○みずとさくら
あくる日。9月の13日目。万全を期して、マルード大陸のウーラの町にある小さな死滅神の神殿へと転移した私たち。
「……ふぇ?」
それが、神殿を出た私の第一声だった。というのも、死滅神の神殿の目に、どこまでも続く青々とした草原が広がっていたのだ。
『『ブルル……』』
『『ケケーン!』』
『『ドゥルルル……ッ』』
住民たち……アクシア大陸なんかでよく見かける、ブルを始めとした動物たちが、のんびりと私たちを迎えてくれているのだけど……。
「ええっと、メイドさん。私たちが転移したのはウーラの町、で合っているのよね?」
「は、はい。転移陣の行き先は、きちんとウーラの神殿へと設定したはずです」
というよりそもそも、マルード大陸にある死滅神の神殿はここしかない。だから基本的には間違いようがないのよね。そうなると……。
「じゃあやっぱり、ここが生誕神フィーアさんの居る、ウーラの町……? メイドさんが前に来た時もこんな感じだったの?」
「いえ。その、恥ずかしながら……」
少し頬を染め、当時はフェイさんの腕の中で眠っていたと語るメイドさん。想像しようとしたら、強めの咳払いでたしなめられた。でもやっぱり、腕の中ですやすや眠るメイドさんを想像してしまう私。頬を緩めたところで、今度こそメイドさんに睨まれてしまった。
「それにしても、ここが、町」
町。街。まち……。町って何かしら。人が暮らす場所を町というのなら、動物たちにとっては自然こそが町。なるほど、じゃあブルたちが暮らすここも。鳥たちが暮らす空も、魚が住む海だって、全部が町で――。
「死滅神様」
理解が追い付かず、思考の深みにはまろうとしていた私を呼び戻してくれたのは、ユリュさんだった。服の裾を引っ張る彼女は、もう片方の手で地平線の方を指さしている。
「あっちに建物? みたいなものがあります」
「建物……?」
私も目を凝らしてみるけれど、何も見えない。けれど、ふと、違和感に気付いた。
――この場所。地面の凹凸が一切ないわ……。
そう、山も谷も一切ない。見渡す限りの平面が、そこにある。ううん、それだけじゃない。木の1本すらも生えていないじゃない。ただ動物だけがそこに居て、美味しそうに草を
「どういうこと……?」
「ねぇ、ひぃちゃん。マルード大陸って、南極なんだよね?」
ユリュさんと一緒に遠くを見遣っていた私に話しかけてきたのは、サクラさんだ。ユリュさんは隠れることこそしないものの、私の服の裾をぎゅっと握っていて、緊張している様子が伝わって来る。
「南極。南の果てという意味なら、そうね」
「ん、じゃあイーラとは季節が反対だから、今は春先なんだろうけど……。それにしたって、
確かに、言われてみると、気候だってそうね。イーラは地熱のおかげでどうにか人が住むことのできる気温になっている。ということは、ウーラの町もそういうことかしら。だけど見渡す限りとなると、相当広い高温地熱帯がある……?
