○押し寄せる魔物たち
7月の23日目。ここ2週間、職業衝動に従って魔物の討伐を中心に、いくつか死滅神としての使命を果たした私は、今。その他多くの冒険者さん達と肩を並べて、広大な畑に立っていた。
場所は、ウルセウ近郊の、海から少し離れた場所。イーラの町ならすっぽり入ってしまいそうな広い畑だ。これから私たちは協力して、大量の魔物たちに立ち向かう予定になっている。と言うのも、召喚者たちを飲み込む洞窟『
『死滅神であるお嬢様を利用するとは。さすが、一国の王女様は
『あら、人聞きが悪いですよ、メイドさん? 私はお友達として、また、担当受付として、スカーレットちゃんにおすすめの依頼を紹介しているだけです』
そんな、メイドさんとアイリスさんの笑顔のやり取りがあってからもう2週間経つのね。
「使命と調べ物に忙殺されていたとはいえ、火の季節は時が過ぎるのが早く感じるわ……」
背の高い雲が忍び寄る空を見上げて私が物思いにふけっていると、私の隣に居たサクラさんが元気いっぱいに声を上げた。
「来るよ来るよ、ひぃちゃん!」
手でひさしを作って遠くを見遣るサクラさんの目には、押し寄せてくる小さな魔物の群れがもう見えているのでしょう。もう片方の手には久しぶりに見る大型の弓『ワキュウ』が握られている。創造神テレアさんお手製の特別な弓は、サクラさんが持つ固有スキルの1つ〈弓術〉の効果を高めてくれるらしい。
「アイリスさんの話では、1体で0~500n。歴代最高討伐数が786体、だったかしら?」
「そう! ひぃちゃんは確実に500nで狩れるから、平均的な討伐数100体でも50,000n。……羨ましい!」
凶暴な魔物を前にして、この余裕。だけどそれは、サクラさんだけではない。およそここに居る人たち全員が、今日の特別依頼を待ちに待っていたはず。もちろん私も、例外じゃない。なぜなら、今回狩る魔物が、私たちもよく知るあの美味しい魔物だからだ。
「空飛ぶ相手を射るの、フィッカス以来かも。なんだっけ、あの空飛ぶ魚……」
「ウルラトーラね。シーシャさんのレモン
「そうそう。で、今回は空飛ぶ野菜か……。こういうところは、ほんと、異世界!」
私たちのよく知る、空飛ぶ野菜『パリ』。それこそが、今回の狩猟対象だ。狩猟と言うと物々しく聞こえるけれど、言わば
予め言っておくと、パリは飛び跳ねて突進してくること以外に何もしてこない。当たっても多少痛い、くらいで危険度は無いに等しい。お小遣い稼ぎとしてはこれ以上ないくらいの依頼と言うことで、あちこちに子供の姿もあるくらいだった。
「獲ったパリは、ポトトの背中の
私は背後、ポトトの鞍の上に跨るリアさんを見上げる。
「はい、任せてください。一緒に頑張りましょう、ククル様」
『クルック!』
危険度が低いと言うことで、今回は初めてリアさんが依頼に同行していた。ステータスが無い彼女はいつ何があって死んでしまうか分からないから、狩りには参加させない。けれど荷物の運搬係として、ポトトと一緒に働いてもらう予定だった。
リアさんもわたし達と一緒に働くことが嬉しいみたいで、いつもより数段増しでやる気をみなぎらせている。それは、なかなか表情が変わらないリアさんが、眉をキリリと逆立てていることからも伺えるんじゃないかしら。
そして、最後の1人、メイドさんはと言うと……。
「ふむふむ。中には帰って来た冒険者の方もいると……?」
「そうなんです。ですが中で何があったのか、などの記憶はないらしくて。洞窟内で召喚者さん達だけが死んでしまっている可能性もあるので、今ではほとんどの人が近づかないようですね」
アイリスさんと2人。優雅に紅茶を飲みながら『異食いの穴』についての情報交換をしていた。簡易組み立て式のテーブルと椅子、日傘まで持ち込んで、はなから依頼をする気なんて無いらしい。ほとんどの人が武器を手に殺気立っている今、どう見ても場違いだと言うのは私でも分かった。
「お嬢様? どうかされましたか?」
ジトリとした私の視線に気づいたメイドさんが、何食わぬ顔で聞いてくる。
