○この面子で大丈夫かしら……?

 9月の29日目。昨日のうちに大迷宮第1層“木漏れ日の階層”について宿を取った私たち。今回はポトトも含めて7人の大所帯と言うことで、部屋は2部屋取ることになる。

 壁から突き出した巨大な魔石灯のおかげで、常に昼間のような明るさを持つ大迷宮内。前回同様、ユリュさんがもろに生活の調子を狂わされていた。


「すぅ、すぅ……」


 朝食を済ませて、第2層へと向かう道中。ポトトが引く鳥車の中、ユリュさんが私の膝の上で眠りこけていた。


「スカーレット様、変わりますか?」

「いいえ、大丈夫よ、リアさん。その代わり、ティトの実を食べさせてくれる?」

「はい。……あーん、です」

「あーん」


 ほろを下ろした鳥車の中。私とリアさんがまったりとした時間を過ごす一方で。


「ふぅっ、はっ!」

「よっ、ほっと!」

「せいっ! やぁっ!」


 外では、メイドさん、サクラさん、シュクルカさんが魔物相手に武器を振り回している。魔物たちは、高純度の魔石を内包する私たちホムンクルスを積極的に攻撃してくる。しかも、この場には3体もホムンクルスが居るんだもの。前回以上に大勢の魔物たちが、私たちの鳥車へと押し寄せていた。

 食べさせてもらったティトの実の甘酸っぱさを飲み込んで、私は緋色に輝く美しいナイフで実を切り分けるリアさんに尋ねる。


「んくっ……。リアさん。朝焼けのナイフは使えるようになった?」


 朝焼けのナイフ。それは、浮遊島で私とリアさんが見つけた、〈切断〉のスキルを持つ鋭利なナイフの名前だ。ヒノカネで出来た魔法道具でもあるそれは、メイドさんの予想では、ルゥちゃんさんの持ち物らしい。だから、ずっと前、ファウラルに行く機会があった時、ついでにルゥちゃんさんに返しに行ったのだけど。


『ふふっ。一度捨てたものだし、スカーレットが使ってくれて構わないわ?』


 と、やんわりと受け取り拒否をされてしまった。少し懐かしむように赤みがかった瞳を揺らしていたルゥちゃんさん。さすがに彼女の過去に踏み込むことは出来なかったけれど、この美しいナイフが、ルゥちゃんさんにとって因縁深いものであることは確かなようだった。

 以来、朝焼けのナイフはリアさんに使ってもらっている。ステータスが無い彼女でも、少しの間なら〈切断〉のスキルを使えることは確認済み。リアさんを守る武器として、重宝させてもらっていた。

 そんな事情を持つ朝焼けのナイフをきちんと使えるのか。尋ねた私に、リアさんが紫色の瞳をきらりと輝かせる。


「はい、しっかりと、手に馴染んでいます。見ていてください」


 そう言って、朝焼けのナイフを素早く操り、ティトの実を薄切りにしていくリアさん。間違いなく国宝級のナイフを料理包丁として使っていることは置いておいて、確かに。刃の長さだったり、持ち手の握りだったりに、すっかり慣れている様子。


 ――これなら、もしもの時もどうにかなる……かしら?


 このナイフの良いところは、〈切断〉さえ発動してしまえば切るための力が要らないこと。全身柔らかさの塊のようなリアさんの細腕でも扱うことができる。本当に最低限の反撃くらいならできるでしょう。

 と、そうして私とリアさんが眠っているユリュさんをあやしながら話していると、鳥車に1人の人影が入って来た。


「わふぅ……。死滅神様、ルカのコップはどこでしょうか?」


 薄っすらと額に汗を浮かべる、シュクルカさんだ。今日の彼女は礼服では無くて、折り目の付いた丈の長い黒スカートに、白いTシャツ姿。何気に、彼女が礼服以外を着ている姿を見るのは、今回の旅が初めてだったりするわ。

 薄茶色の尻尾を揺らして、自分のコップを探すシュクルカさん。鳥車の外では、未だに戦闘の気配がある。急いで水を渡した方が良いと判断した私は、手元にあった自分のコップに【ウィル】で水を入れて、シュクルカさんに差し出した。今のところ、戦闘は任せきりになっているんだもの。魔法を使って飲み水を用意するくらいは、してあげたいものね。


「そうだ! ちょうどリアさんがティトの実を切り分けてくれたの。どうせなら一緒に……シュクルカさん?」


 リアさんが朝焼けのナイフで切ってくれた『ティトの実の薄切り』をお皿にのせて渡そうとすると、シュクルカさんはコップを持ったまま固まっていた。


「死滅神様の、コップ……。死滅神様の可愛らしい唇が何度も触れた、コップ……。それにぃ、ハァ、ハァ、死滅神様が手ずから入れた水、言わば、もう、死滅神様の体液……。ルカはぁ……ルカはぁ!」


