○私を見ていて?
その場に居る全員が、私に対して膝をついて頭を下げ、人体の最大の弱点である首を差し出している。それは、最大限の
だけど、信者たちが私の言いなりになるのかと言えば、そうではない。ずっと前、ポルタの町でメイドさんが言っていた言葉を借りるなら。私は“死滅神”という肩書で彼らから信用されているだけに過ぎない。これから私が死ぬまで……殺されるその時まで、私は私の思う死滅神の在り方を示していかなければならなかった。
頭を下げてジッと言葉を待つ彼らに語りかけるように、私は所信演説を始める。
「みんな。私のために集まってくれて、ありがとう。挨拶が遅くなったけれど、私が今代の“死滅神”スカーレットよ」
お腹から声を出して、声が反響しやすい氷晶宮の性質を借りながら話を続ける。
「突然だけど、みんなは食べる時に『頂きます』と言っているかしら?」
唐突な私の質問に、信者たちが一瞬、首を傾げたような気がする。私の言いたいことを理解した人は……かなり少なそうね。
「みんなも知っての通り、フォルテンシアにあるあらゆる死は私のものよ。みんなが自分の使命を果たした時に、
この言葉には、多くの信者さん達が納得した空気感がある。
「ゆえに、原則、他者から命と使命を奪う行為……殺しを、私は絶対に許さない。それは私だけに許された権利と責務であって、あなた達が背負うべき罪ではないもの」
他者の命を奪うという、フォルテンシアにおける最大の
「けれど2つだけ、例外があるわ。1つ。各国にある法の刑による死刑。これを私は認めましょう。政府があるにしろ、王国にしろ。国の形がどうあれ、万人の意思の集合体である国が導いた殺しを、私は認めるわ」
もちろん、民の声を聞かない国もあるでしょう。特に、特定の血を引く者が執政を行なう王国という形ではね。実際、さっき聞こえた職業衝動の声の中には1人、現国王の名前もあった。
でも安心して欲しい。もし民を苦しめる王が居たとしても、必ず私が殺してみせる。どうしても立場が弱くなる民を守り、救うこともまた、死滅神の役割だから。
つまり、フォルテンシアに存在出来ている時点で、その国と王家・行政府は民の声を聞く善良な組織であることの証でもある。彼らが導いた法による死刑という殺しを、私は認める。
「2つ目。狩りによる殺し。それも私は認めましょう。互いに、生きるために他者の命を奪う。これはフォルテンシアが出来てから、ずっと続いてきた命の営みでもあるわ」
これもいつか考えたけれど、狩りという行為は特別な殺しだ。強いものが相手を食べ、弱いものは食べられるからより多く子孫を残そうとする。そうしたゆるやかな進化が繰り返されることで、フォルテンシアは続いてきた。
「注意して欲しいのは、人の目線だけで狩りを見ないで欲しいの。基本は狩る側であるあなた達『人』も、時に狩られる側であることを忘れてはならないわ」
動物たちに人が殺された時、家族たちは悲しみのあまり復讐を考えたりする。それは人が他の動物よりも感情というものを発達させているからでしょう。だけど、もし相手を殺すことだけを目的とした殺しを行なったのなら、それは狩りではなく単なる命の強奪に過ぎない。そして、どんな形であれ、単なる殺しを私は認めない。国が裁かないのであれば、私の裁量でその家族を皆殺しにしてみせましょう。
「ついでに、生きるために相手を殺して金品を奪ったりする行為は狩りではないから。そんな屁理屈が通らないことは、当人が死を持って知ることになるでしょうね」
前提として狩りは、死滅神である私が与える、人々の権利なんだもの。その人の言う狩りが正しいかどうかは、権利を与えた私と、私を選んだフォルテンシアが責任を持って判断する。その人の言う狩りが正しいかどうかを決めるのは、当人では無い。大事なことだから、信者さん達には繰り返しておいた。
「それじゃあ、話を戻しましょうか。死を
足が疲れてきた私は、そこで背後にあった皮張りの椅子に座る。そして肘置きに肘をついて、信者たちを見下ろした。
「まさか、信者であるあなた達が。殺された命を思いやる言葉である『頂きます』と、口にしないわけないわよね?」
背後でメイドさんがくすっと笑った気がする。……おかしいわね。精一杯格好をつけたつもりだったのだけど。もし失敗しているのだとしたら、恥ずかしいことこの上ないわ。
「私は、命を直接感じて、味わうことが出来る食事という行為が大好きよ。農作物ならそれを育てた農家・農民さんたちの想いが。お肉なら、今まで懸命に生きてきた動物たちの意思が。そして、彼らの想いを増幅して、さらに愛を調味料として使いながら伝えようとする料理を作る人の心意気が、感じられるもの」
そうしてたくさんの想いを受け継いで、頂くこと。それが「食事」という行為だ。食材たちはもう、食べられることしか出来ないと考えると、命の果てを最大限に感じられる行為でもあると思う。
「だから、あなた達にはこれからも。食事の前に『頂きます』と言って、紡がれてきた命と想いに感謝をしなさい。言っておくけれど、これはお願いでも命令でもない。信者として当然の心構えだから」
椅子に深く腰かけて座り直した私は、今代の死滅神としての演説を締めにかかる。
「もう一度、名乗りましょう。私の名前はスカーレット。あなた達が
胸に手を当てて自身を指し示しながら、自己紹介をした私は。
「だから、私を見ていて? みんなは、私を映す鏡。信者であるあなた達が、まだまだ未熟な私に理想の“死滅神”の姿を教えてくれるの。私もあなた達の理想に近づけるよう、最大限努力しましょう」
そこで私は1つだけ、言い忘れていたことを思い出す。……そうよね。フォルテンシアに生きる人々は4人だけ。自分の意思で、狩りなんかも関係なしに、殺しても良い人たちが居るんだったわ。そしてその4人に、私も含まれている。
「もし、それでも。私があなた達の理想になれていないというのなら――」
ここはあえて、
「――私を殺しに来てみせなさい。私は、逃げも隠れもしないから。もちろん、近づくだけであらゆる生物を殺すことが出来る。そんな私に近づく勇気のある人が居ればの話だけど」
当然、殺しに来た相手に私が抵抗することは無い。大切なのは、自分が殺されると分かっていてもなお、私の前に立って見せるほどの覚悟を持って死滅神を殺しに来たのだということ。それほどの覚悟を持たれるほど不甲斐ない死滅神であるのなら、私は命を持って
大噓つきの自分自身に思わず笑ってしまったけれど、信者さん達には挑戦的な笑顔に見えたのでしょう。ちょっとした悲鳴や、逆になぜか感嘆の声が聞こえてくる。騒々しくなって統率を失った信者さん達。でも。
「……へ、返事は?」
そう尋ねるだけで再び姿勢を正して私に頭を下げ、寸分の狂いもなく唱和してみせるのだった。
「「
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