○リアさんが、叫んだ……?
どこまでも平坦な草原を鳥車で行くこと、2時間ほど。ようやく私たちはユリュさんが言っていた建物にたどり着いた。10㎞以上も先にある建物を、ユリュさんは見つけていたということ。サクラさんの〈
そして、建物に近づいて分かったことは、正確にはそれが巨大な出入り口……つまりは、金属製の門扉だったということ。じゃあその扉がどことどことを隔てる物なのかと言うと……。
「嘘でしょ……?」
私たちが居るこの草原と“外”とを隔てる門だった。そう、この草原はファウラルの町と同じで、巨大な
ドームの外は、春先のマルード大陸らしい銀世界。雪が膝くらいまで積もっている。だけど驚くべきは、この草原のドームと同じような半球の頭が、外にいくつも見えるということ。こんな建造物を、人がおいそれと作れるとは思えない。間違いなく、創造神の手が加わっているでしょうね。
「さて、これからどうしようかしら……」
「メイドさん。一応、来訪は伝えているのよね?」
「はい。タントヘ大陸から戻ってすぐに、速達をお送りしています。本日……『9月14日にお伺いします』と」
日付も間違っていない。ということは……。
「はっ?!」
とある可能性に思い立った私は、周囲に目を向ける。具体的には、草だったり、動物だったりにね。思い出すのはギードさんとの謁見。あの時はほとんど岩の姿になってしまっていたギードさんに気付けずに、失礼な言動をしてしまった。
――ふっ……。私は学ぶ女なの。さぁフィーアさん、どこ?!
「……あそこにいるブルの群れ? それとも向こうにいるギリャリェのうちの1匹?」
「ひぃちゃんが急に挙動不審になるのは今更だけど、どうしたの? 目つきがなおさら悪くなっちゃってるけど」
「はっ?! 敵ですね、殺します!」
のんびり身構えるサクラさんと、耳ヒレをピンと立てて殺気立つユリュさん。命を軽んじるユリュさんには後でもう一度お説教をするとして、私はフィーアさんの姿を探し続ける。と、近くでぼうっと景色を眺めていたリアさんのもとに、1羽の鮮やかな鳥が飛んできた。
背中が赤くてお腹が青い。黒いくちばしを持つあの鳥は……『オボエドリ』かしら。記憶力が良くて、人や動物の顔、声、匂いを覚えるのが得意な鳥。一昔前はその習性を活かして、手紙を届ける仕事をしていたから、
やって来たオボエドリは、リアさんの頭にとまると、
「これをリアに、ですか?」
『ピピッ!』
リアさんが優しく手紙を受け取ると、オボエドリはリアさんの頭の上で丸くなる。完全にくつろぐ体勢ね。
「あて先は……『死滅神』。スカーレット宛てのお手紙です」
頭にオボエドリを乗せたまま、器用に私の所まで歩いてくるリアさん。彼女が示した手紙の宛先を見てみれば、確かに、そこには『新しい死滅神へ』と書かれてあった。送り主の名前が無いけれど、なんとなくフィーアさんからの手紙だと思う。
早速封を切って手紙を読んでみれば……。
『迎えを寄こすから、ちょっと待てて』
とある。口調こそ乱暴なものの、字は驚くほどきれい。
――うん、想像通りね……!
いつか飛空艇でも話した気がするけれど、実は私、スカーレットは、生誕神に会うことをかなり楽しみしている。あらゆる生物の生みの親で、200年以上を生きる
そんな“大人な”女性に違いないフィーアさんだから、私はあえてメイドさんに容姿や性格なんかを聞かなかった。私の中にある人物像が、生誕神に対する一種の憧れで、理想だということも分かっている。だから、実物は少し違うかもしれない。いいえ、きっと理想とは違うでしょう。
――だけど、命を生み出す生誕神が私の憧れであること。私が生誕神を大好きなことは、変わらない。
会ったらすぐに、この想いを、憧れを伝える。そう決めて、私はいま、ここに居る。
「迎え。どんなお迎えをしてくれるのかし――」
『『『ギャァァァ!!!』』』
それは、突然だった。扉の上。恐らくオボエドリもそこからやって来たのだろう四角い穴が開いている。扉の大きさのせいで目測はしにくいけれど、大きさは多分、10m四方はあると思うわ。問題は、その穴から耳障りな鳴き声を上げた巨大な鳥が3羽、現れたこと。
羽を広げた大きさは、恐らく穴と同じ10mくらい。体高は恐らく、3mくらいじゃないかしら。全体的に黒っぽい羽をしていて。ところどころに白や茶色の羽が混じっている。鳥特有のつぶらな瞳はそのままに、けれど。その習性は、恐ろしく
ポトトと同じくらい発達している足の筋肉で、数十キロの重さも余裕で掴んで巣穴に持ち帰る。そしてその、湾曲して鋭く尖ったくちばしで獲物の肉を引きちぎって食べる。時に赤竜や青竜すらも捕らえて食べると言われていたはず――。
「考えるのは後回しです! お嬢様、戦闘態勢を! 敵はキリゲバに並ぶ危険度を誇る怪鳥『トィーラ』です!」
「うっ……! リアさん!」
まさかこんな野原に転移するなんて思っていなかったから、リアさんを連れて来てしまった。まずは彼女の安全を確保しないと。そう思って駆け出す私。一方で、弓矢と水流で先制攻撃を仕掛けるのは、サクラさんとユリュさんだ。
「ふぅ……っ! 〈弓術〉!」
「【エッセ ゴッディアナ デル ウィル エステマ】!」
2人の攻撃がそれぞれ、トィーラ1羽ずつを狙う。残る1羽についても、メイドさんがトィーラの背後に〈瞬歩〉で移動し、その羽に向けて翡翠色のナイフを振り下ろそうとしている。3人の攻撃がトィーラを襲う、直前で。
「やめてください!」
透き通った声が、響き渡った。例えばこれが知らない人の声であれば、少なくともメイドさんとユリュさんは止まらなかったと思う。けれど。
「リア、さん……?」
その大声を発したのがリアさんだったから、全員が手を止めた。正確には、みんな、私と同じでリアさんが叫んだことそれ自体に驚いて、反射的に手を止めたのだと思う。ただし、サクラさんが放ってしまった、意思をもたない矢だけは止まることが出来なくて、1羽のトィーラの羽を軽く傷つけてしまう。
『ゲリャ……ッ?!』
短く鳴いたトィーラはふらふらと飛行した後、静かに地面に着地する。他の2羽も私たちを攻撃するそぶりは見せず、傷ついた仲間のトィーラの近くに降り立った。
リアさんの声で時を止めた空間。真っ先に動き出したのも、リアさんだった。〈瞬歩〉を使って地面に降り立ったメイドさんに駆け寄ると、
「あの子たちは『迎えに来た!』と、そう叫んでいました! リアたちを襲う気はありません!」
「お迎え……? あっ」
メイド服をぎゅっと握って、懇願するリアさん。彼女の言葉と、私の手もとにある手紙。そこでようやく私は、あの3羽のトィーラが、生誕神からの「お迎え」であることを悟った。
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