○まさか想像を超えてくるなんてね
シュクルカさんに治療をしてもらった後。私とメイドさんは冒険者ギルドに立ち寄って、ウルセウを訪れたもう1つの理由であるアイリスさんのもとを訪れていた。
今日も民のためにギルドで走り回っていたアイリスさんを捕まえられたのが正午を過ぎてしばらくした頃だった。
「なるほど。そんなことがあったから、スカーレットちゃんはむくれているんですね?」
隠し切れない優雅を放ちながら紅茶を飲むアイリスさん。場所はウルセウの城下町。アイリスさんがお忍びでよく通う喫茶店『木漏れ日』の、
大切な威厳を支払って完治した右手で紅茶を飲む私の代わりに、メイドさんがアイリスさんに答える。
「はい。きちんとシュクルカが忠告したにもかかわらず、10,000nを節約しようとした結果ですね」
「10,000n……。まぁ、スカーレットちゃんにとっては大きい金額だったんですね」
そう笑いかけるアイリスさんは、今日もきれいだ。メリの毛を使った柔らかい印象のシャツに、肩ひものある空色の柄入りワンピーススカート。頭に乗った丸い形の青い帽子が可愛らしい、火の季節らしい軽装だった。
「だって……。だってよ? まさか、骨が折れた時と同じかそれ以上の痛みが来るなんて、思わないじゃない?」
私は『木漏れ日』の名物であるアールのケーキを食べながら、愚痴をこぼす。
正直、舐めていた。〈修復〉を使って治るんでしょう? じゃあ、痛みも一瞬のはず。そして、その一瞬さえ耐えてしまえば問題ない。だったら、10,000nくらい節約できる。そう思ってしまった結果が、
『
と言う叫びと、生理現象であふれた涙だった。威厳のために言うけれど、痛くて泣いたわけじゃない。身体の構造上、仕方なく涙が出てしまっただけよ。なんて思い返したらあの時の痛みを身体が思い出して、再び目端に涙が溜まる。
「〈修復〉ですか。確か、人体を元の状態に戻すスキルでしたよね? ポーションとは違う効果があると聞きますが……」
「その通りなのです、アイリス様。シュクルカの場合――」
と、持ち前の知識に対する熱心さ……サクラさん風に言うなら「オタクらしさ」を持って語るメイドさんの話を要約すると、こうかしら。
通常、傷の手当はポーションを使って『体力』を維持しつつ、医師の手術によって傷の処置を行ない、人体の再生能力を持って行なわれる、再生治療だ。だから、回復するまでに時間がかかる。
対してシュクルカさん達“聖女”が使うスキルによる治療は瞬時に傷が
「――治療をするその一瞬に、これまでに感じていた痛みを濃縮するようなものなのです」
と、メイドさんが言ったように。手首を負傷してからシュクルカさんの治療を受けるまでに感じていた鈍い痛みと、骨を折った瞬間の痛み。それらすべてが刹那の間にぎゅっと詰め込まれて、私の右腕を襲ったのだった。
「まさか、傷を負った時以上の痛みが来るなんてね……」
「それは、なんと言いますか……。よく耐えましたね、スカーレットちゃん?」
「そうでしょう? ま、私にかかれば余裕だったわ」
「お嬢様。その手の嘘は泣き腫らした目元を取り
時々、空を泳ぐ雲たちがデアの光を遮る屋外席。久しぶりの再会と言うこともあって、お互いに会っていない間の出来事を話すだけで紅茶1杯が
「召喚者をチキュウに帰す方法、ですか?」
言いながら、全てを優しく包み込む海のような青い瞳を
「ええ。一度“召喚の儀”について聞いたことがあったでしょう? 実はそれも、このためだったの」
「なるほど……。ということは、サクラちゃんをチキュウに帰してあげたいんですね?」
友人ではなく、困った人を助ける受付嬢としての顔で聞いて来た彼女に、私は頷いて見せる。
冒険者ギルドには独自の情報網があって、各大陸、各国から多種多様な情報が集まって来る。特にウルセウのように貿易が多い国の冒険者ギルドの情報は膨大で、しかも鮮度が高い。受付として働くアイリスさんが図書館には無いような情報を持っていたとしても、何ら不思議では無かった。
「うーん……。少なくとも私の知る限り、召喚者の子がチキュウに帰ったという情報はありませんね」
「そ、そんな……」
世界中の情報が集まる冒険者ギルドにその手の情報が無い。それってつまり、これまでチキュウに帰った人が居ないと言う証拠にもなってしまう。数百、数千年あるフォルテンシアの歴史の中で帰った人が居ないと言うことは、つまり。
「やっぱり、チキュウに帰還する方法は無いと言うの……?」
望んでもいないのにこっちの世界に連れて来られて、大切な人に再会できないまま一生を終えるなんて。そんなのって、余りにも、あんまりじゃないかしら。
やるせない気持ちで俯く私の代わりにアイリスさんに尋ねたのは、隣で香草の香りが効いたケーキを食べるメイドさんだった。
「アイリス様。タントヘ大陸にある『大迷宮』について何かご存じではありませんか?」
「タントヘ大陸の地下全体に広がるあの大迷宮ですか? えーっと……」
「具体的には、そうですね。大迷宮の一角に召喚者だけが消える洞窟がある。そんな情報があったりしないでしょうか?」
メイドさんが言った情報は、先日。ナグウェ大陸の図書館で調べた資料の中にあった手がかりの1つだ。なんでもその洞窟に入った
この情報は居なくなった召喚者の家族が書き
「あ、その話なら聞いたことあります」
創作以外で知られているとなると、話は変わってくる。
「本当?! ぜひ話を聞かせて欲しいわ!」
「良いですよ。そうですね、タントヘ大陸に居る知り合いから聞いた話でしかないんですが――」
紅茶の香りを楽しみながら、受付係として集めた情報を語ってくれるアイリスさん。その内容もさっきの自伝小説で読んだ内容とほとんど同じだ。
「そ、それで?! その洞窟の場所は?!」
「すみません、真偽も不明だったので、さすがに場所までは聞いていません。ですが洞窟の名前は特徴的だったので、憶えていますよ?」
早く、早く。目で訴えかける私に対して、あえて、もったいぶるような
「『
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