○〈瞬歩〉はちょっと、使い辛い

 特にやることが無いクィクリーの船旅。私は、自分のスキルやステータスと向き合うことに決めた。


「〈ステータス〉!」




名前:スカーレット

種族:魔法生物 lv.24  職業:死滅神

体力:448/450(+15)  スキルポイント:201/204(+6)

筋力:65(+2)  敏捷:64(+2)  器用:109(+4)

知力:86(+3)  魔力:142(+5)  幸運:26(+1)

スキル:〈ステータス〉〈即死〉〈ナイフ術〉〈瞬歩〉〈調理〉〈掃除〉〈魅了〉〈交渉〉〈スキル適性〉〈状態耐性:病気/微小〉




 キリゲバとの戦いを経てレベルが上がって、〈ナイフ術〉と〈瞬歩〉というスキルが身についた。〈ナイフ術〉はその名前の通り、ナイフを扱う時、ステータスに少しだけ補正が入るスキル。そして、職業由来のスキル〈瞬歩〉がついに……。そう、ついに手に入った。

 そう言うわけで、船でやることが無い私は、寝室でスキルの練習に勤しんでいた。


「では、お嬢様。こちらの足型の上に移動してください」


 足元に書いた目印を示しながら、メイドさんが言ってくる。ごくりと生唾を飲み込んで、いざ。


「〈瞬歩〉」


 スキルを使用した瞬間、景色がブレる。そして――。


「~~~~~~っ」


 2段ベッドのへりに頭をぶつけて、もだえることになった。

 メイドさんの瞬歩は100m以内の視界内に移動できるらしい。一方、私の〈瞬歩〉は、5m以内の任意の場所に移動するスキルだった。違いは距離だけじゃなくて、私の〈瞬歩〉は視えていない場所にも移動できることね。


「少しでも気が散ると、目測を誤りますよ?」


 濡れタオルで私の頭を冷やしながら、メイドさんがそんなことを言って来る。しっかりと目印の上をイメージしていたのだけど、どうやら小窓から入って来るデアの光に気を取られてしまったみたい。


「もっとこう、便利なスキルだと思っていたわ」

「使いこなせば、間違いなく強力なスキルです。なにせAランクスキルですから。……もちろん、扱う人によって評価が変わるのがスキルですが」

「どういう意味よ!」


 メイドさんに噛みついても、何の進歩も無い。おでこを冷やしながら、もう一度挑戦する。


「〈瞬歩〉!」


 またしても、私が見ていた景色が一瞬にして変わる。そこは、寝室の壁ギリギリの場所だった。目標にしていた目印は、後方50㎝くらいの場所にあった。ならば、と後ろに向けて〈瞬歩〉で移動してみる。と、今度は左斜め前30㎝くらいの場所に目印があった。そして、私のすぐ右隣りには2段ベッドがある。

 今度こそ。そう息巻いて〈瞬歩〉を使うと、足元に目印が見えた。


「やった! って、わっ」


 だけど、喜びもつかの間、今度は高さの目測が曖昧だったせいで、ちょっとだけ地面から浮いた場所に移動してしまった。だから、ほんの少しだけ浮遊感を味わった後、船の床にかかとを打ちつけて転んでしまった。


いったい……」

「大変そうだね、ひぃちゃん。立てる?」

「ありがとう、サクラさん」


 サクラさんの手を借りながら、立ち上がる。サクラさんは寝室の壁付近にある机で勉強をしていたはずだけれど、見るに見かねて助けに来てくれたみたいだった。


「便利そうなスキルだけど、結構難しいんだ?」

「ええ。思った以上に繊細だわ」


 こればかりは慣れるしかなさそうね。だけど、〈瞬歩〉を使いこなすことが出来れば〈即死〉の使い勝手がとてもよくなる。時間とスキルポイントが許す限り、練習を続けましょう。もちろん、メイドさんからの戦闘訓練も欠かさないわ。腕立て・腹筋・背筋。どれも震えながら10回は出来るようになっている。


 ――私はまだまだ強くなれる。


 ティティエさんをマネしてふんすっと鼻を鳴らしていると、サクラさんがとある問いをメイドさんにしてした。いいえ、してしまった。


「メイドさん。〈瞬歩〉ってどんな原理なんですか?」


 こういう、ちょっと専門的な話に目を輝かせる。それが、メイドさんなのよね。案の定、すまし顔を装いつつも、言葉に熱を込めながらメイドさんが話し始めた。


「これも諸説ありますが。まず定説としては魔素による身体の再構成だと言われています。スキルを使用した瞬間に、使用者が魔素に分解されて、意図した地点に再構成されると言う説です。魔素はスキルを司る物質ですからね。まず間違いなく〈瞬歩〉にも関わっている事でしょう。ところで面白いのが〈瞬歩〉を使用した瞬間、使用者がフォルテンシアから完全に居なくなるということです。スキルを使った瞬間の使用者……わたくしと、使用して再構成されたわたくしが同一なのか。これは長く議論されていますが、なかなか結論が出ていません」

