●旅の果て
○私、反抗期になる!
結論から言うと、何日経っても、胸のつっかえが消え去ることは無かった。むしろ、日を追うごとに寂しさが増していく。
食事をしている時も。
「結局、寂しさを埋めるために
「うぅ……」
邸宅の自室。だだっ広い寝室に置かれたベッドの上。添い寝をしてくれているメイドさんを抱く。
「お嬢様を代替品と言った
「違うわ! メイドさんは代わりじゃない! ……代わりなんかじゃ、ないけれど」
まるで湧き水のように寂しさが
「ねぇ、メイドさん……。誰が、居たの? 私たちの中に……。私と、あなたと、ポトトの旅の中に、もう1人居たはずなの」
こんなこと、考えなくても分かること。私たちは、忘れてしまった誰かのために指輪を作った。忘れてしまった誰かと、ずっと、ずっと、一緒に居たはず。その誰かが私にとって大きな存在だったことは、抜け落ちた記憶の大きさからも、私の手記にある不自然な空白の大きさからも分かる。
いいえ、それだけじゃない。花のようにふんわりと甘い匂いを覚えている。私を何度も抱きしめてくれた柔らかさを覚えている。髪を撫でてくれた、少し硬い手を覚えている。怒って、笑って、泣いて。それでも私に語りかけてくれたその優しい声を、覚えている。
「私を助けてくれた人。私を支えてくれた人。きっと、私が大好きだった人なの。……なのに」
思い出せない。思い出して、あげられない。いつかは散ると分かっていて、それでも健気に、たくましく咲き誇る。そんな花のような笑顔を見せてくれていたはずの“彼女”の名前が、思い出せない。髪の色、瞳の色。身長、体格。それら容姿に関する情報が、一切思い出せない。
「私、どうしたら良いの? どうすれば“彼女”のことを思い出せるの……?」
ベッドの上。布団の中で泣きつく私の言葉を、黙って聞いていたメイドさん。彼女が私の問いに真正面から答えることは、無いけれど。
「……ここ数日。
そう言って、自分も居なくなってしまった誰かのことについて考えていたのだと教えてくれる。
「メイドさんも?」
「はい。
「思い出せない?」
その問いかけには、コクリと頷く気配があった。私が一番頼りにしているメイドさんでもダメだなんて、いよいよもってお手上げね。私は、一生、恩人のことを思い出せないままなのか。その悔しさと申し訳なさとでさらに涙が溢れそうになった時。
「え、ちょ――」
メイドさんが布団の中から私を引っ張り出す。情けない泣き顔を見られたくない私は、メイドさんから顔を背けようとする。けれど、むんずと両頬を掴まれて、無理矢理目を合わせられる。恥ずかしさを誤魔化すために視線を逸らした私に、メイドさんは言った。
「それでも、ある程度の推測は出来るのです」
そう語るメイドさんの顔は、何かを説明する時のそれだ。どこか得意げで、少し子供っぽい。普段の凛と澄ました顔ではない、可愛らしい顔。
大好きな人の、大好きな顔には、見惚れずにはいられない。
「っ……!」
数秒後、目が合っていることに気付いて目を逸らした私を見て、メイドさんが「んふ♪」と笑う。
「す、推測って?」
「そうですね。例えば、お嬢様ならともかく。
「あなたの自信満々は相変わらずね。それに、さらっと馬鹿にされた気がするけれど……続けて?」
私の言葉に「お嬢様も相変わらず上から目線ですね?」というお小言が飛んできたけれど、メイドさんも話が脱線する前に、と、言葉を続ける。
「直近で言えば、異食いの穴の性質でしょう。内部で起きた出来事を忘れてしまう。そして、一緒に入った召喚者のことも忘れてしまう。そんな性質を持っていましたよね?」
「ええ、そうね。……って、なるほど。つまりメイドさんは、居なくなった女の子が召喚者だって言いたいのね?」
「はい。さすがお嬢様です♪」
笑顔で私を
「でも、待って。メイドさんが召喚者を尊敬する? そんなこと、あるの?」
自分の親とも言えるフェイさんを討った『召喚者』という存在を、メイドさんは、それはもう毛嫌いしている。それこそ、外来者なんていう
「
「いや、どっちなのよ。あなたが言ったんじゃない。尊敬しているって」
「はい。だから、不思議なのです。
とぼけるでもなく、誤魔化すでもなく、本心を言って。困ったように笑うメイドさん。その顔を見て、私は、メイドさんにとっても、居なくなってしまった“彼女”……召喚者の女の子が大きな存在だったのだと気づかされる。
きっと、メイドさんなりに
「……ごめんなさい、メイドさん。私、あなたを見くびっていたわ」
「完ぺき従者の
「そういうところ! そういう口の悪さを直してくれると、私も誤解しなくて済むの!」
私の抗議と怒りは、「あはっ♪」の一言で片づけられてしまったけれど。
「とにかく。こうした、様々な事象、事柄から、居なくなってしまった方の手がかりを得ることは出来るのです」
「な、なるほど……」
思えば、異食いの穴に潜んでいたリズポンについて思い出した時も、核心を突くいくつかの情報を得た時だった。少しずつでいいから、地道に情報を集めて、推測を立てて行けば、私は居なくなってしまった大切な、大切な“彼女”のことを思い出せるのかもしれない。
――……それに。
私、やられっぱなしって気に食わないのよね。私たちの記憶が消え去ったのは、魔素のせい。ひいてはフォルテンシアのせいでもある。
――フォルテンシアが、私から……。私たちから、大切なあの子との時間と思い出を奪った。
そう考えると、沸々と怒りがこみ上げてくる。職業衝動もそうだけど、私たちに理不尽を押し付けてくるフォルテンシアには、かねてから一言、言ってやりたいと思っていたの。
「っ……」
押し寄せる頭痛は、私の思考や行ないがフォルテンシアにとって間違っていることを示している。……だけど、これくらいの痛み。“彼女”が居なくなった寂しさと苦しさに比べたら、全然マシ。この痛みの先に“彼女”との大切な記憶があるのなら、忘れてしまった自分への罰として、受け入れていきましょう。
さすがに、フォルテンシアに
――だけど……。
簡単に感情や衝動に流されてしまうちっぽけな私の意思だけれど、どうしても譲りたくないものだってある。
「お嬢様? どうかされましたか? ……まさか、衝動でしょうか?」
頭痛に顔をゆがめ、活性化した魔素で目を光らせる私を、メイドさんが心配そうに見つめている。……大丈夫。本当にいけないことなら、痛みが気を失うレベルになる。だけど、この程度の頭痛で済んでいるということは、まだ私の反抗はフォルテンシアにとって許容できる範囲だと言うこと。
――見てなさい、フォルテンシア!
「メイドさん。絶対に“彼女”のこと。思い出しましょう!」
「……まったく。また言葉足らずになっていますよ、お嬢様?」
フォルテンシアに対する私のささやかな反抗が、始まった。
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