○『えっちな臭い』って、なに……?

 改めて、ユリュさんが“死滅神の従者おかしなひと”であることを認識したその後。私は夢で見た内容を、緑色の装丁の手帳に書いていく。飛空艇ミュゼアでも使っていた、愛用の手帳よ。

 ついでに、前のページにはみんなのお誕生日が書いてある。メイドさんが12月の24日。ポトトは正確には分からないから「ククル」になった日である1月の23日を誕生日にしているわ。サクラさんが4月4日、リアさんもポトトと同じく「フリステリア」になった3月17日。ユリュさんのお誕生日が7月14日。どれもみんな、私が大切にしたい日だった。


「ただいま~」

「ただ今戻りました」


 サクラさんとメイドさんが、順に言って宿に戻って来る。ユリュさんとリアさんへのお説教、夢を整理しながら書き記して、お茶会。ポトトのお世話をしていたら、気付けば時刻は18時を回っていたみたい。ウーラでは昼夜の時間が自動で調節されるから、外は夕焼けを再現した色合いになっていた。


「お帰りなさい、2人とも。食事にする? お風呂にする?」

「「……」」


 マユズミヒロトに関する情報収集を頑張ってくれている2人に歩み寄って、聞いてみる。だというのに、2人は私を見つめるばかりで答えてくれない。


「……? どうかしたの?」

「あ、ううん。てっきりその後にもう1つ、お約束の選択肢があるのかなって」

「はい。そしてその3つ目の選択肢を、わたくしたちは選びたかったのです」


 お約束の、選択肢? 頑張って帰って来た人をねぎらう方法と言えば……。


「あっ! マッサージね?!」

「う~ん、惜しい! でも、うん。ひぃちゃんっぽくて良き」

「そうですね。折角ですし、お嬢様の厚意に甘えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 メイドさんとサクラさん。それぞれがさっと着替えをして、まずはサクラさんがベッドの上に横になる。その間、メイドさんにはポトトのご飯の世話を。リアさんとユリュさんは、晩ごはんを作りに行ってくれた。


「それじゃあ、始めるわよ?」

「うん、よろしくね~」


 今回は香油を使わない、指圧だけのマッサージ。サクラさんの腰にまたがって、足の先からマッサージをしていく。


「ふふ、サクラさん。足から頑張った臭いがするわ?」

「え、あ、恥ずっ。足拭くの忘れてた!」


 メイドさんが渡してくれた濡れタオルを使って、頑張ったサクラさんの足を丁寧にふき取っていく。土踏まずからかかとの先。くるぶしからふくらはぎへと、指を滑らせる。私が動くたびにベッドがきしんで、ギシッと音を立てた。


「……匂いと言えば、ひぃちゃんさ」


 まったりとした雰囲気の中、不意にサクラさんが言葉を漏らす。


「どうしたの?」


 私が柔らかくも張りのあるふくらはぎの筋肉を指でほぐしていた、その時だった。




「リアさん達と、何かした?」




 私の背後。サクラさんから、そんな声が飛んできた。言い方は普通なのだけど、どうしてかしら。私を責めるような雰囲気を感じる。


「ど、どうしたの、急に。何かしたって、何を?」

「ううん。帰って来た時、なんかそういう匂いしたんだよね」

「そ、そういう匂い?」

「そう。……えっちな臭い」


 えっちな臭いが果たしてどういう匂いなのかは、分からない。だけど、もし朝から締め切られた状態だったこの部屋に匂いが立ち込めているとしたら、例えばそれは卵を取り出したユリュさんの粘液の匂いだったり、それを手伝おうと色々頑張ったリアさんの匂いだったり、もちろん私たちの汗の臭いもあるでしょう。


「……メイドさん。夜だけれど、少し換気をしましょうか」

「かしこまりました。……ですが、その前に。サクラ様の質問に答えてくださいね、お嬢様」


 元の大きさに戻ったポトトに食事を与えるメイドさんが、圧のある笑顔で私を見る。


「そうだよ、ひぃちゃん。答えて? わたし達が結構命がけで一生懸命情報を集めてた間、リアさんと、ユリュさんと、何をしてたの?」


 他方、今、私の股の下にあるサクラさんからも、見えない圧が感じられるのは、なぜかしら。


「2人とも、ちょっと様子が変よ? いつもならそんなこと気にしないじゃない」

「そうだね。でも――」


 私の下でくるりと仰向けになったサクラさんが私を軽々と持ち上げる。そしてベッドに押し倒したかと思うと、馬乗りになってきた。


「――なんでだろ。今日は、めっちゃ気になっちゃう」


 私の両肩を抑えつけて、赤らんだ顔で私を見下ろすサクラさん。肩を掴むその力は強くて、思わず私の顔が歪む。

 痛みのおかげで思い出すのは、昼間のリアさん達の暴走だ。生誕神フィーアさんが持つ雰囲気に当たられて、色々と暴走状態になっていたリアさんとユリュさん。そして、フィーアさんに会ったのは、メイドさんもサクラさんも同じ。


 ――つまり、多分、サクラさん達も暴走してしまってる?!


