○普通に気持ち悪い!
階層全体が透き通った水に浸されている第2層“
「わぁ! わぁ、わぁ~!」
美しい水色を返す水面。淡く黄緑色に光るヒカリゴケ。色とりどり魚たち。それら全てに目を輝かせている。
「サクラ様、舌を噛みますよ?」
「大丈夫です、ジェットコースターには慣れてますから」
「じぇっと……? なんですか、それは?」
ドドラの背中から身を乗り出すサクラさんをメイドさんが心配しているけれど、サクラさんに気にした様子はない。身体を押さえつける棒に全体重を預けて、第2層を見渡していた。
洞窟を抜けて壁沿いの崖を下りると、もうそこはドドラの乗降場所兼船着き場。ここからは
「6人で乗れる新品の船で80,000n……。ほんと、いい商売だわ」
前回乗ったものよりも2周りほど大きい船の船体に触れながら、私は痛い出費を嘆く。今回は横長の座席が3つあって、それぞれに最大2人、3人、2人と横並びに座ることができる。一番前、船首に近い席に、索敵が得意なポトトとサクラさん。真ん中に私と、戦えないリアさん。船尾の方にメイドさんとシュクルカさんが座っている。
そして、残す1人は水の中。
「やっぱりここの水は気持ち良くて泳ぎやすいです!」
ばしゃん、と水面を跳ねて水しぶきを上げながら船を引くユリュさん。この陣形で、私たちは第2層を進んでいくつもりだった。
「ちょ、ユリュちゃん、冷たいって! あははっ!」
『ルゥッ クルルクルル!』
飛び跳ねるユリュさんがまき散らす水しぶきに、楽しそうにはしゃぐサクラさん。まだ興奮が冷めやらない様子で、とっても上機嫌ね。一方で、羽が濡れるのを嫌がっているのはポトトだ。抗議するような声を、ユリュさんに向けていた。
水底から突き立つ乳白色の鉱石「シロハシラ鉱石」を避けながら、快適に進む旅路。シャーレイに襲われるようなこともなくって、時折、小さな水生の魔物たちがやって来ては、私たちに駆除されていた。
「順調にいけば、今日中にはレストリアに着くのよね?」
私は後ろの席を振り返って、メイドさんに尋ねる。
「はい。ここからレストリアまでは100㎞ほど。ユリュの速度であれば、休み休み行ったとしても6時間ほどで着くはずです」
船着き場があったのが、欠けたナールの形をしている第2層のちょうど中央辺り。シロハシラ鉱石が乱立するレストリア鉱石群は、そこから少しだけ南下した場所にあった。
「そう。……ところでシュクルカさん。あなた、今度は何をしたの?」
旅程を確認した私は続いて、メイドさんの隣です巻きにされているシュクルカさんを見遣る。また何かをメイドさんにやって、縛られたのでしょう。そう思って目を向けた私に、シュクルカさんは抗議の目と言葉を返してきた。
「むむ、まるでルカが何かをしでかしたような言い方ですね、死滅神様」
「あ、あれ? 違うの? てっきりいつものようにセクハラをしたものだとばかり……。ごめんなさい」
日頃の行ないからついついシュクルカさんを悪者にしてしまったけれど、間違いだったみたい。素直に謝罪をして、改めて聞いてみる。
「じゃあどうして布団と縄で縛られているの?」
「それはルカが、メイドさんのうなじの香りを嗅ごうとしたからです!」
「私の謝罪を返して!」
やっぱりセクハラをしていたんじゃない!
「……コホン。だけど、メイドさん? 水上で、ただでさえ何かあった時に対処しにくいんだもの。シュクルカさんの戦力が無いと、困ってしまうわ?」
「そうですよ、メイド様! ルカを縛っていては、戦えません!」
戦力は1人でも多い方が良いんじゃないか。そう抗議する私に、メイドさんは指を立てる。
「
「
抵抗できないシュクルカさんを水中に放り投げて、追っ手の気を引く。その間に私たちは逃げると、そういうことね? 目線で確認した私に、メイドさんは笑顔で頷いてくれた。名案かもしれない作戦に手を打った私に対して、シュクルカさんが頬を膨らませる。
「可愛らしく『なるほど』じゃないです、死滅神様! ルカがどうなっても良いんですか?!」
「じゃあセクハラを止めなさい。そうすれば、メイドさんがあなたを縛る理由もなくなるでしょう?」
私の正論に、シュクルカさんが黙り込んでしまう。……え、そこは「じゃあ止めます。だから縄を
「シュクルカさん……。あなた、どれだけなのよ……」
「その、ルカを
「ひぃっ!」
ど、どうしよう! 普通に気持ち悪いわ!
「はぁんっ! 死滅神様が確実に引いてます! でも、良い! それでもルカを見捨てられず、どうにかしようと考えて下さる、その
「お嬢様。変態にむやみに餌を与えるのはやめてください。増長するではありませんか」
「え、私が悪いの? ねぇ、私が悪いのかしら?!」
出会った時も思ったことだけれど、シュクルカさんは月1くらいの頻度で会うのがちょうど良いわね。1週間も一緒に居ると、ちょっと気持ち悪さの方が勝ってしまう。せめて誰かを治療する機会があれば彼女が聖女であることを確認できるのだけど、あいにくその機会もない。
――少しだけ。……そう、ほんの少しだけ、距離を置きましょう。
私にはまだ刺激が強すぎるシュクルカさんと彼女をたしなめるメイドさんから視線を切って前を見てみれば、私たちのやり取りを見ていたサクラさんと目が合った。もちろんサクラさんの方も目が合ったことに気付いて、嬉しそうに微笑んでくれる。それだけで、どうしてかしら。私の胸がきゅんとなった。
「さ、サクラさん? どうかした?」
「ううん。昨日……第1層もそうだったけど、大迷宮ってすごい所だなって! まさにファンタジー!」
膝の上に乗せているポトトを撫でながら、声を弾ませている。そう言えば、サクラさんは大迷宮に行きたがっていた気がする。前回の遠征から帰宅してすぐ、ティティエさんの話をした時だったかしら。
ファンタジー……チキュウでは見られない現象や景色には、これまでも興味を示してきた彼女。魔素が濃くて不思議な現象が多くみられる大迷宮は、サクラさんにとっても、宝石箱のような場所に違いないでしょう。
――楽しんでくれているようで良かった。
私の目線の先。今も、水色に発光しているように見える水底や、雨を降らせる天井をしげしげと見つめているサクラさん。チキュウに帰ることになるかどうかは別として、彼女に「ファンタジーの宝箱」を見せてあげられる。それだけで、危険を承知でサクラさんをタントヘ大陸の大迷宮に連れて来た甲斐があるというものね。
「スカーレット様。昨日宿で作っておいたクッキーです。あーん」
「あーん……。うん、美味しいわ!」
「果物の砂糖煮を乗せた物もあります。あーんです」
「あーん♪」
甲斐甲斐しく私の世話をしてくれるリアさんと肩を引っ付けながら、私は2回目となる大迷宮第2層の船旅を満喫した。
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