○困ってしまうわ?

 そもそも、私は地上に帰る期限もその方法も、リアさんには伝えていない。どちらも、リアさんを置いていく選択肢になるからだ。もし地上に帰る話をすると、またリアさんは無茶をしてついてくるかも知れない。いいえ、他者を必要とするリアさんの性格を考えると、絶対についてくる。

 だから、地上に下りた後、極寒の地を歩くための服を作ってもらっているのも、近隣の村に着くまでの数日分の食事ができるようにお弁当と保存食を作ったのも。全部、


『この島で生活していくため』


 とだけ伝えてきた。だと言うのにリアさんは、


「スカーレット様が、リアを置いていくような気がしました」


 少し眉を逆立てた顔で、そんなことを言ったのだ。持ち前の観察力で私の真意に気付きかけている。本当に、恐ろしい子ね。


 ――だけど、もう2度と、あなたには私のために命を賭けさせないわ、リアさん。


「まさか。私がリアさんを置いていくなんて、あるわけないじゃない」


 私は、申し訳なさを笑顔で取りつくろう。これも、リアさんのため。リアさんに生きていてもらうためだもの。いくらでも道化になりましょう。

 ソファに座る私を、リアさんは立ったまま紫色の瞳で見つめてくる。まるで、私の瞳を通して心を見透かそうとするみたいに。


「……ですが。この浮遊島に来てから、スカーレット様は常に『どこかに行くこと』を考えています。リアを、置いていこうとしているみたいです」


 やっぱり、リアさんは察しが良い。言葉数が多くないだけで、しっかりと自分で物事を考えている。あとはそこに、自分自身の感情が乗れば最高なのだけど、とにかく今はごまかさないと。


「リアさんも知っての通り、私は怠け者なの。すぐに楽をしてしまうし、しようとしてしまう。どこかに行こうとしているように見えたのは、もっと楽な生活が出来ないか試行錯誤していたからじゃない?」

「いいえ。違います。スカーレット様は、もっと遠くへ。リアの手の届かないところへ行こうとしています。どこですか?」


 淡々と。自分が感じていることだけを言葉にするリアさん。だからこそ、私の一方的なやさしさが通じない。……こうなったら、仕方ないわね。彼女に無理をさせないためには、


「私が言うことを信じてくれないなんて。そんなリアさんには、困ってしまうわ?」

「――っ」


 違う嘘をつきましょう。彼女の性格からして、この言い方をした方をすれば無駄な詮索をしてこないはず。だって余計なことをすれば、私に必要とされなくなると考えるはずだから。

 案の定、リアさんは私の言葉に少しだけ目を見開いて見せる。「驚いた」という顔ね。


 ――ごめんなさい、リアさん。これもあなたに無茶をさせたくない私の我がままだから、嫌ってくれて大丈夫。


 むしろ嫌ってくれることを期待しながら、私はリアさんを利用する。


「いい? リアさん。あなたは、私の言うことを聞いていれば良いの。分かった?」

「スカーレット様? 様子がおかしいです。リアは、今とこれまで。どちらのスカーレット様を信じれば――」

「分かった?」


 眉尻を下げて、困った顔で私を見下ろすリアさんに、うるさいと言外に告げる。効果はてきめんだったでしょう。少しだけ間をおいて、


「……はい。分かりました」


 私を紫色の瞳で射抜くように見つめて、頷く。もしここで、認識の齟齬そごがあっても困る。


「何を分かったの? 言ってみて」

「リアは、スカーレット様の言うことだけを聞きます」

「そう。それで良いの。だからまずは……そうね。お裁縫お疲れ様。ゆっくり休んで?」

「はい。では――」


 私の前でくるりと背を向けたリアさんは、ゆっくりとソファに座る私の隣に腰を下ろしたかと思えば、私の肩に頭を乗せて、


「……え?」

「――休みます」


 目を閉じて、寝息を立て始める。しかも抜け目ないことに、私が逃げないよう、腕をがっちりと絡めて眠る用意周到ぶりだ。というより一体いつ、腕を絡めたのかしら。相変わらず、リアさんの動きの滑らかさには驚かされる。あと……。


「リアさん、起きて! このままだと晩ごはんも作れないじゃない?!」

「すぅ……すぅ……」


 寝つきの良さにも、驚きよね。多分、私以上だと思う。とにかく、私は迂闊に動くことも出来なくなってしまった。沈黙の中、香って来るのは私とリアさんが今使っている香草の香りだ。石鹸も洗剤もない以上、体臭はごまかすしか無くなる。そこで登場するのが、森で見つけた謎の香草。絞った汁をお湯に溶かしてお風呂に入れば、お互いかなり体臭が改善された。

 リアさん特有の、甘ったるいお菓子のような、だけどなぜか安心してしまう匂い。そこに、爽やかな香草の香りが相まって、まるで大自然に包まれているかのような安心感が生まれる。まともに動くことも出来なくて、考えること以外特にやることも無い。そこに訪れる、まったりとした安心感。


「くわぁ……はふぅ」


 私も眠くなってしまうのは、仕方ないと言いたいわ。眠気を意識すると、途端に眠気が増すのも不思議よね。私もリアさんの頭を枕にして、目を閉じる。

 ゆっくり、ゆっくりと意識が離れていく自分を確認しながら、


「ごめんなさい、リアさん……」


 嘘をついたこと。これと言ってリアさんの力になれなかったこと。リアさんを巻き込んでしまったこと。私はその全てにお詫びをする。


 ――結局、私は何もできなかった。


 2度目の赤竜との戦い。守られてばかりで、悔しい思いをした私はメイドさんに頼み込んで鍛錬を始めた。おかげで、戦闘に関して、最近は少しだけマシになったと思う。金属の蛇との戦いでは、身体を鍛えていたことが随所で役に立った。だけど、それ以外の部分……探索だったり、索敵だったりをおろそかにしていたことは否めない。

 何かの力が必要になった時、その力がないことの、なんて多いことかしら。その度に私は自分の愚かさと非力さに気付かされて、打ちのめされる。努力なんて無駄だと、お前は変われないのだと、言われているみたい。


「悔しい、なぁ……」


 嵐のせいで、今が何時ごろかは分からない。窓に叩きつける雨の音。吹き付ける風の音。遠く聞こえる雷の音。自然が奏でる音楽は、子守唄と呼ぶには荒々しいものだった。

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