 舐めるようにコップのふちを見つめて、鼻息を荒くしているシュクルカさん。


「あ、やっぱり自分のコップじゃなきゃ嫌よね? 横着しちゃったわ」

「いえっ、大丈夫です、むしろご褒美です! い、頂きます……っ!」


 言ったかと思うと、コップをゆっくりと口元へ運んでいく。でも、結局、コップに口をつける寸前で。


「むはぁっ! ルカには無理です、尊すぎます~!」


 訳の分からないことを言って、私にコップを返してきた。かと思えば、今度は。


「それならが頂きますっ!」


 私の膝の上で眠っていたはずのユリュさんが飛び起きて、シュクルカさんの手からコップをひったくる。そして一思ひとおもいに、コップの中身を飲み干したのだった。


「ユリュさん? その水、頑張ってくれているシュクルカさんのために用意したのだけど?」


 私のじっとりとした目を受けて、ユリュさんが耳ヒレをしおれさせる。けれど、すぐに元気を取り戻して、


「で、でもでも、この人は要らないって言いました! だからもったいないので、が飲みました!」


 そんな言い訳をする。でも、シュクルカさんは一言も、要らないなんて言っていない。実際、ほら。シュクルカさんが、尻尾の毛を逆立てて怒っているじゃない。


「あ、は悪くないです! 無駄をなくそうとして――」

「ユリュ様。あなたはルカを怒らせました。……外に出なさい、しつけてあげます」


 これまで、なんやかんやで笑顔だったり、優しい顔だったりを崩すことが無かったシュクルカさん。だけど、いま初めて、怒っている彼女を見た。小さい身体の割には大きな胸の下で腕を組んで、輝きを失った明るい茶色の瞳をユリュさんに向けている。そんな怒りの感情を向けられたユリュさんはと言うと……。


「わ、分かりました!」


 受けて立つと、そんな姿勢を見せた。


「え、大丈夫なの、ユリュさん? ついこの間、検診された時は負けていたじゃない」


 シュクルカさんに組み伏せられて、ボロボロと涙を流していたあの日から、そう日は経っていない。結果は見えているような気がする。だから、やめておいた方が良いとそう伝えたつもりの私に、だけど、ユリュさんはやる気に満ちた目を向けてきた。


「おうちだと動きにくかったですが、ここはお外。水もたくさんあります。があの人より強いってところ、死滅神様に見せます!」


 頑張っている姿、強い姿を私に見せると、意気込んでいる。でも、もし怪我でもしたら今後の旅にも影響が出る。もっと別の場面で頑張って欲しい。そう言おうとしたわたしよりも早く、シュクルカさんが口を開いた。


「分かりました。では勝った方が今日の宿で死滅神様と同室と言うことで良いですね、ユリュ様?」

「受けて立ちますっ」


 言うや否や、鳥車を下りて姿を消した2人。血の気が多いユリュさんが私闘に応じたのはまだしも、見た目のわりに大人なシュクルカさんがどうして私闘を申し出たのか。私には分からない。結局、2人とも子供だったと、そう言うことかしら。あと、何よりもに落ちないのが、


「私の意見……」


 シュクルカさんとユリュさんが消えた後方を見遣って、私は項垂れる。誰と一緒に寝たいのか、それは、私が決めることなのに……。

 気落ちする私の目の前に、ふと、短い串にささったティトの実が差し出される。


「スカーレット様、ティトの実のサザナドレッシング、チーズを添えてです。あーん」

「え、あ、あーん? ……美味しい!」


 口の中で弾けるティトの実の甘酸っぱさを、牛乳由来の発酵食品『チーズ』がまろやかに包み込む。さっぱりさわやかな味わいとスッと鼻に抜ける香りが特徴のサザナの葉を使ったタレは、まさに相性抜群。思わず笑顔になってしまう美味しさだわ。


「はい、笑顔です。リアがスカーレット様を笑顔にします、ご奉仕です。もう1本どうですか?」

「頂こうかしら!」


 そうやって、私がリアさんに甘やかされる横で。


「サクラ様、こちらは59……60体目ですよ?」

「うっ、わたしはまだ52。相手が小っちゃいから、ナイフの方が手数も増えて良いかな」


 どちらが多く魔物を殺したのかを競う、メイドさんとサクラさんがいる。2人とも、余裕と油断は紙一重よ? それに、


『ルック ルック ルー♪』


 魔物がたくさん居るのに、余裕で歌を歌っているポトト。心なしか、鳥車の速度も速い。疲労は大丈夫なのかしら? 調子に乗っては、私のようになってしまうわよ?

 私情で持ち場を離れて、どこかへ消えて行ったお子様2人もそうだけれど……。


「……これで、大丈夫なのかしら?」


 前回よりも俄然がぜん騒がしい道中に、私は1人、ティトの実を飲み込んで首をかしげるのだった。

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