○なんて芳醇な枕の匂い……

 消えてしまった召喚者の女の子についての情報を集め始めた私たち。その第一歩として、私たちはどう考えても不自然な事象についての洗い出しを行なうことにした。

 メイドさんと2人で私の寝室にこもって、自分が手がかりだと思うものを示していく。


「まずは、コレね」


 私は、2つの宝物――美しい緋色ひいろの差し色があるグラスと、先日握りしめていた指輪を示してみせる。


「指輪についてはもういいとして、このグラス。多分、私は“彼女”から貰ったわ」


 いつ、どんな理由でもらったのかは分からない。けれど、大切なものを飾っている私の棚に置いてあったんだもの。絶対に理由があるはず。そしてその理由こそ、消えた女の子だと思う。


「ジィエルで作られた高級なグラスですね。貰った、となると……」


 最近のことで思い当たるものがあるとすれば、お誕生日かしら。その贈り物として用意されたものだと考えるのが妥当? となると、一緒にお誕生日を祝うくらいの関係だったはず。


わたくしからは、こちらを」


 メイドさんが示して見せたのは、ピンク色の食器類。


わたくしたちは、ポトトも加えて5人で生活していたはずです」

「ええ、そうね」


 私たちは、ウルセウを本拠地にしているシュクルカさんを除いて5人で生活をしている。私、メイドさん、ポトト。そして、リアさんと、ユリュさんの5人ね。そして、共同生活を送る中で、それぞれが、自分の食器を持っている。私が、赤系統。メイドさんが緑。ポトトは白。リアさんが紫色で、ユリュさんが青色。


「では、この食器類は誰のものでしょうか?」


 誰のものでもない。ということは、居なくなった女の子の印象的な色がピンク色だったということになるはず。そうメイドさんは言いたいわけね。


「なるほど……」

「そして、人数という点ではもう1つ。この邸宅に1つだけ、不自然な空き部屋が、あるのです」

「それ、私も気になっていたの」


 邸宅の2階。私の寝室の隣にある2つの部屋。そのうちの片方にリアさんとユリュさんが共同で暮らしている部屋がある。だけど、もう片方の部屋が、空室なのよね。


「普通なら、ユリュさんをそこに入れたはず。なのに入れなかったということは……」

「先に誰かが使っていたから、と考えた方が自然ですよね?」


 私の考えがメイドさんと同じであることを確認する。


「もしその先客がくだんの召喚者であるなら、部屋に必ず、何かしら手がかりが残っているかと」


 そんなメイドさんの発言で、私たちは廊下の突き当りの部屋に足を踏み入れた。


 私たちが居ない間にお手伝いさん達によって部屋は掃除されていたけれど、それでも。つい最近まで人が生活していた痕跡のようなものはある。


「部屋にあるのは、ベッド、机、衣装棚……。それほど多くありませんね?」

「ええ。とは言え、掃除のときにお手伝いさんが捨てた可能性は低いと思うわ」


 なぜなら、私、異食いの穴に行く前に『あの部屋の物は例えゴミでも捨てないで』ってお手伝いさん達に言っておいたから。この行動も、居なくなってしまった召喚者の子が私にとって大切だったことを示している。

 不自然な情報を整理するたび、明らかになるのは、私にとって“彼女”がどれほど大きな存在だったのかということ。


 ――そんな大切な人のことを、私は忘れようとしていたのね。


 すぐに寂しさから逃げようとした少し前の自分を、ひっぱたいてやりたいわ。……いいえ、やりたいでは無いわね。


 パァン……。


「れ、レティ? 急に自分の頬をはたくなど、どうしたのです……? ああ、可愛らしい顔がみるみる腫れてしまって――」

「気にしないで、メイドさん。手当も大丈夫。それより早速、部屋を探索していきましょう」

「で、ですが……」


 過保護なメイドさんのことは放っておいて、私は机にベッドに歩み寄る。手に取ったのは、枕。枕カバーは洗われてしまっているけれど、枕自体は天日干しがほとんど。そして、寝ている間にもたくさん汗をかく頭を支える枕には、使用者の匂いが否応なくこびりつく。

 その証拠に、私が部屋に戻るとユリュさんやリアさんが私の枕に顔をうずめていることがよくある。これまで、何が良いのか、理解できなかったけれど。


「すぅぅぅ……」


 ふかふかの枕を抱いて一気に息を吸い込めば、ほら。どこか懐かしくて、安心できる、花のような甘い匂いが鼻腔をくすぐる。同時に、なぜか胸の奥の方がキュンとなって、寂しさのせいでぽっかりと空いた穴が少しだけ埋まったような気がした。

