○お休みなさい
乳白色で柱状の鉱石であるシロハシラ鉱石。大迷宮第2層に住む人は、その固く頑丈なシロハシラ鉱石に穴をあけて、そこを住居としながら暮らしている。
「そんなシロハシラ鉱石の中でも最大級の石柱がある場所。それこそが、レストリアと呼ばれるこの場所です」
メイドさんが、第2層に初めて訪れるサクラさんとシュクルカさんのために説明していた。
私たちが今いる場所は、レストリアの外縁部にある宿。冒険者の徒党もよく訪れるこの場所には、私たち全員で泊まることのできる大きな部屋もあった。だから大迷宮に来て……と言うよりは出会ってから初めて、全員が1つの部屋で寝泊まりすることになったのだけど。
「見て、ひぃちゃん! あそこ、でっかい魚が跳ねたよ?!」
「死滅神様の横は
「昼間ルカに負けたくせに何を言っているのですか?! あ、待ちなさい!」
「ククル様。お食事です。お魚ですが、大丈夫ですか?」
『クルッ! クルッ クルッ♪』
騒がしいこと、この上ない。確かに、私は1人で眠るよりも誰かと一緒に居た方がよく眠れる。眠る時だけじゃない。基本的にそばに誰かが居ないと不安になるけれど、それにしたって……。
「う、うるさい……」
私はベッドで足を延ばした姿勢で、独り言ちる。人が集まれば当然と言えば当然。さらに個性が強い面々が揃っているんだもの。1つの部屋に入れればどうなるのかなんて、簡単に想像できたはずなのに。
――さすがに眠る時は、静かな方が良いわね……。
かと言って、部屋を取ってしまった以上、新しく部屋を取るのは金銭的な無駄が大きい。そもそも空室があるかもわからないし、下策よね。
「今日、眠れるかしら?」
天井を見上げた私の心配は、だけど、この1時間後、
「むにゃ……」
さっきまで走り回っていたユリュさんが、真っ先に眠った。張り切って船を
続いて、ユリュさんの面倒を見ていたシュクルカさんがその隣で寝息を立て始める。尻尾をくるんと丸めて眠る姿はあどけなくて、本当に可愛らしい。ユリュさんと手を握って眠るその姿は、仲の良い姉妹のように見えた。
ともかく、年少組が眠ったことで、部屋には分別のある年長組(もちろん、私も含むわ)だけが残されて、静けさが戻る。
「まったく、この子たちは……」
肩を並べて眠ってしまった2人に布団をかけながら言ったのは、メイドさん。今日はまだ薄水色のメイド服を着たままだけど、もう少しすれば、睡眠用の帽子をかぶった、可愛い寝間着姿になってくれることでしょう。
不思議なもので、さっきまでの騒がしさがなくなると、一気に眠気が押し寄せてくる。
「くわぁ……。今は、夜の10時くらいかしら?」
「いえ。タントヘ大陸時刻だと、11時前くらいですね、お嬢様。そろそろお眠りになられた方が
寝間着に着替えて大きなあくびをしてしまった私を、メイドさんが目と言葉で
「うっ、気を付けるわ……」
「あはは、ひぃちゃん怒られてる~。それにしてもいっつも思うんだけど、2人の体内時計、どうなってるの?」
ベッドの上。寝返りを打地ながら言ったのはサクラさんだ。花の模様のある薄いピンク色の寝間着で、寝ころんだまま私を見上げている。サクラさん的には、時計を見ずに時間を把握している私やメイドさんが“すごい人”らしいわ。
「ふふん。お腹の
「はい、勘です」
ほぼ同時に答えた私とメイドさんを見て「何それ」なんて言いながら笑っている。
「そこで寝こけているポトトもそうでしょう。朝日と共に鳴くポトト達は、空気の変化などから、日の出を察知するようですよ?」
サクラさんの枕元で小さい姿のまま眠っているポトトを見ながら、うんちくを語るメイドさん。確かに、前に大迷宮に居た時も、ポトトは朝鳴きをしていた。その時刻はきちんと正確であると、メイドさんは語る。
「地上の光が届かない大迷宮でも、ですか?」
「はい。きっと彼女たちにしか分からない何かがあるのでしょうね」
サクラさんの問いかけに応えながら、部屋の明かりを消すメイドさん。枕元にある照明が、客室を薄っすらと照らす。と、その時。
「すぅ、すぅ……」
私のすぐ隣から、寝息が聞こえて来た。
「リアさん? この子が私より先に寝るなんて」
「わ、ほんとだ。珍しい……」
あまりにも珍しい光景に、サクラさんも身を起こしてリアさんを見ている。リアさんもメイドさんと同じで、私より先に眠ることがほとんどない。メイドさんとの違いは、起きるのはゆっくりなこと。だから寝顔自体は珍しくないのだけど……。
「食事の準備に、洗濯。何よりお嬢様のお世話。リアも気を張って、疲れたのでしょう」
薄暗い闇の中。メイドさんが着替えをする音が聞こえる。
「む、その言い方。まるで私のお世話が一番疲れる、みたいな言い方ね?」
「おや、自覚がない、と?」
「……あるわ。だから、感謝してるんじゃない」
「あはは、なんで上からだし」
本格的に眠る雰囲気が出て来て、私も枕に頭を置く。と、隣に居たリアさんがすぐに抱き着いて来た。まさか起きてるの、と思ったけれど、その様子はない。本能的に、人の温もりを求めているのね。
甘ったるくて、だけど、慣れてしまえば心地よい。そんなリアさんの香りと共に、眠気が増していく。
「明日は休養と、新しい破壊神への挨拶を兼ねて、1日だけここに滞在するんだったわよね?」
「はい。この
主に眠っている年少組とリアさんを見て、微笑んだように見えるメイドさん。みんな大迷宮という特殊な環境で、知らず知らずのうちに疲労を蓄積させている。身体を慣らすという意味でも、確かに、休養するには良い時機だと思う。
「そう……」
「ふふっ。どうぞお休みください、お嬢様」
「でも……」
こうやって枕を並べてお喋りをするのって、楽しいのよね。でも、私が眠るとこの時間も終わってしまう。それがなんだか、無性にもったいないように思える。
「しょうがない。サクラお姉ちゃんが背中、とんとんしてあげよう」
「私、そこまで、子供じゃない……」
私の方にすり寄って来たサクラさんの厚意を、やんわりと断る。眠いのに、寝たくない。この気持ち、久しぶりだわ。
「たくさん話したいことがあるのであれば、
自身も寝間着姿になって、サクラさんの向こう側――3つ並んだベッドの端にメイドさんが腰掛ける。疲労がたまっているのは、メイドさんも同じのはず。私としては、彼女にもきちんと休息を取って欲しい。
――けれど、私が眠らないと、メイドさんも眠ってくれない。
逆を言えば、私が早く眠れば、メイドさんもきちんと眠って、休養してくれると言うこと。どうせ、私はこの睡眠欲に勝てないんだもの。それなら……。
「ふふ、そうね。それ、じゃあ、おやすみなさい」
「はい、お休みなさいませ、お嬢様。良い夢を♪」
「お休み、ひぃちゃん。また明日ね」
リアさんが抱く左手とは反対の右の手でサクラさんの手を握って。私はそっと、意識を手放すのだった。
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