○side:F ファウラルにて

 誰よりも大切な人――メイドさんと再会して、ドレイが『フリステリア』になってから、もう1か月以上が経ちました。


「リアさん! このお花はどう? 可愛くないかしら?!」

「リアさん! 見て、キャルが4匹もいるわ! 家族かしら? 触りたいけれど、私が近づくと逃げちゃうのよね……」

「リアさんはどんな物が好き? どんな味つけが好み? 今日は私が食事当番だから、あなたの好みに合わせてみたいのだけど」


 スカーレット様が、何度も何度もフリステリアの名前を呼びます。いつもフリステリアを見つめる瞳はまっすぐで、輝いていて。フリステリアの胸の中はぽかぽかします。だけど、フリステリアはどう答えればいいのか分かりません。


「はい」

「そうですね」

「好み、ですか……? 好み……」


 最低限の言葉しか返せず、最後の問いにははっきりと答えることが出来ない。スカーレット様に、何を好きだと答えてあげればいいのか、フリステリアは分かりません。

 スカーレット様は、何度も質問をしてきます。フリステリアにして欲しいことを言うのではなく、フリステリアがしたいことを聞いてきます。その問いに『フリステリア』らしく答えること。それがスカーレット様の望みなのですが……。


 ――フリステリアらしく、とは何でしょうか?


 フリステリアがどこまで奉仕できるのか、要望に応えられるのかを試すように。スカーレット様は何度もフリステリア自身について聞いてきます。でも、フリステリアは答えられません。……もやもやです。なので、いつものように夜伽よとぎをしに行っても、大抵は、


「私、眠いの。邪魔しないで」


 と、要望してきます。寝ぼけて応じてくれることもありますが、結局、途中で眠ってしまうのです。フリステリアは、スカーレット様に何もしてあげられません。なのに翌日には、


「リアさん!」


 私に朝焼けのような赤い瞳を向けて名前を、食事を、時間を、与えてくるのです。スカーレット様はフリステリアに尽くしているのに、フリステリアはスカーレット様に尽くしていない。奉仕できていない。


 ――必要とされていない。


 気づけばフリステリアは、スカーレット様に尽くしたくて仕方なくなっていました。




 スカーレット様の力になりたい。その想いが一層強くなったのは、フリステリアの中にあるらしい『フェイ様』の記憶が少し蘇ってからでした。確かに、メイドさんとの温かな日々の記憶は、フリステリアに、よりメイドさんが大切なのだと教えてくれました。

 ですが、それ以上にフリステリアが理解したのは、スカーレット様が置かれている状況です。役目であるから人を殺さなければならないのに、人々にはそれを理解されず、石を投げられ、悪意を向けられる。どれだけ優しく接しようとも、大抵の相手には避けられ、近づいてくる者は居ない。たまにすり寄って来る者が居たとすれば、それは“死滅神”の名前、あるいはその力を利用しようとする者ばかり。

 心を捨てたフリステリアでも、フォルテンシアの悪の部分を煮詰めた鍋に放り込まれたような状況に居るスカーレット様には同情せざるを得ません。……しかも、分かっているのです。


 ――フリステリアが……フェイ様が、スカーレット様にその役目を押し付けてしまった。


 だからこそ、フリステリアはスカーレット様に尽くさねばならないのです。フリステリアの中に居るフェイ様と同じで、今すぐにでも死にたい。そう思っているはずのスカーレット様を、支えなければならないのです。


 ――なのに。


 そんな状況に置かれてなお、スカーレット様は。


「リアさん!」


 そうフリステリアの名前を呼んで笑い、明るさを振りまきます。フリステリアには出来ないこと――人をぽかぽかさせることを簡単にしてしまうのです。たまにスカーレット様が落ち込んで帰って来た時は、安心します。スカーレット様には、フリステリアと違って心があるのだと。それでも、


「リアさん!」


 フリステリアには健気な笑顔を見せてくれて、今日の出来事を嬉しそうに話します。その出来事の間に必ずあるだろう人々の悪意を……嫌悪と好奇の眼差しに満ちた世界を、スカーレット様は一切口にしません。フリステリアが知るフォルテンシアの暗い部分を、スカーレット様は明るく見せてくれるのです。