「……いいえ。一応、魔物が迫っていると言うのに余裕ねと思っただけよ」
「
「そうですよ、スカーレットちゃん。だから私たちのことは気にせずに、じゃんじゃんパリを狩ってくださいね!」
これだから、出来る人たちは。汗水たらして日銭を稼いでいる私たちのことも考えて欲しいわ。……まぁ、日銭を気にしないで済んでいるのは、メイドさん達が日頃から頑張ってお金をやりくりしているからでしょうけれど。
「ねぇねぇ、ひぃちゃん。メイドさん達が言ってる『異食いの穴』って? もしかして最近、ひぃちゃんが読んでる本に関係あったりする?」
「あぁ、そう言えばサクラさんには話してなかったわね。タントヘ大陸の地下大迷宮の一角にあると言われる、召喚者たちを食べる洞窟の話よ」
「召喚者を食べる……?」
「そう。召喚者がその穴に入ったが最期。2度と帰って来られない……ということもないみたいだけれど。とりあえず、きわめて生還率が低い洞窟があるみたいなの」
なんて話していたら、いよいよ私の目でも上下するパリの小さな影が見え始めた。同士討ちを避けるために、基本的に冒険者は今立っているあぜ道を出ない決まりになっている。もちろん、前に出てパリを狩りに行っても良いのだけど、飛んでくる魔法や弓に当たっても自己責任よ。
「召喚者だけが2度と帰って来られない穴……かぁ。なんでそんな穴のこと調べてるの?」
サクラさんも剣とワキュウの具合を確かめながら、狩りの始まりを告げる合図を待つ。
「もしサクラさんが迷い込みでもしたら、私が困るから、かしら。2度と会えなくなるなんて、絶対に嫌だもの」
と言うのは、半分嘘よ。もし異食いの穴が召喚者をチキュウに帰す手掛かりになるのであれば、まずは自分で内部の安全を確認した後、サクラさんを連れて行くつもりだ。サクラさんがチキュウ帰って、もう2度と会えなくなんて、考えたくはない。だけど、サクラさんの幸せを願うのであれば。彼女には大切な家族や親友が待つチキュウに帰って欲しかった。
「ふ~ん、そっか。わたしもひぃちゃん達に会えなくなるなんて絶対嫌だし、気を付けないとね!」
「ふふっ、そう言ってくれて嬉しいわ! また何か分かったら、教えるわね?」
「うん! ……絶対だよ? その洞窟について分かったら、絶対に、教えて」
念を押してきたサクラさん。この態度からすると、やっぱり、サクラさんもチキュウに帰りたいと思ってくれているみたい。
「ええ、約束するわ」
私が頷いて見せたと同時、高らかに管楽器の音が鳴り響いて、パリの収穫が始まる。
「よっし、それじゃあ、稼ぎますか~! ひぃちゃん、どっちがたくさん稼げるか、勝負だね!」
「えっ?! 遠距離武器があるサクラさんの方が有利じゃない?」
「ひぃちゃんは無傷で収穫できるけど、わたしはそうじゃない。金額勝負なら、結構いい勝負なると思うけどな?」
そう……なのかしら? 確かに、多くの人はパリの芯の辺りにある魔石を砕いて収穫することになる。当然、傷物になるから買値が下がるのだけど、私は〈即死〉でパリを傷つけずに収穫することが出来る。
「……良いわ、受けて立とうじゃない!」
「勝負成立だね! じゃあ負けた方は、勝った方の言うことを何でも聞くってことで!」
「ふふん! 何でも、だなんて。サクラさんも強気に出たものね? 勝った私が何をお願いするのか、楽しみしている事ね!」
「うん、ひぃちゃんがそう言ってくれたおかげで、なんかめっちゃ勝てる気がしてきた! どっちが
言いながらも、早速ワキュウを使った射撃でパリを1体射抜いたサクラさん。振り返って私を見るその勝ち誇った顔、必ず泣き顔にしてみせるから。
「頑張って下さい、スカーレット様、サクラ様。ふれー、ふれーです」
『クゥルルー! クルールッル! ルクル!』
リアさんとポトトの応援を背に、私たちはお小遣い稼ぎを始めるのだった。
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