○隠し事と忘れ物

 結局、渓谷を抜けるまでに受けた盗賊の襲撃は1度だけだった。それも、ティティエさんが文字通り瞬殺してしまった。6人もいた悪漢を次から次へとなぎ倒して行く姿は、爽快感すらあったわ。ついでに、盗賊たちは漏れなく殺した。誰かの物を盗むのは、その人の努力を踏みにじる行為でもある。そんなことを平気で出来る人なんて、フォルテンシアには1人もいらない。仲良く足元の川に沈んでもらったわ。

 そうして楽に渓谷を抜けた後、2つの村を経て。私たちは進路を西にとっていた。ずっと南に向かっていたから、左折した形になる。

 エルラを発って11日目。予定より少し遅れたけれど、フィッカスの町が遠くに見え始めていた。

 フィッカスはアクシア大陸西部に浮かぶ孤島の上につくられた町ね。海岸から渡された長い橋が、唯一、陸との連絡手段だった。


「ティティエさんはフィッカスに行ったことがあるの?」


 御者台に座る私は、隣で水色の髪を揺らすティティエさんに聞いてみる。彼女も旅をしていたみたいだし、フィッカスがある南の方からやって来たと聞く。だから、もしかしてフィッカスに寄ったことがあるんじゃないか。そう思って聞いてみたけれど、


『知らない、謝罪』


 青い尻尾をペタンとさせて、謝られてしまった。


「気にしないで。……じゃあ、メイドさん。フィッカスってどんな町か聞いてる?」


 困ったときのメイドさんよね。荷台で背筋を伸ばしてお行儀よく座っているメイドさんに、フィッカスについて聞いてみる。これまで私が聞いた情報だと「少し物騒な町」とだけしか聞いていない。だからこそ、ティティエさんを雇っているわけだけど……。

 私の問いかけに笑顔を見せたメイドさんが答えてくれる。


「フィッカスについては、今朝がた離れた村で聞いておきました。どうやら牢獄ろうごく島と呼ばれているようです」

「ろうごく? えらく物騒ね」


 牢獄。罪人を閉じ込める場所のことよね。確かに陸地から離れているから、なかなか帰って来られない。そう言う意味でしょう、と思っていたら。


「え、本当に牢屋があるんですか?」


 メイドさんの話を聞いていたサクラさんが、驚いたような声を上げた。


「はい。絶海の孤島フィッカス。わたくしたちが今居るガイラル連合国で罪を犯した者が収監される牢屋があると、そう聞いております」


 と、メイドさんがいつものようにすまし顔で説明してくれる。


「えっと、今更だけどなんでわたし達ってそこに行くの? 出来れば行きたくないなぁ、なんて……」

「忘れたの、サクラさん? それはオオサカシュンが――」

「レティ。あなたは本当に……馬鹿ですか?」


 サクラさんに説明しようとした私の言葉を、メイドさんが遮る。


「今、馬鹿って言わなかった? 一応の主人である私に、馬鹿って言わなかった?!」

「待って、ひぃちゃん。なんでそこで大幸おおさか君の名前が出てくるの?」


 オオサカシュンの名前に、サクラさんが食いつく。そこでようやく、私は自分の失態に気付く。私たちがフィッカスを目指しているのは、オオサカシュンが売買していた女の子の中にいたホムンクルスを追うためだ。名前は『シロ』だったかしら。そのシロさんを買った人物がフィッカスに向かったとメイドさんが突き止めたから、私たちはこうして物騒な町に向かっているのだけど。

 この説明をしようとすると、どうしてもオオサカシュンの非道について語らなければならない。それは、サクラさんの中にある嫌な記憶を刺激する可能性があった。


「ねぇ、大幸君がどうしたの?」

「えっと、そうね……」


 真剣な顔で私を荷台から私を問い詰めてくるサクラさん。言葉に窮する私を、いつものようにメイドさんが助けてくれる。


「はぁ……。サクラ様、ここはわたくしから説明を――」

「ごめん、メイドさん。疑ってるわけじゃないですけど、今はひぃちゃんの口から説明を聞きたいです」


 珍しくサクラさんがメイドさんを押しとどめる。そして改めて、私の顔を見てくる。……ど、どうしようかしら。素直に打ち明ける? だけどそうするとサクラさんが好き勝手されたことを思い出してしまうかもしれない。本音を言うのなら、大切な友達に嘘はつきたくない。だけど、これもサクラさんのため、よね?

 必死に思考を巡らせた私は、どうにか無理のない物語を生み出すことにする。噓をつくときは真実も交える。どこかの噓つきメイドから学んだことを生かす時ね。


「ウルセウを出た時、私がとある商会で売買されていたって話をしたこと、覚えているかしら」

「うん、覚えてる。ポトトちゃんの家族の話をしたときだよね」


 これが事実の部分。さらにもう1つ、私はサクラさんが知っているだろう真実を加える。


「オオサカシュンのお店が風俗店だったことも、覚えてる?」

「うん。だけど商売敵にお店を壊されちゃったんでしょ?」


 事実は違うけれど、サクラさんの中ではそれが真実。心を痛めながら頷いて、私は話を続ける。


「実は彼が働いていたお店の店主が、ホムンクルスの売買をしていたみたいなの。そうよね、メイドさん?」


 私からメイドさんへと目を向けたサクラさん。そんな彼女に、メイドさんが本当のことだと頷く。嘘は言っていない。あのお店の店主はオオサカシュンで、ホムンクルスの売買をしていた。だけど、肝心な部分はあえて明かさない。いつの間にか嘘をつくことが上手くなっている自分に嫌気を覚えながら、それでも、私は嘘をつく。


「そのホムンクルスを買った人が、フィッカスに居るらしいの」

「……大幸君とフィッカスに行く理由が関係してるのは分かった。だけど、この際だから聞くね? なんでひぃちゃん達はホムンクルスを探してるの?」

「……。……え?」


 サクラさんの問いかけに、私は疑問符を浮かべてしまう。

 そう。私はてっきり旅の目的や姉妹の話について、サクラさんは知っているものと思っていた。だけどそれは私の勘違いだったみたい。


 この時ようやく私は、人懐っこいサクラさんが、ある想いを抱えながら、常に一線引いて私たちに接していたことを知る――。

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