○大きなケーキ『アシオラ』
月が替わって10月の1日目。サクラさんがフォルテンシアに来て1年が経つまで、残すは2週間と少しになった。
急がないと、と思う反面、焦りは禁物。ステータスには記されない疲労は、みんなから確かに気力や体力を奪っている。というわけで、この日は大迷宮第2層における最大の都市レストリアで1泊することになっていた。
朝食前。私の朝の支度を手伝ってくれているメイドさんと、今日の予定について話し合う。記憶が正しければ、今日は午前中、死滅神の関係者4人と1匹で新しく生まれているはずの破壊神への挨拶。午後から散策と観光の予定だったはずなのだけど……。
「え、シャスリルさん達、まだ破壊神と会えていないの?」
洗顔を終えて顔を拭いていた私。メイドさんからの報告に驚いて、思わず彼女の言葉を繰り返してしまった。大迷宮に来た時点で、面会の要望を手紙で送っていた私たち。けれど今朝届いた手紙には、シャスリルさん――“破壊神の従者”である
「私がギードさんを殺したのが8月の17日。神は必ず1か月以内に生まれるから……」
「はい。きっとフォルテンシアのどこかに居ることは確実だと思われます。しかし、破壊神様が大きな怪我を負ったりしない限りはその存在を察知するのが難しいかと……」
距離によっては察知することすらできないと、我が事のように悩んでいるメイドさん。思えば、そうよね。私は目覚めてすぐに運よくメイドさんに会えたから、各所にある神殿や他の従者たちに会うことができた。だけど普通は、自分からそういった神殿に出向かないといけないはずだもの。
そして、もし、破壊神自身が神殿に赴かない場合は、従者や信者の人たちが探しに出向かないといけないと言うこと。フォルテンシアは広い。この世界のどこかに居るたった1人を探し出すなんて、かなり無謀なことのように思える。
――とはいえ、絶大な力を持つ“神”だもの。職業衝動に従って行動していれば、おのずと名前は広がるのでしょうけれど……。
新たな破壊神が生まれてから、最長でも1か月程度。まだ探し出すことが出来ていないようだった。
「つまり、破壊神への挨拶は出来ない。そういうことね?」
「残念ながら、その通りです」
「……そう」
今までは“神”の中で一番若い存在だった私に、後輩が出来る。そう思うと少しだけワクワクしていたのだけれど、顔合わせはもう少し先になりそうね。少なくとも、サクラさんの戦いに決着がついた後になるでしょう。
「まぁでも。せっかく近くに寄ったのだし、シャスリルさん達に軽く挨拶だけはしておきましょうか」
「んふ♪ かしこまりました。ではユリュとシュクルカを起こすのはもう少し後でもよろしいですか?」
優しい顔をしたメイドさんの視線の先には、今も抱き合って眠っているシュクルカさんとユリュさんの姿がある。年齢的には大人と言っても、まだまだ2人は子供だものね。
「そうね。しっかりと休ませてあげましょうか。サクラさんとリアさんは調理場かしら?」
「はい。昨日たくさん殺した魔物の肉を使って料理をすると、意気込んでいましたよ?」
昨日殺した魔物と言うと、角の生えた兎『ギーギィ』と鳥の魔物『ガーグ』かしら。魚の魔物も殺したから、朝から結構、
「日持ちする穀物なんかは後のためにとっておきたいものね」
「はい。地産地消。命を余すことなく頂く。そうですね、お嬢様?」
きちんと私の考えを理解してくれているメイドさんの言葉に頷いて、私は着替えに移るのだった。
朝食後、私たちが向かったのはレストリアの中央にある、巨大なケーキのようなシロハシラ鉱石だった。名前は『アシオラ』。背骨を意味する言葉で、大迷宮を支える背骨と言う意味が込められているそうよ。
その直径は、ウーラの町にあった大樹『生命の樹』に匹敵する大きさを持っている。巨大な石柱をくりぬいて、多種多様な施設が密集するその様は、“霧の町”リリフォン巨大商業施設『ゼレア』にどこか似ていた。
「エオンだ!」
とは、サクラさんの言ね。「エ」は「イ」かもしれないわ。とにかく、地球にもここと似た複合型商業施設があるらしかった。
アシオラの1階部分に当たる船着き場に船を停める。他にも数えきれないくらいの船が停まっていて、自分が乗ってきた船が無くなるなんて日常茶飯事。人目が多いからメイドさんに〈収納〉してもらうわけにはいかないし、どうしようか。悩んでいた私に助け舟を出してくれたのは、まだ水中に居たユリュさんだった。
