきます、スカーレット様」

「ええ、行ってらっしゃい、リアさん。ポトトも、リアさんの荷物持ちと護衛、任せたわ」

『クルッ! クルルル!』


 買い出しに向かったリアさんとポトトを見送って、私とサクラさんは冒険者ギルドに向かうことにする。0番地の中心地に近い場所にある冒険者ギルドまでは、宿から乗合馬車で3~40分くらい。今が朝の9時くらいだから、向こうに着くのは10時くらいになりそうだった。

 1人片道300nの馬車に乗って、サクラさんと2人、冒険者ギルドへ向かう。道中、私の隣に座るサクラさんと話すことにした。


「こうしてサクラさんと冒険者業するの、久しぶりじゃない?」

「うん? う~んと……、あれ、いつ以来だろ」


 わたしの記憶だと、サクラさんと働くのはフィッカスのレモン収獲以来だと思う。冒険者業に限ると、本当に思い出せなくらい前のことだと思うわ。


「というより、そもそも、ひぃちゃんが冒険者業をするのが久しぶりなんじゃない?」

「え、そうかしら?」

「ファウラルだとルゥちゃんのお店で働いてたし、ジィエルじゃリアさんを探すのに時間を使ってたし」


 確かに。最後に本格的な冒険者業をしたのは、“時と芸術の町”エルラで鍛錬がてら手紙を配達した時じゃないかしら。あれが確か、1月とか2月だったはずだったから……。


「わっ、半年ぶりくらいになってしまうのね?」

「ふふん。こうなると、冒険者としてはわたしの方がお姉ちゃんだね。階級もひぃちゃんがDで、わたしはCだもん」


 冒険者としての階級は1年間で実績を積み重ねた数、つまり、依頼をこなした数と稼いだお金によって決まる。Cランクになるには、確か100件近い依頼の達成と、総額300,000n以上の報酬の獲得が必要だったはず。私の知らないところで、サクラさんはしっかりと冒険者としての信頼と実績を積み重ねていたみたいだった。


 ――ん? ちょっと待って。


 1年間でこなした数で冒険者としての階級が決まる。その1年間と言うのは、1月から12月を指すわけだけど、私はエルラに居た1月以来これと言って冒険者業をしていない。確かに去年はDランクに上がるために必要な数である30件の依頼の達成と、100,000n以上の稼ぎがあった。だけど今年は、ひぃ、ふぅ、みぃ……。


「……私、もしかしてEランクなんじゃ?」

「ほんと?! じゃあわたしが、2つもお姉ちゃんだ」

「くっ……。気づけば大きな差が開いてしまったわ」


 甘えてくれていいよ~、なんて。にやにやと余裕のある顔で笑うサクラさん。……ま、まぁ? 人には向き不向きというものがあるわよね。色々と便利なスキルを持っているサクラさんに比べて、私のスキルは生活面と生物を殺すことだけに特化している。


「そっか~、もうわたしの方がお姉ちゃんで、先輩で、稼ぎ頭なんだ?」

「む、むぅ……」


 わ、私には何よりも大切な職業ジョブ由来のお仕事だってあるもの。例え、後から冒険者になったサクラさんに実績でも、稼ぎでも抜かれてしまっても。


「全然、全く。これっぽちも悔しくないわ!」

「あれ、もしかしてひぃちゃん、怒ってる?」

「ふんだっ。意地悪なサクラさんなんて、知らない!」

「ごめんってば~」


 なんて、サクラさんとあれこれ話していると、乗合馬車が町の中心部に差し掛かる。ここからは分かりやすく信号が増えて、信号待ちの時間が長くなるのだけど……。


「「「わーーー!!!」」」


 突然、信号の近くにあった大きな広場から、大勢の人の興奮した声が聞こえてきた。一度サクラさんと目を合わせた後、何事かと2人して広場の方を見てみる。そこには派手派手しい色をした服を着る、たくさんの男性と……。


「みんなぁ~! 今日はぁ~、アタシのために集まってくれてぇ~、ありがとぉ~!」


 男性たちに向かって笑顔で手を振る女の子の姿がある。少し距離があるから、私の目からは彼女の姿がよく見えない。だけど、遠くのものを見る〈望遠〉のスキルを持つサクラさんは違う。


「フリフリの服を着た女の子。それに、『コトちゃんラブ』とか『好き』とか書かれた団扇うちわ。アレってもしかして……」

「何か心当たりがあるの、サクラさん?」

「うん。なんと言うか、確か日本ならではの文化だったはずだけど……。多分アレ、アイドルなんじゃない?」

「あいどる?」


 聞いたことのない単語をモノマネドリのように返してしまった私に、サクラさんは「うん」と頷く。


「う~ん、なんて説明しよう。とりあえず、可愛い服を着て歌って踊る。そんな職業の人、かな?」

「そうなのね。えぇっと、じゃああの一生懸命に声を上げている人たちは何なの?」

「ファンって言って、あの女の子を応援してる人たちなんだけど……。ひぃちゃんに分かりやすく言うなら、『信者さん』かな?」

「『あいどる』に『信者』ね……。これで何となく理解したわ」


 サクラさんの説明を聞きながらも、私の目は音楽に合わせて踊り始めた女の子に向けられている。さっき言ったように、私には彼女の姿はよく見えない。だけど、ただ1つだけ分かることがある。それは、今、私の全身を言いようのない熱が侵しているということ。それは、つまり。


「なるほど。彼女こそが、ナグウェ大陸で最後に殺すべき人物――コトさんということね」


 馬車の上。私の目は広場に居る男性たちと同じように、人々に可愛らしい笑顔を振りまくコトさんに釘付けになっていた。

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