○死滅神の関係者たち
とまぁ、そうして“死滅神”としての役割を終えて、一度、
「~~~~~~~!」
叫んだ。
「~~~~~~~~~~~~~~!」
もう一度、叫んだ。……こう、あれよね。寝起きってふわふわした気持ちになるじゃない? 感情の起伏が乏しくなる、とでも言おうかしら。で、メイドさんに言われるがまま壇上に上がって演説をしたわけだけど……。
――滅茶苦茶恥ずかしい!
私、上手く話せていたかしら。最初の方は記憶が
――私が、彼らの期待と理想を背負っている。
そう考えてしまうと、途端に不安になってしまった。私は彼らの理想で居られているのかしら。他にも、こんな私でも彼らが思い描く死滅神の像に近づけるのか。考え出してしまうと、きりが無い。
「うー……っ! んー……っ!」
とりあえず、話したいことは話せたはず。だけど、例えば増えすぎて人里を襲うようになったガルルを狩ることは認めるのか、とか。襲い掛かってきた相手を殺す行為はどうなのか、とか。曖昧な境界線はいくつも存在する。きっと、信者さん達も疑問に思ったところはいくつもあったはずだもの。
「ぅん……、むぅぅぅー!」
演説中、私が思う上に立つ者の仕草をしてみたけれど、素の私を知るメイドさんにはしっかりと笑われてしまった。思えばアレのせいで、私の眠気が覚め始めたと言っても良い。
そして、冷静になって自分の言動を振り返ってみれば。
「死にたい……」
呟いて、枕に顔をうずめたまま動けなくなる。……うぅ、信者さん達には絶対に落胆されたわ。がっかりした信者さんに、今すぐ殺されてもおかしくない――。
「お勤め、ご苦労様で――」
「ひゃんっ?!」
「――す……。お嬢様?」
唐突に開いた寝室の扉。早速、殺されるのかと変な声を上げながらベッドの上で起き上がった私を、メイドさんが不思議そうな顔で見ている。けれど、少ししてにやりと笑った彼女の顔を見て、私が「しまった」と思った時にはもう遅い。
「んふ♪ 調子は戻られたようですね?」
それはもうすがすがしいくらいの笑顔で言ってくる。
「今の私の言動でそう言われても、全く嬉しくない!」
せめてもの意趣返しで枕を投げつけてみても、ひょいと
「死滅神様ぁ! メイド様ぁ! 愛しのルカが来まし――へぶっ」
その可愛らしい顔面で、枕を受け止めてしまった。シュクルカさんは、サクラさんよりも少し淡い毛色と髪色をした、垂耳族の女性ね。ガルルのようなふさふさの尻尾を持つ彼女は“死滅神の聖女”であり、普段はウルセウを中心にして布教を活動している人よ。
すぐに私は謝ろうとしたのだけど、
「くんかくんか……。濃厚な、死滅神様の、頭皮と、寝汗の、匂いぃ……っ! ご、ご褒美ですぅっ!」
と、気持ち悪く喜んでいたからやめておいた。……って言うか、匂いを嗅がないでっ!