 何度も、何度も。枕に染み付いた“彼女”の香りを肺に溜めて。


「間違いない。この部屋のあるじは、間違いなく私たちが探している子よ!」


 残念なものを見る目で私を見つめているメイドさんに、断言した。


「……って、何その目は?」

「いえ。てっきりお嬢様がシュクルカのように、変態に目覚められたのかと」

「そんなわけないじゃない。私は至って健全よ」

「ではまずその枕を手放してください。物足りないようでしたら、わたくしの物を差し上げますので」

「……結構よ」


 私は花の香りがする枕を一度元あった場所に戻して、探索を再開する。ただ、少ししてもメイドさんに一向に動く気配がない。どうしたのかと見てみれば、やや不服そうに私の方を見ていた。


「結構、とは? ……まさか、わたくしの枕では満足できないと?」

「そんなわけないじゃない。ただ、他人の枕をくんくんして興奮する変態になりたくないだけよ。それに」


 探索の手を止めてメイドさんに近づいた私は「えいっ」と、一思いに彼女に抱き着いた。


「メイドさんのお日様の香りは、こうして直にげるものね?」

「っ……! お嬢様、このまま押し倒しても?」

「ダメに決まってるじゃない。ほら、馬鹿言ってないで部屋を探索するわよ」

「……わたくしよりも、お嬢様の方がよほど、意地悪です」


 文句を垂れるメイドさんに背を向けて、私は衣装棚を開けてみる。そこには数着だけ、衣服が残されていた。


「この服って……」

「はい。わたくしが作ったものですね。……上下1着ずつ、取り出しても?」


 私に確認を獲ってくるメイドさん。本当は私では無くて、この部屋のあるじが許可を出すべきなのでしょうけれど、今は不在。部屋ではなく邸宅の持ち主として、メイドさんに服を触る許可を出す。

 私が頷いたのを確認して、メイドさんが駆けられていた服の中からズボンとシャツを手に取った。


「服から分かるのは、身長などでしょうか」


 メイドさん曰く、ここに居た召喚者さんは身長160~170㎝くらい。太もも周りは少し太くて、股下はそれほど長くないそうよ。


「胸は大きすぎず、お嬢様のように小さくもない……」

「ねぇ、メイドさん。私のようにって言う必要あった? わざわざ言う必要はあったかしら?!」


 それに、私の胸は小さくない……はずよ。メイドさんからしたら、ほとんどの子が小さく見えるだけだと思うわ。……そうよね?


「腰回りがふくよかな、いわゆる安産型の体形をしていたのかもしれませんね」


 服のおかげで、大まかな人影シルエットも分かってきた。あと重要なのは、人となりよね。どんな人物だったのか。何が好きで、どんなことを考えていたのか。それを探す手掛かりになりそうなのは、


「あれね」


 私が見るのは、ベッドから少し離れた場所にある机だ。ドドの木製の、茶色い勉強机。机の上には写真――〈模写〉のスキルで精密に写し取った絵――が飾られている。手に取ってみれば、笑顔で映る私たちの姿があるのだけど……。


「この不自然な空間に、彼女が居たものだと思われます」


 私の左隣に映っているメイドさんの反対側に、人が1人、入ることが出来そうな空間があった。間違いない。“彼女”は、必ずここに居た。私の、すぐ隣に居たんだわ。


「残すは……」


 私は、向かって右側3段ついている引き出しに目をやる。この中にはきっと、彼女の所有物が入っているはずで――。


「――っ!」


 急に、何かを思い出しそうになった。私、彼女に何かを頼まれた気がする。この勉強机に、何かを……。


 ――……ダメ。思い出せない。


 頑張って記憶のふたを開けようとしたけれど、すぐに手応えが無くなってしまう。それでも、少しだけ、希望が見えてきた気がする。異食いの穴に寄って消えた記憶が戻った前例は、確かにあるんだもの。諦める必要なんてない。


 ――このまま彼女について調べて行けば、いつか、必ず……!


 私たちの記憶から消され、存在しなかったものとして扱われた女の子。それでも彼女がここに居たこと。私のすぐ隣に居てくれた証拠を求めて、私は机の引き出しを開く。そこには――。


「「……うん?」」


 等間隔に並んだ大量の手紙と、どこかで拾ったと思われる重石おもしが大量に置いてあった。

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