○“生誕神の従者”さん

 “空を駆る死神”ことトィーラ。どうやら生誕神からのお迎えでもあったらしい3羽の怪鳥の背中には、2人乗りできるくらがついていた。

 サクラさんの放った矢がかすめてしまったトィーラの手当てをしながら、怪鳥に謝罪したのはメイドさんだ。


「申し訳ありません」


 白金色の髪を揺らして、深々と頭を下げる。なんでも彼女、トィーラの背後に回った段階で背中にあった鞍に気付いていたらしい。だけど、構わず攻撃をしようとしてしまった。


「あなた方が生誕神様からの“使い”の可能性がある。そう分かっていながら攻撃をしようとしてしまいました」

『ゲャゲャ』

「主人を守ることこそが従者の務め……。はい、ありがとうございます」


 〈言語理解〉のスキルを使って会話をする、メイドさんとトィーラ。どうやら生誕神は、動物たちを“生誕神の従者”としているようだった。


「うっ……、わたしもごめんなさい」


 メイドさんの隣で気まずそうに頭を下げたのは、矢を放った張本人であるサクラさんだ。


『ゲャ ゲャゲゲァ』

「『大丈夫だ。むしろオレを射抜くとはな……』だそうです」


 トィーラの言葉を、メイドさんが翻訳してサクラさんに伝える。サクラさんの矢がトィーラを傷つけたことには、私も驚いていた。少し前までは赤竜の翼に届きすらしなかったサクラさんの矢が、より脅威度の高いトィーラの羽に傷をつけたのだ。ステータスはもちろん、レベル、スキル、の成長が著しい。さすが、召喚者と言ったところね。


「どうやら、トィーラはこの程度の矢は大丈夫だと避けなかったようです。ですが、サクラ様の矢は彼の羽を傷つけた。怒りよりも、驚きの方がまさったようです」


 トィーラの事情を説明したメイドさんの言葉に、サクラさんが照れくさそうに頭をかく。


「そ、そう言ってくれると嬉しいです」

『ゲゲァ!』

「『かすり傷だぞ!』だそうです。慢心するには早いようですね、サクラ様?」

「あはは、手厳しい……。でも、うん。わたし、これからももっと強くなるから!」


 なんてやり取りをしている間に、トィーラの手当てが終わる。羽を動かしても問題なく〈飛行〉できるみたい。


『ゲァ! ゲゲャァ』

「『乗れ! あるじがお待ちだ』だそうですよ?」


 黒色と茶色系の羽根が混じった翼を広げて、私たちに乗るように指示したトィーラ達。こうして間近で翼を広げた姿を見ると、その大きさに圧倒される。体高は3m以上あって、ポトトよりも断然大きい。空を飛ぶための翼は片方だけでも5m近くある。何より、私たちの目の前にある足。爪の先から先までは軽く1mはあるわね。くちばしと同じで湾曲した鋭い爪は、多分、そこらのなまくら剣より切れ味がありそう。


 ――普段はこの足で獲物を捕まえて運ぶと聞いたけれど……。


 もしこんな足で掴まれでもしたら、握力だけで握りつぶされてしまいそう。……まぁそもそもの話、掴まれる前には鋭い爪とくちばしで引き裂かれて死んでしまうでしょうけれど。


「お嬢様? 乗らないのですか?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたわ。フィーアさんを待たせるのも悪いし、乗りましょうか」


 メイドさんの手を借りながら、まずは私がトィーラの鞍にまたがる。続いて、メイドさんもスカートがめくれないようにうまく調整しながら、私の後ろの席に着いた。


『ゲャ ゲゲァ ゲャ』

「お嬢様、前にある取っ手にしっかり捕まれとのことです」

「取っ手?」


 言われてみれば、トィーラの鞍には頑丈な金属製の取っ手がついている。言われるがまま私がそれを握ると、後ろからメイドさんの手が伸びて来て、同じ取っ手を掴む。背中に当たるのは、メイドさんの立派な双丘だ。毎晩自分で揉んでいるのになかなか手に入らない魅力的なふくらみに、つい私の中で嫉妬が芽生えてしまう。


「メイドさん。あなたは後ろの取っ手を使えば良いじゃない」

「残念ながら、取っ手は1つのようです。なので、我慢してください」

「むぅ……」


 他を見れば、トィーラの襲撃以来ずっと気絶しているポトトと、彼女ポトトを抱えたサクラさん。ユリュさんとリアさんが2人乗りをしている。リアさん達の組も、私たちと同じような姿勢になっているから、メイドさんの言っていることは本当なのでしょう。


「んふ♪ お嬢様の匂いがします」

「ちょ、嗅がないで! 汗臭いかもしれないし……」


 私の肩の上にあるメイドさんの顔を睨むけれど、笑顔で受け流されてしまう。


「大丈夫ですよ、ちゃんといい匂いです」

「そ、そう? それなら良いのだけど……って、良くない! 匂いを嗅ぐのも身体を押し付けるのもやめ――きゃぁ?!」


 全員がきちんとくらまたがったことを確認したらしいトィーラが、羽ばたきを始める。激しく上下する視界。股を打ちつけずに済んでいるのは、メイドさんが背後からしっかりと押さえてくれていたからだ。さっきから身体を押し付けてきているのも、こうなることを予想してくれていたのでしょう。


 ――もう! これが目的なら、そう言ってくれればいいのに!


 柔らかいメイドさんの身体に押し付けられること、少し。急に上下運動が無くなる。代わりに感じるのは、勢いよく後方に流れていく風だ。


「お嬢様、取っ手をしっかり握ったまま、下を覗いてみてください」


 メイドさんの押さえ付けが緩くなったかと思えば、耳元でそんなことを言ってくる。くすぐったさに身をよじりながら、それでも言う通りに鞍の横に顔を出してみると、


「わぁ……!」


 そこには、さっきまで私たちが鳥車で歩いていた一面緑色の草原があった。小さく豆粒のように見えるのは、草食動物たち。木がないぶん、どこまでも見渡せる草原。こうして上から見てみれば、すごい数の動物が居たのね。それこそ、フォルテンシア中から集めたんじゃないかと思えるくらい多種多様な動物たちが、平穏そのままに暮らしていた。

 一定の速度を保ったまま、緩やかに下降をしているトィーラ。羽をはばたかせずに飛ぶ、滑空の状態ね。空飛ぶほうきトーラスで空を飛ぶのとはまた違った、どことなく温かみのある空中体験が、そこにはあった。


「メイドさん、見て!」

「はい、見ています。お嬢様と同じもの、同じ景色を」


 私の顔のすぐ横から、返事がある。頬を撫でるのは涼やかな風。少し冷える身体。でも、背中に感じる優しい温もりのおかげで、全然寒くない。私が不注意で落ちないようにでしょう。私を挟む形で取っ手を掴む、メイドさんの頼りになる腕。1人で自由気ままに空を飛ぶのも悪くないけれど、やっぱり私は誰かと一緒にいる方が好きみたい。

 大好きな従者の腕の中で、やっぱり私は思う。


 ――空を飛ぶって、最高ね!


 そうしてメイドさんと2人、トィーラの背中に乗って、草原のドームを後にする。金属製の巨大な扉の上にある穴を通る時は、そのギリギリさに肝が冷えた。だけど、身の危険を感じたのはその時くらいだった。

 草原を後にした私たちは続いて、無機質な、長い長い廊下を飛ぶことになる。扉の大きさからして分かっていたことだけれど、廊下も高さ100m、横幅30m以上ありそうなくらい巨大で、何よりも長い。メイドさんがトィーラに聞いた話では、1㎞くらいはあるらしいわ。


「そんな長い距離を歩かせないために、彼らをつかわしてくれたみたいです」

「そうなのね。フィーアさん、やっぱり大人で、気が利く人なんだわ」


 フィーアさんへの憧れを胸に空を飛ぶこと、さらに少し。ようやく、出口と思われる巨大な扉が見えて来た。こちらもやっぱり金属製で、四角い穴が扉の上部に開けられている。


「あの穴をくぐれば、いよいよ生誕神様が住む、人の居る区画……。本当のウーラの町があるようです」

「ついにフィーアさんに……。楽しみ!」


 ついに会える生誕神への期待を胸に、ウーラの町に続く穴をくぐった、この後すぐ。




「くすくす♡ おねーさんの、ざぁこ、ざぁこ♡」




 生誕神に対する私の幻想は、端微塵ぱみじんに打ち砕かれることになった。

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