シュクルカさんから枕を取り返すよう私がメイドさんに指示を出していると、もう1人の“死滅神の従者”カーファさんが扉の向こうから顔を出す。
「よう、
「カーファさん! 久しぶりね」
今日も手入れしていない髭を生やした、だらしのない顔で、私に軽く挨拶をしてくるカーファさん。彼はエルラという、フォルテンシアの監視の目が届かない町で衛兵として働いている人間族の男性ね。短髪で、180㎝を優に越す身長。顔とは裏腹に40代とは思えない鍛えられた身体の線が、黒の外套越しでもよく分かる。彼は私に賭け事という、新しいお金の稼ぎ方を教えてくれた恩人(?)でもあった。
「さっきの演説、格好良かったんじゃないか?」
「そ、そうかしら? そうだと良いのだけど……」
「ここでうろたえる辺り……。おいメイちゃんよぉ、いつもの主じゃねぇか」
「はい、どうやら多少は職業衝動の熱が冷めたご様子です。……あと、メイちゃんとは誰でしょうか? 殺しますよ?」
物騒なやり取りをしているメイドさんとカーファさん。また、メイちゃんの話ね。メイドさんも言っているけれど、一体誰なのかしら。
未だ姿を見せないメイちゃんを私が探していると、ふと、扉付近に立つカーファさんの背後から私の様子をチラチラ伺う視線があることに気付く。私が目を凝らすと、その視線の持ち主――紺色の髪をした女の子は慌てたように扉の影に引っ込んでしまう。だけど、しばらくするとまた、紺色と水色が混じったような瞳を私に向けてきた。
「えぇっと。初めまして、よね?」
「ひぅ?!」
私が意を決して声をかけてみると、女の子は完全に扉の向こうに消えてしまった。私、目つきが悪いと言われるから、怖がらせてしまったのかしら。だとしたら少し、申し訳ないわ……。
私たちのやり取りを見かねたのでしょう。シュクルカさんから取り上げた枕をベッドに置いた後、メイドさんが女の子を追うように部屋から出て行く。きっと、連れ戻しに行ってくれたのね。
「メイドさんが帰って来る前に……シュクルカさん。ドレスを脱ぐのを手伝って――」
「喜んでぇっ!」
言うが早いか、シュクルカさんが目にも止まらない速さでベッドの上に座っていた私の背後に回ってきたかと思うと、
「失礼しますぅ!」
ドレスの背中の紐を緩めて、剥ぎ取るように服を脱がせてくれる。そしてその勢いのまま、下着だけになった私の胸と腰、お尻を触ってきた。
「ちょ、何をしてるのよ、シュクルカさん?!」
「触診ですぅ。……胸が4㎝、腰は1㎝、お尻は2㎝の成長ですね。脂肪もですが、筋肉も関係していそう。外傷は無し。ケガや病気は……無いですか?」
「え? ええ……、特に無いけれど」
触診と言うのは、本当でしょう。身長は変わらないけれど、身体の方に少しだけ肉が付いたのは体重の変化からも分かっていた。
「シュクルカちゃん。一応、俺が居るんだけどなぁ?」
「カーファさんの守備範囲は30代からです。死滅神様もルカも、問題はありません!」
「いや……
「? 問題があるとしたら、触診を終えてもなお胸を揉んでいるシュクルカさんだけよ? ていっ!」
「きゃんっ!」
上の下着の中にまで侵入していたシュクルカさんの手に手刀をかまして、自重させる。なおも諦めずに今度は私の頭の匂いを嗅ごうとしてきたシュクルカさんの首根っこを、カーファさんが溜息をつきながら掴み上げた。
「とりあえず、主は死滅神としての威厳だけじゃない。
片手でシュクルカさんを持ち上げたまま、カーファさんが机の上に準備されていた私の着替えを投げて寄こしてくる。
「心配してくれなくても大丈夫よ。体臭にも、髪にも、お肌にも。気を遣っているもの」
「どうしてそれで自信満々に『大丈夫だ』と言えるんだ、この
ショウマさんにも似たような反応をされたけれど、どうやら私が抱く恥じらいの部分には、世間と認識の
「お嬢様、戻りました」
と、私が服を着終えたあたりでメイドさんが帰って来た。彼女の傍らには、先ほど逃げて行った紺色髪の女の子が観念した様子で抱えられている。
「ほら、あなたも死滅神の名を冠する存在になったのです。堂々としなさい」
メイドさんに小言を言われた女の子の姿を見て、私は驚くことになった。というのも、彼女には足が無いのだ。その代わりに、髪色と似た
「魔族。多分、ヒレ族ね?」
そんな私の問いかけに、紺色と水色が混じったような美しい瞳を潤ませた女の子――ユリュさんは頷いたのだった。
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