○木漏れ日の中で

 何度も失礼な言動を繰り返す、金色髪の女の子。吊り上がった目を細めて、私を小ばかにしたように「雑魚ざこ」「よわよわ」なんて言葉を何度も言ってくる。そして、最後に彼女は言った。


「ちんちくりん♡」


 私が、チビで、ノロマで、幼児体型で、ただの小娘でしかないと、そう言ったの。……もう、我慢の限界だった。


「良いわそのケンカ受けて立とうじゃないっ」

「あっは♡ おねーさんがキレた~♡ きゃぁ♡」


 私に押し倒されて、なぜか嬉しそうな悲鳴を上げる女の子。


「さて、どう分からせてあげようかしら……?」

「わぁ♡ おねーさん、フィーアちゃんが可愛いからって必死すぎぃ♡」

「フィーア? あなた、フィーアって言うのね? いいわ、じゃあ、フィーアさん。あなたにはこれから、私のマッサージ攻撃を受けてもらう……」


 フィーアさん。どことなく聞き覚えのある声に、私の口が止まる。


「フィーアちゃん、壊れちゃうかもぉ♡ だから、優しくしてね♡ おねーさん♡」


 私に押し倒されたまま、潤んだ瞳で見上げてくるフィーアさん。……フィーア、さん。


「嫌……嘘よ。あ、あなたが、フィーアさん?」

「やっぱりおねーさん、お耳がよわよわなんだ♡ あ、むしろ頭の方かも♡」


 この、どこまでも人の神経を逆なでする言動を繰り返す女の子が、フィーアさん。大人で、理知的で、思慮深い。私が抱いていた生誕神像とは真反対の道を行くこの子……この人が、フィーアさん、ですって?

 自分の中で、何かが崩れていく音がする。確かに、私が勝手に抱いていた人物像だったことは事実。多少なりとも理想と異なる事なんて、覚悟の上だった。だけど、それにしたって、限度がある。


「どーしたの、おねーさん? あ、本番前に日和ひよっちゃった? ぷふっ、可愛い♡ やーいやーい、根性なし♡」


 が、あらゆる生物たちの母親――生誕神だなんて。


「きゅぅ……」


 理想と現実の間にあった差異を受け止めきれなかった私の脳は、理解を拒むように、一時的にその機能を停止させたのだった。




 次にぼんやりと意識が戻った時、私の心は、とても安らいでいた。それこそ、草原にぽつりと立つ木の陰でお昼寝をしているような。大自然の大きな腕に抱かれて、風という指に優しく頬を撫でられている。そんな心地よい、うたた寝だった。


「んぅゅ……」


 当然、私はもっと眠っていたくなる。柔らかなベッド、柔らかな枕の上で、寝返りを打つ。


『クルッ! クルールッルル クルルッ!』

『ピピッ! ピピピ!』

『ゲャ ゲギャァ』

「みんな、静かに。この子が起きる」


 たくさんの鳥たちの鳴き声と、ゆったりと落ち着きのある少女の声が聞こえる。少女の声は不思議な力を持っているのか、聴いているだけで全身から力が抜けていく。自分がこの世界では小さな存在で、フォルテンシアの営みを支える1つの部品でしかない。みんなで手を取り合って、支え合って、フォルテンシアを存続させていこう。自然と、そう思える。

 と、小さな手が私の髪を優しくなでた。くすぐったさに、身をよじる。


「んぅ……」

「この子が、新しい死滅神。ちょっとフェイの面影がある。ってことは、実験は成功したのかな……」


 優しい手つきで、何度も、何度も。子供をあやすように、私の髪を撫でる声の主。もっと眠っていたい私の意思とは裏腹に、少しずつ覚醒する脳。自分が今、ベッドの上で膝枕をされているのだと分かる。それに、この声。少し低いけれど、間違いなくフィーアさんのものだ。


 ――でも、話し方も、声の質も、明らかに違う……。


 人を心の底から馬鹿にしているようなあの話し方でも、妙にかんに障る高い声でもない。ゆったり、のんびり。物静かな話し方をしている。


「ふふふ。次は、どんなタイプで行こうかな?」

『クルッ! クルールッルル クルル ククッ!』


 楽しそうに話すフィーアさんをたしなめたのは、ククルポトトかしら。


「この子、反応が良いから。それにあなたも。無理して人の言葉を話さなくて良いよ? ちゃんと声、聞こえてるから。……おいで?」

『ルゥ……』


 鉤爪かぎづめが地面を引っ掻く音が近づいてくる。


「うん、良い子。顔を寄せて……。そう、えらいね」

『ルッ♪ ルッ♪』


 何をしたのかしら。さっきまで渋々と言った感じの声だったポトトが、機嫌のいい時の鳴き方に変わる。


『ピピッ!』

『ゲャッ!』

「あはは。嫉妬しないで。みんなも、おいで?」


 小さな羽ばたきの音と大きな足音が聞こえたかと思えば、


『ピュ♪』

『グル♪』


 すぐさま、気持ち良さそうな鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。一体何が起きているのか。重いまぶたをどうにか持ち上げて横目に見てみれば、フィーアさんにポトト、トィーラ、オボエドリの3人が頬ずりをしている。対するフィーアさんも優しい顔で目を閉じて、鳥たちを撫でてあげている。

 そして、視線を正面に移して、気が付いた。多分、私がいま居るのは大きな木のうろの中。その中心に置かれたベッドの上なのだと思う。天井は無くて、木漏れ日が差し込むそんな部屋だ。そして、私……というより、私に膝枕をするフィーアさんを囲むように。


『キュル』『シュー』『シャシャ』『リリ』『ポ』『ゲェゲェ』『ドゥルル』『ホホー』『ピリリ』『チュチュ』『ガゥ』『ギギ』『ユー』……。


 それはもうたくさんの小動物たちが居るのだと、鳴き声だけで分かる。


「この子を起こすのも良くないし、順番ね。……おいで?」


 フィーアさんのその声で、小動物たちが一斉に。それでいて静かに。ベッドの上に上がって来る。薄っすらと開いた視線の先には、毒を持つことで有名な動物も居る。普通なら、悲鳴を上げて飛び起きる所だけど、なぜかしら。ここに居る生物たちが襲ってこないだろうという事実が、直感で分かってしまう。


「よしよし。みんな、良い子、良い子」


 フィーアさんに触れられた動物たちは、安心したように眠ってしまう。それは、もちろん、魔法生物である私も同じで……。


「ゆっくり、おやすみ」


 小さく、頼りない。だけど、リアさんにも勝る圧倒的な包容力のある手で何度か撫でられた私は、全てがどうでも良くなる。かろうじて残されたのは、生物の根源的な欲求だけ。つまり、今の私は……。


「すぅ、すぅ……」


 ただ本能のままに惰眠だみんむさぼるのだった。

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