○何それ最高じゃない!
船長のヤズズさんの話では、明日にはジィエルに着くらしい。だけど、目的地を前にして貨物船クィクリーは今日も荒波に揺られていた。
「これだけ揺れて、貨物は大丈夫なのかしら? 確か、私たちの鳥車も積まれているはずよね?」
「はい。ですが、さすがに貨物船である以上、そのあたりの対策はされているかと。……もし壊れているようなら、きちんと、責任を取って頂こうと思います♪」
「も~、怖いですよ、メイドさん?」
のんびりと揺られながら、私たちは話す。というのも、実は揺れの問題はある程度肩が付いていると言って良いわ。それは、さかのぼること少し前。
その日もクィクリーは黄土海の荒波で上下左右に大きく揺れていた。
「うっぷ……気持ち悪い……」
私の下のベッドで横になっているだろうサクラさんが、苦しそうにうめいている。もちろん、私も例外じゃない。いくら鳥車の揺れに慣れているからと言って、船の揺れは性質が大きく違っていた。
私が話さないのは、単に今、口を開くと何かが出そうだから。死滅神の尊厳にかけて、そんなことは絶対にしない。……もう既に、魔力酔いで一度吐いているけれど。
波が激しいうちはベッドに寝ころんだままベルトをしないといけなくて、何もすることが無いのも苦痛ね。朝食を食べたばかりで眠くもない。唯一の救いは、
『クックル クックル クックックー♪ クルルク クルック クックックー♪』
机に固定してある鳥かごの中で楽しそうに歌うポトトの歌があること。ポトトの鳥かごにはメイドさんが用意していた水平機構が付いている。鳥かごを吊り下げることで、揺れが鳥かごまで届かないようにする、単純な仕組みだ。おかげで、どんなに船が傾いても、鳥かご自体は水平を保つ。ポトトはのんびりと眠ったり、歌を歌ったりすることが出来ていた。
さすがメイドさん。きちんと船の揺れを想定していたのね。
「……そう言えば、メイドさん……は?」
吐き気の波と相談しながら、どうにかサクラさんに聞いてみる。さっきからメイドさんの声が聞こえない。直接この目で確認できれば良いのだけど、今、下段のベッドを覗こうものなら間違いなく吐いてしまうでしょう。
「メイドさんなら、ちょっと前にお花摘み行ったよ?」
お花摘み。つまり排せつのことだけど、それはおかしい。だって私たちホムンクルスに排せつは必要無いから。ということは、メイドさんは多分……。
「さすがの、メイドさんも……ここまでの揺れは想定していなかった、ということね……おえっ」
あ、危ない……。今一瞬、喉の奥が熱くなったわ。上がってきたものを必死で飲み込むと、鼻の奥につんとした臭いが充満した。顔を青くしてトイレに向き合っているメイドさんの姿を見たい。そんな下種な好奇心を持ってしまったせいからかしら。だけど、やっぱりちょっとだけ、見てみたい。いつも私ばかりが弱った姿を見せているんだもの。メイドさんの弱い部分を見てみたいと思うのは、仕方なくないかしら?