「スカーレット様。フィーア様は、この先をずっと行った所にいる……はずです」
状況の把握に努める私に手がかりを示してくれたのは、ポトトとお話をしていたリアさんだ。
「リアさん? どうしてそう言えるの……って、そう言えばあなた」
「はい。フェイ様の記憶にも、同じような景色がありました」
フェイさんが私たちを作るまでの50年ほどの記憶を、リアさんは断片的に持っている。その記憶の中に、今私たちが見ている光景と似たような記憶があるみたい。
「なるほど。じゃあここがウーラの町だというのは、間違いなさそう?」
そう聞いた私に、コクリと頷いたリアさん。これまでのみんなの話を総括して、私は差し当たっての目標を決める。
「とりあえず、ユリュさんが見つけてくれた建物らしき影を目指しましょうか」
私が立てた方針に、みんなも頷いてくれる。久しぶりに、鳥車の出番ね。ユリュさんを交えて全員で鳥車に乗るのは初めてになるんじゃないかしら。
――狭い荷台。ユリュさんが、サクラさんと仲良くしてくれると良いのだけど。
最悪、仲良くとまではいかなくても、避けたり逃げたり、近くに居ても緊張しないで済むくらいにはなって欲しいわね。まぁでも、あのサクラさんだもの。ユリュさんと打ち解けるのも時間の問題でしょうね。
……なんて思っていた時が、私にもあったわ。
みんなで鳥車に乗り込んで、ポトトが引っ張る荷台。御者には、メイドさんが就いた。
「ユリュちゃん!」
「ひぅ(ささっ)」
「ユリュちゃん?」
「あぅ、あぅ……」
「ゆ、ユリュちゃん……」
「あ、あわわ……」
構おうとするサクラさんからササッと距離を取るユリュさん。両者の攻防がかれこれ30分くらい、続いていた。いま2人は、私を挟んでにらみ合っている。そんな私は、リアさんの股の間に座っている状態だった。
見て分かる通り、ユリュさんは私が思った以上にサクラさんを避けている。まぁ、サクラさんだけじゃなくて大体の人にはそうなのだけど、特に、人族に対する警戒心が強い。ティティエさんの時は1か月をかけてどうにか一言二言、だったわね。でも、それはティティエさんがどちらかと言えば受け身な姿勢を見せていたからだと思っていた。
「……でも、押せ押せも、それはそれでダメか~」
ユリュさんとの攻防を切り上げたサクラさんが、私の隣で溜息をついている。一方のユリュさんは御者台まで逃げて、ポトトの鞍〈くら〉に腰掛けていた。
「そうね。なんなら警戒心を
「うう……。わたしとしたことが、気持ちが前に出過ぎちゃったかも」
サクラさんが、地面に共通語の「の」の字を書いて
――だけど、全くの無駄ではなかったのだと思う。
私がちらっと見遣る先。ポトトの背に座るユリュさんは、しきりにサクラさんの方を気にかけている。……警戒しているとも、言えるのかもしれないけれど。
「ひぃちゃんはどうやってユリュちゃんと仲良くなったの?」
「どうやって、と言われても……。強いて言えば、私が魔族側だと分かった時から、かしら」
出会った時から、私に対しては友好的だったユリュさん。なんなら、
「じゃあ、ティティエさんは? ユリュちゃん、ティティエさんとはお話してたんだよね?」
「お話と言うか、受け答えと呼べる程度だけれど……そうね」
受け身だったとはいえ、ユリュさんがティティエさんを敬遠することは無かった。最低限「はい」「いいえ」くらいの受け答えはしていたように思う。その理由は……。
「あっ」
「お、来た来た! ひぃちゃん、ヒントプリーズ!」
「あれね。ユリュさんでも倒せないような魔物を、サクラさんが倒して見せる……とか?」
つまり、強いことを示せば良い。私の言葉を、茶色い目を何度か瞬かせてかみ砕くサクラさん。そしておもむろに周囲に目を向ける。そこには相変わらず、牧歌的な景色が広がっているだけ。
「敵……」
「ついでに、ユリュさんは若干11歳にしてレベル34だそうよ」
「わ、わたしの2つ上、だと……?!」
殺し殺されのタントヘ大陸で育ってきただけあって、ユリュさんのステータスはかなり成長している。参考までに、アクシア大陸で育つ“市民”の人間族の11歳の子供は、20レベル前後だと聞く。レベル34となると、30歳くらいかしら。幼いころから冒険者業をしていれば、20代前半でどうにか到達できるレベル。そう思うと、11歳のユリュさんが生きてきた環境の厳しさが分かるんじゃないかしら。
「あのちっちゃい子が、私より、上……。ひぃちゃんもルゥちゃんもそうだったけど、見た目って人を
ポトトの背中の上。機嫌を戻したのか、ポトト一緒に歌を歌っているユリュさんを見て、サクラさんが遠い目をしていた。
ついでに、このすぐ後。
「お嬢様。例えレベルだけだとしても、他人のステータスをそうそうひけらかすものではありません」
メイドさんから厳しいお叱りがあったことは、言うまでもないわね。ユリュさんは私を信頼して自らの
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