 だったら、早く抜け出さないと。この先に待っているだろう展開に予想がついてしまって、私の中にある焦燥しょうそう感が強まっていく。


「ねぇ、答えて、ひぃちゃん。わたしとかメイドさんよりも先に、リアさん達と何をしちゃったの?」

「さ、サクラさん? 落ち着いて深呼吸しましょう? 多分、あなたは今、生誕神の特性にやられて――」

「これだけ聞いても言えないことなの? 言えないこと、したんだ……? それは、ちょっと、良くない……わわっ?!」


 不意に、サクラさんが私の腰の上から居なくなる。救世主、メイドさんが、私を助けてくれたのだ。


「まったく、サクラ様は。しつけの成っていないガルルですか。お嬢様が誰と何をしていようと、あなたには関係ないでしょう?」


 やれやれと言うようにサクラさんをベッドから引きずり下ろしてくれたメイドさん。その様子は、普段と変わらないように見える。さすが、メイドさんね。唯一、冷静さを保ってくれていたみたい。


「あ、ありがとう、メイドさん! 助かったわ……きゃっ?!」


 ひとまず拘束が解かれて一安心。かと思ったら、今度はメイドさんが私のお腹にまたがってきた。膝を使って私の腕を押さえつけて、上半身は完全に固定されてしまう。私は、動く下半身を使って一生懸命に拘束から逃れようとするけれど、びくりともしない。


「そう。お嬢様が誰と何をしていようと、問題ないのです。大切なのは、わたくし自身が、お嬢様と何をするのかではないですか」

「メイドさん?! な、何を……んむっ?!」


 両手を使って私の顔を固定したメイドさんは、そのまま。無理矢理、接吻せっぷんをしてきた。それも、舌を絡める濃厚なやつをね。そう言えば、メイドさん。私たちの中で一番、むっつりスケベなんだったわ……。


「あむ……れろ……んんっ」


 リアさんと違って、その舌遣いは決して上手ではない。だけど、私の反応を見ながら、一生懸命に気持ち良くしようとしてくれている。


「ぷはぁっ……。んふ♪ もう一度……」

「ちょ、待っ……」


 ダメ……。元から熱っぽくて頭がぼうっとしているうえに、接吻のせいで満足に呼吸が出来なくて判断力が下がっているのが自分でもよく分かる。もしこれ以上されたら、後悔の無い選択が出来なくなってしまう。しかも、困ったことに……。


「あ、メイドさん! ずるい! わたしもひぃちゃんと、する!」


 ベッドから落とされたサクラさんが、復活してしまった。


「いいもん! メイドさんが上をするなら、私は下をするから!」


 リアさんもユリュさんも、ご飯が出来るまでは部屋に戻ってこない。つまり、もう誰も、2人の暴走を止められない。


「サクラ様? 順番待ちという言葉をご存じで? こらえ性を持ってください」

「はいはい、従者マウントお疲れ様です。ユリュちゃん達が帰ってくるまで時間制限があるんですから、ここは仲良くひぃちゃんを分け合いましょう?」

「2人とも! 私は誰の物でもな……んむっ」

「ちゅっ。お嬢様、お静かに♪」


 私の腰の上に乗ったサクラさんによって下半身も動けなくされて、いよいよ詰みの状況。このまま、メイドさん達に肉欲のまま蹂躙じゅうりんされることになるでしょうね。


 ――まぁでも、この2人になら良いかしら。


 言動こそおかしいものの、メイドさんもサクラさんも楽しそうだもの。誰よりも世話になっている2人が満足してくれるのなら、こんな形でも恩返しをしていきたい。


「あ、ひぃちゃんが抵抗するの止めた」

「んふ♪ 物わかりの良いお嬢様も、素敵です。大丈夫ですよ、少し、気持ち良いだけですから」


 私の上。嬉しそうに、楽しそうに話す2人。


「ところでわたし、何をどうすればいんだろ? こういうの自体、初めてだし……」

「そちらもご安心を。同性同士のいたし方も、予習済みです。まずは……」


 彼女たちの会話が進むたびに、露出する私の肌の面積も増えていく。大好きな2人にをされた時、私は一体どうなってしまうのかしら。期待と不安、そして、ほんの少しの残念さが私を満たす。


 ――望むなら、素面しらふの2人が良かったわね……。


 服とズボン。その両方が剥ぎ取られて、私が下の下着1枚の姿になる、まさにその時。


『クルーーーッ!!!』

「なっ?!」「わぷっ?!」


 食事のために鳥かごから出されていた真の救世主が、欲にまみれて隙だらけのメイドさんとサクラさんとをその大きな足で捕らえた。

 彼女ポトトはそのまま、絨毯じゅうたんが敷かれた宿の地面にメイドさん達を組み伏せる。その際、メイドさんとサクラさんが地面に強かに頭を打ち付けた音が聞こえた気がするけれど……『強欲な人は罠で死ぬ』。つまり、自業自得ね!

 そんなことよりも、私の注意は救世主様に釘付けだ。


「ぽ、ポトト?」

『クルールッル クルルゥル?!』


 私の方を振り返って鳴くポトトの、なんて頼もしいこと! ……あと、どうしてかしら。さっきまではきちんと諦めていたのに、身体が動くようになった途端、本心が……。身動きも取れずに好き勝手されそうになった恐怖が、私の全身を震わせる。


「ポトト……。ポトト!」


 温もりを求める私の身体は気付けばポトトに駆け寄っていて、彼女の柔らかな羽毛に抱き着いている。


「ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、だったけど……。怖かったのー!」


 思わずあふれる涙と本心は、ポトトが全て、受け止めてくれたのだった。

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