「
第2層の水質をいたく気に入っているらしいユリュさん。それに、人見知りの彼女にとっては、人の少ない場所の方が落ち着くのでしょう。自由気ままに泳ぐことこそが気分転換になると、そう主張する。
でも、彼女1人を放り出すのはあまりにも……。そう、あまりにも不安よね、色々と。監督者として適任なのは。
「……メイドさん。お願いできる?」
「かしこまりました。良いですね、ユリュ?」
「あぅ……。でも、分かりました!」
恐らく水中では私たちの中で最強のユリュさんと、頼れるメイドさん。2人なら、大抵の事案にも対処できるでしょう。
そうしてメイドさんだけが乗った船を
「それじゃあ、お買い物と行きましょうか!」
「「「うん(はい)!」」」
私たちは早速、複合型商業施設アシオラの中に足を踏み入れた。
白色の魔石灯で照らされた通路。でこぼこした壁は、この場所が人の手で彫られたこと示している。厚さが10㎝もあれば、人を支えられると言われるほどの頑丈さを持つシロハシラ鉱石。こうしてみんなが2列で並んで歩くことのできる通路を彫るのに、果たしてどれだけの労力が必要だったのかしら。
「わふ……。フリステリア様は不思議な匂いがします。嗅いでいると、落ち着いてしまいますね」
いつものように鼻をヒクヒクさせて、自分の隣を歩くリアさんの体臭を嗅いでいるシュクルカさん。場をわきまえているのか、あるいはリアさんの雰囲気がそうさせているのか。いつもの変態ぶりは鳴りを潜めていて、まさしく普通の女の子と言った様子。
「ありがとう、ございます? シュクルカ様も素敵です。お耳も尻尾も、可愛らしいです」
「そ、そうですか? えへへ、あ、ありがとうございます!」
赤らんだ顔で微笑んで、尻尾をぶんぶんと振って喜びを示すシュクルカさん。……何この人、可愛いじゃない! 私やメイドさんの匂いを嗅いだ時は、呼吸をするようにセクハラしてくるくせに。素直に喜んだり笑ったりするシュクルカさんは、
「いつもそうしていればいいのに……」
「ん、何か言った?」
思わずこぼれた私の呟きを拾ったのは、私の隣を歩くサクラさんだ。普段着と言って差し支えない格好をしているサクラさんだけれど、今日は腰に剣、背中にはナイフをそれぞれ持っている。無法地帯タントヘ大陸では、女性だけで行動するのにはかなりの危険性を伴う。有事の備えは必須と言えるわ。
――ま、死滅神の私に向かってこられる人はそう居ないでしょうけれど。
前任の破壊神ギードさんを殺したことで、私の顔と名前もより広く知られるようになった。今こうして歩いていても、人々が自然と私たちに道を譲るくらいには、ね。
「いいえ。シュクルカさんは
「あはは、それは、うん。めっちゃ同意。黙ってたら、子犬みたいでかわいいのにね」
自身もシュクルカさんからたくさんのセクハラを受けているサクラさんが、苦笑している。死滅神関係者でもないサクラさんにすら変態行為をするシュクルカさん。つまり相手を選ばずにセクハラを仕掛けているわけだけれど、思えばリアさんにしている姿を見かけたことはない。
人族よりも五感が鋭く、やや野生の動物に近い生態をしているとも言われる耳族の人たち。
「これも、生誕神の血を引くから、なのかしら……?」
リアさんとだけはきちんと普通に話しているシュクルカさんの姿を後ろに見ながら、私はアシオラでの本格的な買い物に着手することにする。
「ポトトの
「あとは食器用の洗剤と小麦粉……こっちで言うユェダ粉だよね」
「ええ。その後はお小遣いを使って自由時間。今日はどこに行こうかしら」
巨大な温泉施設に、飲食店街。家具、寝具、おもちゃ、置物、宝石、焼き菓子。本当に、多種多様なお店があるのよね。
「こうなったら、いっそのこと。全部
「そうね。時間とお金が許す限り、全力で遊びましょう!」
そう。全ては計算通り。メイドさんが居ない今、私たちを
「じゃあ、行こ?」
「ええ!」
底から丸1日、サクラさんの手を取って、私は休日を目一杯に楽しんだ。
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