○嫉妬してくれて、ありがとう

 翌日。レストリアを発った私たちは、第3層へと続く洞窟を目指していた。前回はシャーレイに追われながらの旅程だったけれど、今回は……。


「(がみがみ、ペラペラ)」


 船の上。私とサクラさんは、腕を組んで足を肩幅に開いたメイドさんによるお説教を受けていた。もちろん、昨日のアシオラでの散財を見抜かれてしまったから。以前、エルラでも同様にお金を浪費した私たち。その時はメイドさんに寝間着を贈ることで怒りをしずめてもらったけれど、今回はお土産と言う名前の賄賂わいろを渡しても、メイドさんの怒りが収まることは無かった。


「聞いているのですか、お嬢様!」

「は、はいっ!」


 正座をしながら考え事をしていた私に向けて、メイドさんから叱責の声が飛ぶ。今日のメイドさんは濃紺生地のワンピースに、前掛けが小さいメイド服を着ていた。


「ねぇ、メイドさん。私が言うのもおかしな話かもしれないけれど、私たち、昨日も怒られたわよね?」

「そうですね」

「きっちり1時間。水浴びをするまで怒られたはずよ。なのにどうして今日も怒られているの?」


 浪費すればメイドさんに怒られる。それを分かっていてなお、私たちは遊び倒した。理由はもちろん、サクラさんとの思い出作りのため。メイドさんだってそれを理解しているからこそ、1時間でお説教を切り上げてくれた。

 なのに、いざ船の旅が始まってみれば、こうして再び怒られている。正直言って、しつこい。言葉にすればメイドさんがさらに不機嫌になるから、絶対に言わない――。


「しつこい、と。そう思っている顔ですね?」

「なっ?! そ、そんなわけ、無い……わよ?」

「うわっ、ほんとこの子、馬鹿だ。巻き添え食らうわたしの身にもなってよ~……」


 私の隣で同じく正座をしているサクラさんが、呆れた目でこちらを見てくる。


「良いですか。わたくしが昨日聞いたのは、無駄な買い物をしたという話だけでした」

「無駄、ですって? 違うわ、メイドさん。あのシロハシラ鉱石を使った丈夫な陶器の置物はこのレストリアでしか手に入らなくて……むぐっ?!」

「はい、ひぃちゃん、黙っててね~。話が先に進まないから」


 サクラさんに口を押えられながらも、私は決して遣いではないことをメイドさんに目で示す。そうして、腕を組んだ状態で私を見下ろす翡翠色の瞳と見つめ合うこと、少し。


「それで? どうしてメイドさんは怒っているんですか?」


 私の代わりに、サクラさんが話を先に進める。メイドさんも、私が意見を曲げないことを悟ったのでしょう。目線を切り、指を立てて、鼻を鳴らした。


「ふんっ。それは、あなた達が物を買う以外にも想像以上にお金を使っていたからではないですか。リアから聞きましたよ? 買い食いすること計14点。何の足しにもならない遊戯ゆうぎで遊ぶこと9回。果ては温泉まで行ったそうですね? わたくしにユリュの面倒を見る仕事を、押し付けて」


 良い御身分ですね。そう締めくくったメイドさん。


「ぷはっ……。えっと、つまるところ、お土産代38,900nだけじゃなくて。その他でその倍以上のお金を使ったから怒っているの?」

「……その通りです」


 結局、いま怒っている理由も浪費だと言うこと。でも、それにしたってやっぱり、怒り過ぎな気もする。普段のメイドさんなら呆れてお終い、のはずよ。ただの勘でしかないけれど、何か他に、メイドさんの気が立っている理由があるんじゃないかしら。


「本当に? 本当に浪費だけが、あなたが腹を立てている理由なの?」

「しつこいですね。だからそう言っている――」

「違いますよ、死滅神様」


 肯定しようとしたメイドさんの言葉を遮ったのは、シュクルカさんだった。目を閉じて、小さく微笑ほほえむ姿は慈愛に満ちている。久しぶりに見る、聖女状態モードね。

 多くの患者を治療し、時に多くの人々のお悩み相談も受けてきたシュクルカさん。人の心を推し量る力は、卓越している。そんな彼女だからこそえた、メイドさんの内心があると言う。


「教えて、シュクルカさん。メイドさんはどうして怒っているの?」

「はい、死滅神様。メイド様は、こう言いたいのです――」


 コホンと咳払いをしたシュクルカさんは、閉じていた目をそっと開いて、言った。


「――『わたくしを放って遊ばないでください。寂しいじゃないですか』と」


 ふざけた様子もなく、ただただ事実を語るように。メイドさんの内心を代弁したシュクルカさん。静けさが船の上に満ちて、ユリュさんが泳ぐ音と、雨音だけが聞こえてくる。


 ――メイドさんは、寂しかった。


 だから、怒っていた。……なるほど。妙に、胸にストンと落ちる理由ね。だってメイドさん。私に負けないくらい、寂しがり屋だもの。今朝方、改めてリアさんから昨日の様子を聞いて、私たちが思っていた以上に散財していたことを知った。だから怒ったというのも、嘘ではないのでしょう。