「ポトトちゃん、いいな~……。吊り下げてられてたら、揺れの影響がないのか~」
今もご機嫌に歌っているポトトに、サクラさんが
「わたし達も、吊り下げられた状態で眠れないかな? それこそ、ハンモックみたい、に……あっ」
「ど、うしたの? サクラさ、ん?」
「そう! ハンモックだよ! 確かキャンプ用品だってテレビで言ってたはずだけど……」
下のベッドでガサゴソと音がする。何かを
「確かこんな感じで……っとと」
左右にある2段ベッドの上段。ベルトを引っかけるフックに、サクラさんがシーツを結びつける。そうして出来上がった宙に浮いただけのシーツに、「えいっ」と器用にサクラさん飛び乗った。まるで
「やっぱり! 全然揺れない! ひぃちゃんもやってみたら?」
両手を私の方に伸ばして、笑顔で勧めてくるサクラさん。……物は試し、かしら。私は身体を固定していたベルトを取る。ベルトのフックは胸、お腹、膝の3か所にあって、サクラさんは頭の部分のフックを使ってハンモックを作っていた。
サクラさんと十分な距離を取るために、私は膝のフックを固定するフックを使ってハンモックを作ることにする。
「まずはしっかり結んで、反対側には……うぷっ」
大きく揺れる船内で、梯子を上り下りする自信なんかない。どうしようか迷っていると、サクラさんが天才的な閃きを見せてくれる。
「シーツの端、わたしが持っといてあげるから、〈瞬歩〉使ったら?」
「……その案、最高よ、サクラさん」
サクラさんの指示に従って、〈瞬歩〉で対岸にあったベッドの上段に移動する。その後サクラさんからシーツを受け取ってもう片方を結ぶ。
――もう、少し。もう少しで、この揺れから解放される……。
硬く結んんで……ハンモックが完成! あとは飛び乗るだけ――。
「――あ。やっぱり、ダメ」
「ひぃちゃん?! 待って! えっと……これ、桶!」
下を向いて作業をしていたことが災いした。詳細は省くけれど、幾分かスッキリしたわ。……桶が無かったら大惨事だったことも付記しておきましょう。
そんなこんなで、現在。私、メイドさん、サクラさんはハンモックに揺られていた。3つ並べるとお互いの身体が当たってしまうけれど、こればっかりは仕方ないわね。
2か所を支点として間に布を張っただけのとっても簡素な寝床『ハンモック』。だけど、これがびっくりするくらい船の揺れを軽減してくれた。
話は貨物が無事なのかという話から、苦労した船旅の終着点、ジィエルの話に移っていた。
「やはり、『ガラス』と呼ばれるケリア鉱石に似た鉱物を使った工芸品が有名でしょうか」
「ガラス! やっぱりフォルテンシアにもあるんですね!」
メイドさんの話によれば、ガラスとケリア鉱石は似て非なるものらしい。ケリア鉱石はとても頑丈だけど縦に割れやすくて、これと言って加工しなくても窓に利用できる。だけど、硬い分、形を変えるのが難しくて、どうしても用途が限られる。
一方、ガラスは乾いた砂などを熱して一から作るらしい。作る過程でガラスは液体状になるらしくて、形や大きさも思いのまま。窓なんかはケリア鉱石の方が向いているけれど、装飾や工芸品を作る上ではガラスの方が、はるかに融通が利くらしかった
「アクシア大陸にはヴェイグェラ山脈を始め、ケリア鉱石多く採取できる山があります。他方、ジィエルには山がほとんどない分、砂漠という、砂を大量に取ることのできる場所があります」
「ふむふむ。まさに地域色ってやつですね」
生活に身近なものが発展して、文化となる。興味深いわね。
「ケリア鉱石よりもはるかに割れやすいですが、透明度が高く、美しい。出来れば、コップや瓶など、他の地方ではなかなか手に入らないガラス製品を買っておきたいですね」
「今使ってる木のコップとかよりは清潔そうだし、汚れも落としやすそう……。わたしも大賛成です!」
砂漠という過酷な世界に生きる動物たちも気になる所ね。カルドス大陸。やっぱりここにも、私が知らない世界があるはず。
「メイドさん。あなたの知るジィエルはどんな町なの?」
私の中で勝手に恒例化している、メイドさんによる何の町かという言葉遊び。そして、遊びについては結構ノリが良い彼女は、今回もきちんと答えてくれる。
「そうですね……。“キャルの町”です♪」
「キャル……ってことは、猫の町ですね?!」
メイドさんが言ったジィエルの町の姿に、サクラさんが声を弾ませる。サクラさん。猫じゃなくて、キャルよ。
それにしても、キャルの町、ね。温かい場所に住んでいる動物だから、これまで直に見る機会が無かった。だけど、私の中にある
「――何それ最高じゃない?!」
シロさん探しにガラス製品、キャル……。やることと見どころが一杯の町になりそう。心を躍らせながら、私たちは“キャルの町”ジィエルへと向かうことになった。
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