「リアさん!」


 今日も元気に名前を呼んで、お菓子とご飯を美味しそうに食べています。何度裏切られても、罵倒されても、最後には「人を信じている。信じなければならない」と平然と言ってしまうスカーレット様。彼女を眩しく思うこの気持ちに名前をくれたのは、


『どう? スカーレット すごいでしょ! 尊敬する!』


 ククル様でした。


「そんけい……?」

『そう! 前しか見ないんだよ? あ、たまに下も向くよ? だからククルと目が合うんだー!』

「下も、向くのですね」

『うん! でも 後ろは見ないよ! 少なくとも ククルたちが見ている前ではね!』


いつもスカーレット様に手入れしてもらっている黒くて立派な羽を広げて、ククル様が言います。


「後ろを、見ない……」

『うん! だから ククルとメイドさん サクラが一緒に居て 守ってあげるの! 前しか見えないスカーレットの 足元と 頭の上と 背中!』

「スカーレット様を、守る。それは、ご奉仕ですか?」

『ほうし……? 多分? きっと? そうじゃないかなー?』


 ずっとそばに居て、スカーレット様を守ること。それがフリステリアに出来る、奉仕です。でも、フリステリアには『ステータス』というものが無いので、スカーレット様を守ることはできません。だったら、と〈ステータス〉を使ってみようとすると、スカーレット様にもメイドさんにも止められてしまいます。2人ともフリステリアがステータスを得ることを望んでいません。


 ――だったらせめて、そばに居てみせます。




 そうしてフリステリアなりの奉仕を見つけて、何日経ったでしょうか。


「とても恥ずかしいけれど……。本当は行きたくないけれど! お詫び参りにいってくるわ!」


 昨日とは違う理由で顔を真っ赤にしながら宿『フィンデリィ』の客室を出て行きます。


「ご自身の失態から目を背けない面の皮の厚さと勤勉さ、さすがです、お嬢様♪」

「今日もメイドさんの毒舌がえげつない……。魔動車と、お菓子をくれる怪しい人には特に気をつけてね、ひぃちゃん」

『頑張れー! スカーレットー!』


 皆様に見送られ、肩からカバンを下げたスカーレット様が出て行きます。扉が閉まって、しばらくした後。


「さて。今日、ついにひぃちゃんのハーフバースデーパーティーを開催します!」


 サクラ様が声高に宣言しました。どうやらメイドさんもサクラ様の準備のことを知っていたようで、


「ついに、ですね。分かりました。ではわたくしはケーキの製作に取り掛かります。サクラ様、ポトト、リアはクリームや飾り付けの買い出しの方を頼んでもよろしいですか?」


 と、私に役割を与えてくれます。これは、メイドさんはもちろん、スカーレット様にも尽くす良い機会です。自分の中で奉仕の気持ちが強くなったのを自覚したフリステリアは、


「はい」


 スカーレットに笑顔になってもらうための準備を進めるのでした。そう、準備はもう、出来ていたのです。なのに。


「こんにちは、死滅神様」


 あの男、クシが現れました。悪を煮詰めたような笑顔に、フリステリアは思わず身体が緊張してしまいます。でも、スカーレット様は違いました。正面から悪を受け止め、睨み返し、対話を重ねます。ですが、クシの持つ悪意は、スカーレット様でも照らしきれないようでした。

 クシの悪巧みにはめられて、スカーレット様がどこかに転移? されそうになっています。フリステリアには、〈転移〉のスキルと言うものがどういうものかは分かりません。ですが、スカーレット様がどこかに行ってしまうことだけは分かります。


 ――だ。


 そう、思ってしまいました。まだフリステリアは、スカーレット様に尽くせていません。奉仕できていないのです。そんな状態で、あなたのそばを離れるなんて考えられません。


「スカーレット様!」


 そばに居たい一心で、フリステリアはスカーレット様に抱き着きます。吐き出した声は、自分の物とは思えない大きさでした。フリステリアを傷つけないよう、ステータスを使わずに必死でフリステリアを突き放そうとするスカーレット様。あなたのその優しあまさが、フリステリアにもやもやを晴らす機会チャンスをくれます。


「スカーレット様。フリステリアが最期まで、あなたにご奉仕してみせます」


 まだうまく言葉に出来ない想いを“行動”にして、フリステリアはスカーレット様に示して見せます。こうしてともに訪れた浮遊島で。




 フリステリアは、スカーレット様が「好き」なのだと教えてもらいました。

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