 だけど、どうして彼女がここまで腹を立てているのか。その理由は――。


「自分が仲間外れにされたような気分になったから? だからメイドさんは、怒っているの?」

「……なっ!」


 改めて指摘した私に、ついにメイドさんが反応を見せた。大きく目と口を開いて、慌てたように表情を取り繕う。


「そんなわけがありません! わたくしはただ――」

「うわっ、メイドさん顔真っ赤! うそ、ほんとに?! ほんとにそうなの?!」


 反省しきりだった表情から一転。手を叩いたサクラさんは、花を咲かせたように顔をほころばせる。そんなサクラさんに対して、


「だから違うと言っているでしょう、この淫乱娘いんらんむすめ!」


 眉を吊り上げたメイドさんが精一杯、抗議の声を漏らす。……のだけど、いつものような覇気は無い。むしろ普段見せないようなあわてぶりには、愛おしさ知ら感じてしまうわ。


「わ~、必死! ってことは、やっぱりそうなんだ?! うそ、可愛すぎる、このメイド、乙女すぎる~~~!」


 サクラさんもメイドさんの怒りを余裕で受け流して、身悶みもだえている。


「だから違うと言っているではないですか!」

「いいえ、違いません」


 焦るメイドさんにさらに追い打ちをかけるように、ここで思わぬ伏兵が登場する。シュクルカさん同様、相手の内心を推し量る技術が高いリアさんだ。フェイさんとの記憶も合わせると間違いなく誰よりもメイドさんについて知っている彼女は。


「リア?! 何を――」

「メイドさんは、スカーレット様たちと一緒に居たかった。間違いありません」


 メイドさんの親であるフェイさんとして。また、姉妹であるフリステリアさんとして。双方の視点から、シュクルカさんの言葉が正しいこと……。つまり、メイドさんが実は寂しがっていて、自分を放って私たちが遊んでいたから怒っているのだと断定する。


「一緒に、遊びたかったの?」

「ち、違います! わたくしはそんなに幼稚ではありません!」


 見たこと無いくらい顔を赤くして、私の問いを必死に否定するメイドさん。彼女がここまで狼狽ろうばいするなんて本当に珍しい。

 これはメイドさん本人も言っている事だけれど、彼女はあらゆる事態を想定して動いている。でも、だからこそと言うべきかしら。


 ――想定外の事態にはかなり弱いのね。


 これまでの旅の中でも、自分の想定や理解が及ばないことにかなり動揺していたように思う。幽霊を怖がるのなんて、その最たる例じゃないかしら。


「うわぁ、なにこのメイドさん……あざと~い!」

「なんですかその目は! 殺しますよ、サクラ様!」


 サクラさんを脅すその声にも、やっぱりいつものような迫力はない。ただただ、可愛らしい。


「そうよね。私たちのこと……サクラさんのことを大好きなのは、あなたも一緒だものね?」


 その私の問いかけを、メイドさんが否定することはなかった。眉を逆立てて、ただただ恨めしそうに、私のことを見下ろすばかり。そうよね。だってあなたは、誰よりも愛情深い人だもの。たとえ嘘であっても、私たちを想っていることを否定することは出来ない。


 ――なんて、いじらしいの!


 船から落ちないよう、気を付けながら立ち上がった私は、立ち尽くしていたメイドさんを抱きしめてあげる。


「大丈夫よ、メイドさん。あなたのことも、大切に思っているから」

「……違うと。寂しがっていたわけではないと、言っているではありませんか」


 耳元で、力なく抗議するメイドさん。ああ、もう。このひねくれもの従者の、なんて可愛いことかしら。愛おしい従者を抱きしめたまま、私は言葉を紡ぐ。


「あなたを放って楽しんでしまったこと。謝罪するわ。……ごめんなさい」

「…………」

「それから、嫉妬してくれてありがとう」

「……なんですか、その感謝は。聞いたこと、ありません」


 メイドさんが、こわばらせていた全身の力を抜いたのが分かる。また、呆れさせてしまったかしら。言葉って、難しいわね。

 私は改めて慎重に言葉を選んで、メイドさんと約束を交わす。


「これからは……。と言うと語弊があるわね。だから、ええ。“これからも”。楽しいことはみんなで一緒にしていきましょうね?」


 そう言ってメイドさんと目を合わせようとしたのだけど、ふいっと顔を逸らされてしまった。でも、良いの、メイドさん? あなたの白金色の髪の毛から、真っ赤な耳が覗いているわよ?

 結局、メイドさんが火照っているだろう顔を私に向けることは無かったけれど。


「……もう、何を言っても無駄なようなので『そうしてください』と。言っておくことにします」


 そっぽを向いたままそう言って、私の謝罪と約束を受け入れてくれたのだった。これで一件落着……と行かないのが私たちなのよね。

 私がメイドさんから身を離したその瞬間だった。急に、私たちが乗っていた船がひっくり返る。


「お嬢様!」

「メイドさ――」


 私に向けて手を伸ばすメイドさん。私も手を伸ばすけれど、届かない。結局、私を含めた船に乗っていた全員が水の中へと投げ出されたのだった。

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