○教えて(わからせて)あげるわ!
穴をくぐると、それはもう巨大な1本の木がそびえ立つ光景が、私の目に飛びこんで来た。あまりの大きさに目測がしにくいけれど、幹の直径だけで軽く500mはあるんじゃない? 高さも比例するように高くて、トィーラの背に乗って上空を飛ぶ私たちよりもさらに上に、青々と実った葉っぱが見えた。
そんな巨大な木を囲うように、円形に建物が並んでいる。
「ここが、ウーラ……」
大きさは大体、半径5㎞くらいだと思う。大地に張った大樹の根が、それぞれの区画を分けているように見えなくもない。さすがにこの高さ――今は多分、上空300m地点くらい――からだと誰がどのくらい居るのかは分からない。でも、行き交う人々の影は少ないように見えた。
『ゲヤァァァ!』
高らかに鳴いたトィーラ達が向かうのは、中央の巨大な木。そのてっぺんね。
「お嬢様、高度を上げるようです。大きく傾くはずなので、しっかり捕まっていてくださいね」
メイドさんと2人、トィーラの
――あれ? そう言えば、サクラさんは大丈夫なのかしら?
ユリュさん、リアさんの組は、リアさんがトィーラの言葉を代弁すればいい。だけど、サクラさんはトィーラの言葉なんて分からないはず。きちんとついて来られているのか。気になる所だけれど、あいにく、今は周囲を観察する余裕がない。
身体を押さえつけるような上昇の圧に耐えること、しばらく。ようやく、圧が消えたかと思ったら。
『ゲヤァ』
短く、それでいて、どこか楽しそうにトィーラが鳴いて、羽をたたんだ。
「……え?」
「あら、それは……。お嬢様、今一度、しっかり鞍に掴まっていてください」
「メイドさん? それってどういう……え、ちょっと、この角度は……きゃぁぁぁ!!!」
急上昇からの、急降下。角度はほとんど垂直。真下に見える町に向かって、一直線。
「うっ……」
「お嬢様、もう一度……来ます!」
「え、もう、嫌ぁぁぁ~~~……!」
この上下運動を何度も繰り返して、ようやく私たちは大樹の太い幹の上にある、盆地になっている場所へと降り立った。
「うぅ~~~……。目が、目が回るわ……」
立っている事も出来ない私は、トィーラから転げ落ちるようにして木の幹の上にへたり込む。地に足のついた状態では絶対に味わえない上下運動。しかも
「お疲れ様でした、お嬢様」
相変わらず何事にも動じないメイドさんは、両の足で立って、私にコップを渡してくれる。明滅する視界で、どうにか【ウィル】を使って水を入れた。
「んくんく……、ぷはぁっ。最後の! 絶対必要なかったわよね?!」
座り込んだままトィーラを睨みつけるけれど、どこ吹く風と言わんばかりに毛づくろいをし始めるトィーラ。
「トィーラの話では、あちらの方が効率よく飛べるそうですよ?」
「そんな、わけ、ない! あんな動きをして飛ぶ鳥なんて、見たこと無いもの!」
『ゲヤァ♪』
「見なさい、メイドさん! トィーラのあの悪い顔! あなたとそっくりだわ!」
「まぁ、心外です♪ とは言え、楽しかったので良かったではないですか」
どうしてあなたは嬉しそうなのよ。のど元までせり上がっていた言葉を、もう一度【ウィル】で生成した水と一緒に飲み干す。深呼吸して、怒りを
「お疲れさまでした、トィーラ様」
「ありがとうございました、トィーちゃん!」
リアさん、ユリュさんの順番で、トィーラから下りている。2人とも、元気そうね。というよりユリュさん? 動物に対するその人懐っこさを、出来れば人にも向けて欲しいのだけど? 具体的にはサクラさんに向けてあげて欲しい。
「って、そうよ、サクラさん!」
サクラさんは、羽を傷つけたトィーラの背中に乗っていた。重量に余裕があったトィーラは、大きな足で器用に鳥車も運んでくれていたのだけど……。
今、私たちが居る幹の上には、鳥車がある。だというのに、サクラさんの姿がない。それはつまり、さっき私が抱いていた懸念が当たっていたことを示している。トィーラの言葉を理解できないはずのサクラさんが、途中で振り落とされてしまった可能性だ。そして彼女には、〈瞬歩〉のように、高所からの落下に対応できるスキルが無かったはず。
「トィーラが、足に持った鳥車と、背中から落ちたサクラさんを天秤にかけて、鳥車を選んだ可能性もある……!」
――サクラさん、サクラさんはどこ?!