「おぉう……。情報供給が過多」


 メモ帳を手に固まるサクラさんを置いて、メイドさんはなおも白い手袋をした指を立て、目を閉じながら得意げに話す。


「そう言えば、過去に壁の中に転移できるかを試した勇敢な研究者がいたと聞きます。結果は不可。これは、そもそも壁の中に魔素が入り込めず、再構成されないからではないかと言われていますね。そう言えばその方は一緒に移動できる物体についても研究されておりました。わたくしやお嬢様が〈瞬歩〉を使用すると、衣服も同時に再構成されていますよね? 他にもわたくしであればナイフ、冒険者で言えば鎧や武器なども〈瞬歩〉で移動します。手に持った物も移動できる。では背負った物はどうか、人を背負った場合はどうか、抱えた場合はどうか。多くの実験を繰り返されたようです。そうして導き出されれた答えは『筋力』が関係しているのでは? ということでした。『筋力』と移動できる物体の間に一定の関係性が見られたとかどうとか。ですが生物を一緒に持ち運ぶことが出来ないという点も発覚しましたね。結局、研究の過程で死んでしまった彼を狂人と呼ぶ人も居ますが、知識を探求する姿をわたくしは尊敬していて――」

「長い。うるさい。細かいわ、メイドさん」


 いつも肝心なことや大切なことは言わないくせに、要らないことはこうもペラペラと話すんだもの。


「端的にまとめて」

「『魔素による物質の再構成』です」

みじかっ! さっきの長い説明の意味!」


 サクラさんのツッコミは今日もさえている。ポトトが持っている〈縮小〉のスキルについて話した時も、メイドさんはこんな感じだった。うっとうしくはあるけれど、やっぱり、普段冷静なメイドさんが熱くなる姿は可愛くもある。……うっとうしいけれど。


「メイドさんって、しずくおんなじでちょっとオタクっぽいとこありますよね……」


 サクラさんも困り顔でそんなことを言っている。シズクさんは、チキュウにおけるサクラさんの大親友の幼馴染らしいわ。家族とシズクさんの存在が、サクラさんがチキュウに帰りたい大きな理由になっていると聞いた。サクラさんに私より仲が良い人が居る。そう思うとなぜだか少しだけ胸が苦しいのはどうして? サクラさんが誰かと仲が良いのは、喜ぶべきことのはずなのに。

 と、私が思い出したのは昨日のサクラさんとの話。自分の知らない話をされた時に、サクラさんが言っていたじゃない。


『さてはわたしの知らない話か~? けるな~、このこの~』


 妬ける。つまりこのモヤッとした気持ちが、嫉妬しっと……? だとすると、すごく嫌な感情だわ。誰かの幸せを、うらやましく思ってしまうなんて、まるで自分が恵まれていないみたいじゃない。私はこんなにも、優しい人たちに囲まれているのに。


「ひぃちゃん、どうかした?」


 俯いている私の顔を、サクラさんが覗き込んで来る。


「いいえ。……サクラさんとシズクさんの仲の良さに嫉妬してしまったみたい。だから、その……ごめんなさい」

「嫉妬……ってことはやきもちだ! 別に謝ることじゃないよ~」


 思ったことを素直に言って謝った私を、サクラさんは笑って許してくれる。


「てか、そっか~。ひぃちゃん、やきもち焼いてたのか~?」

「わ、悪い? ただでさえ友達が少ないんだもの。その中でも、やっぱりサクラさんは特別だから……」

「な、なんだ、この可愛い生物は?! 天然の人たらしめ~!」


 良く分からないままに、サクラさんが後ろから抱きしめてくる。


「大丈夫。ひぃちゃんも雫とおんなじくらい大好きで、大切だから」

「……本当?」


 私を優しく抱くサクラさんの腕に指をかけながら、恐る恐る聞いてみる。


「うん、ほんと。本当におんなじくらい、大好き。自分でも不思議なくらい」


 耳元でささやいたサクラさん。……なんだか、くすぐったいわ。


「……そう。私もあなたのこと大好きよ、サクラさん?」


 サクラさんの柔らかい頬に頬ずりしながら、私も素直に思いを口にする。

 たった数か月しか一緒じゃない私を、10年以上一緒に居るシズクさんと同じと言ってくれる。そんなサクラさんの優しさに、今は甘えておくことにした。

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