急いで周りを見渡してみれば……居た! 私たちが居る盆地の、真上。枝や葉が寄り集まって緑の天井を作っているその場所を、
「わぁ~! うぉ、あはははっ!」
トィーラの背中に乗って、はしゃいでいた。枝を避けるために上下左右、様々に方向転換しているトィーラ。というより、今1回転しなかった……? それでもサクラさんは鞍から落ちることなく、楽しそうな悲鳴を上げている。
心配して損した、なんて思わない。ひとまず無事で良かったと、胸をなでおろす方が、建設的よね。「あらゆる可能性を考えておくように」。ナイフを習っている時にメイドさんに言われている事だ。ポトトも鳥車の側で気絶……眠っているし、全員無事で良かったわ。
「あとはフィーアさんを探すだけ――」
「あれー、もしかしてー?」
突然、私の背後から、知らない声が聞こえた。反射的に声がした方を見てみると、太さ20mはありそうな枝にぽっかりと穴が開いているのが見える。そして、ちょうど、声の
身長は、直立したユリュさんよりも低い100㎝くらい。髪色はリアさんと同じ白色で、頭の後方で2つにまとめている。
――って、リアさんを小さくしたらこの子みたいな感じになるんじゃないかしら……?
目鼻立ちははっきりとしていて、くっきりとした八重歯が特徴的かしら。かなり明るい瞳の色は、木漏れ日によって、神秘的な金色を映している。耳は長くて先がとがっているから、フィーアさんと同じで森人族なのね。私を死滅神と知ってか知らずか、小ばかにしたような目で見る女の子が、そこに居た。
なぜか無性にこみ上げてくるいらだたしさを
「う、うふふ……。こんにちは」
でも女の子は私の挨拶なんか聞こえてないみたいに。地面にへたり込んでいる私の周りを、裸足で歩きながら観察してくる。金色の瞳を細めて、ニヤニヤと笑いながら、ね。
――我慢……。我慢よ、私。近くにフィーアさんが居るかもしれないもの。
「もしかしておねーさん、トィーラと空飛んだだけで、腰抜かしちゃったの? くすくす♡」
トィーラが降り立ったということは、ここがフィーアさんの居る場所。恐らく、この失礼な女の子が出て来た穴が神殿になっているんじゃないかしら。となると、どこかでフィーアさんが私を見ている可能性もある。フィーアさんを落胆させないためにも、ここは冷静に、落ち着いて、対応しないと。
「改めて、こんにちは、お嬢さん。私はスカーレット。フィーアさんという人に会いに来て――」
「ざっこ♡」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「……は? いま、なんて……?」
「え、聞こえなかったの? おねーさん、お耳もヨワヨワとか? 可愛い♡」
口に手を当てて、目を細めて、くすくすと。本当に腹が立つ笑い方をする女の子。
「いいよー♡ 欲しがりさんには、サービスするのがアタシなの♡ ということで……」
私の周りをクルクル回ることを止めて、女の子は私にそっと顔を寄せて来た。そして耳元でゆっくりと息を吸うと……。
「くすくす♡ おねーさんの、ざぁこ、ざぁこ♡」
……耐えて。耐えるの、私。
危うく女の子の顔をひっぱたきそうになった右手を、もう片方の手で制する。多分きっと、今もどこかで見ているだろうフィーアさんには死滅神としての度量を試されているのだと思う。笑顔、笑顔よ、私。
「あ、あのね、お嬢さん? 私も人のことは言えないけれど、あまり人の神経を逆なですることは言わない方がいいわよ? きっと痛い目を見るわ?」
怒りで震える声をどうにか制御して、女の子に教えてあげる。……でも。
「ぷふっ♡ 腰抜かしたまま
女の子はなおも
「……ふぅ」
「あ、怒った? これくらいで怒っちゃう? おねーさん、大人なのに~? 死滅神なのに~? だっさ~♡」
「ええ……。ええそうよ、そうよね、
ひとまず馬鹿にされたままじゃいられないから、足腰に力を入れて立ち上がることに注力する。
「お? 1人で立てる? 立っちゃう? 頑張れ、頑張れ♡ ヨワヨワおねーさん♡」
「私は死滅神。どんな人にも
「わ♡ おねーさんが立った♡ でも……うん、予想通り♡」
「ふっ、相手は子供だもの。何を言われても気にしな――」
「ちんちくりん♡」
「――良いわそのケンカ受けて立とうじゃないっ」
例え子供でも、限度と言うものがある。度量? 器量? そんなものは知らない。ダメなことはダメと教えるのもまた、大人の役割よね。
――というわけで、ここは1つ。……私が大人として
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます