○ひぃちゃん

 『サクラさん』こと千本木桜せんぼんぎさくらさんが来て早くも1週間が経とうとしていた。

 現状、サクラさんの目的はチキュウに帰ることらしい。私もメイドさんもその方法を知らないけれど、こちらに来られるのなら帰ることもできるんじゃないかしら。


『3人が許してくれる限りは一緒に旅をして、その方法を探すことにするよ!』


 と、お風呂では気丈にふるまっていた。ついでに、サクラさんの体つきは全体的に私とメイドさんの中間、と言ったところだった。

 そんな召喚者であるサクラさんのスキルはやっぱり強い。〈空間把握〉は使用者であるサクラさんを中心に、半径最大500mぐらいまでの表面的な地形を瞬時に把握できるらしいわ。

 サクラさん本人が教えてくれたステータスの数値も、召喚者たちが持つ〈加護〉というスキルが各種ステータスに「+50」を行なうらしく、そのほとんどが私の値を抜いている。〈加護〉も、他のスキル同様、成長すると思うと……。

 1か月近く頑張ってレベルを上げてきた私としては少しだけ、ずるいと思ってしまった。


「嫉妬するぐらいなら、頑張った方が建設的よね」

「どうしたの、ひぃちゃん?」


 私の小さなつぶやきを拾ったサクラさんが、あご下までのフワッと内側に巻く茶色い髪を揺らして振り向く。彼女の人好きのする笑顔を見ると、私まで笑顔になってしまう。


「いえ、何でもないわ。行きましょう?」


 今、私、ポトト、サクラさんの3人はフェイリエントの森で狩猟系の依頼をこなしている最中だった。標的は、先日、サクラさんを襲った『イルガルル』。4匹前後で群れを作って、連携して獲物を環境に合わせて毛の色を変える狼で、この辺りでは白や銀色の毛皮が取れるはず。魔物では無いのだけど肉食動物で、定期的にことが推奨されている動物だった。

 なんでも昔、霧の中で大繫殖したガルルの群れがリリフォンまで押し寄せ、当時は普通の町だったリリフォンでは多くの被害が出たらしいわ。


「霧とイルガルルのせいで、今みたいな屋内生活になったのだったかしら」


 リリフォンが今の形になってからもイルガルルは襲ってきたみたいだけど、分厚い壁のおかげで大丈夫だったみたいね。私達がリリフォンに来た時に目にした建物の外壁についた傷なんかも、その名残らしかった。


『クルッ!』


 敵を見つけた合図として鋭く鳴いたポトト。メイドさんに確認したところでは、ポトトの索敵能力は〈感知〉というスキルが由来らしいわ。近くにいる生物を感じ取ることが出来る、ポトトの種族由来のスキルね。

 姿勢を低く見つめる先には、白い樹皮を持つサザラの木と、霧しか見えない。……のだけど、それは私だけだったみたい。


「了解、ポトトちゃん。任せて~……」


 ポトトの横に立ったのはサクラさん。私はいつもの軽装。サクラさんは白い襟付きのシャツの上に、クリーム色の長袖。折れプリーツの入った膝上丈の紺色スカート。出会った時に着ていた「セイフク」姿だった。

 静かに息を吐いたサクラさんは弓を左手で構えて、腰にある矢筒から矢を取り出し、つがえる。

 今サクラさんが使っているのは1つ500n、ドドの木製の粗悪な弓。大きさは50㎝ぐらい。本来、弓はもっと大きくて、いろんな素材を張り合わせてしなやかさを増したものを使うらしい。実際、サクラさんが日本で使っていた「ワキュウ」も、2mを越える弓だったそうよ。

 ゼレアに「練習用」として売られていたものを私が買ってあげたものでしかないけれど、〈弓術〉を持ったサクラさんには関係ない。

 つるを静かに引き絞り、一点を見つめて


「――っ」


 静かに手を離す。すると、スキルが発動して青白い線を残しながら、矢が霧の中に消えて行った。

 弓を放ったままの姿勢を数秒保っているサクラさんとポトトの視線の先で、


『ギャンッ……』


 という叫びが聞こえて来た。どうやら無事、イルガルルに命中したみたい。索敵が得意なポトトと、〈弓術〉で遠距離から攻撃できるサクラさん。2人の相性は抜群だった。

 構えを解いたサクラさんが一転、茶色い髪を揺らして私に駆け寄ってくる。


「確認しに行こ、ひぃちゃん。ポトトちゃんも」


 サクラさんは私を「ひぃちゃん」と呼ぶ。スカーレットは明るい赤色――緋色を表す言葉。その緋色からとってひぃちゃん、らしいわ。

 頷いた私の手を引くサクラさんに導かれるまま、霧の中を行く。今はサクラさんの〈空間把握〉があるから、霧で迷うことを恐れなくて良くなったのが大きい。おかげで、ゼレアの花の採集なんかも、人の手があまり届いていない深い場所で行なえる。

 少し行くと、腹部に深々と矢が刺さった銀毛のイルガルルが居た。虫の息だけど、まだ生きているみたい。ここからが私の仕事。イルガルルの急所、首にナイフを突き立ててとどめをさしてあげる。そこから解体作業。肉は食用に適さないから森に返して、毛皮を剥いでいく。


「う……。やっぱりグロい……」


 顔面蒼白になりながら、私の解体を見ているサクラさん。ニホンでは動物を狩ることが身近なことではないらしい。最初、サクラさんは動物に矢を射かけることすらためらっていた。イルガルルを狩るのは人族側の都合。そこにためらいを覚えているのだろうサクラさんの優しさを、私は愛おしく思う。


「『グロい』の意味は分からないけれど、こうして命を頂く以上、最大限利用してあげないとね。――【ウィル】!」


 剝ぎ取った毛皮についた汚れと血を洗い流して、解体は終了。

 ポトトが索敵して、サクラさんが狙撃、私が解体と荷物持ち。そんな感じで、実入りのいいイルガルルの狩猟依頼をここ最近は繰り返している。依頼そのものが5,000n、毛皮の買い取りが500~1,500n。

 それだけじゃなくて、採集系の依頼も受ける。今回は『シロダケ』という文字通り白いキノコね。サザラの木の根元に生える毒キノコ。1つ500~700nで、それを最低10個。

 2つの依頼を達成すれば、12,000n。出来栄え次第でもっとたくさんのお金を稼ぐことが出来る。


「サクラさんのおかげで、効率よくお金を稼ぐことが出来るようになったわ。ありがとう」

「そ、そうかな~? 役に立ってるみたいで良かったよ~」

『クルククッ!』


 少し気を抜き過ぎている私とサクラさんをたしなめるように、ポトトが少し強めに鳴く。そうね、順調だからって気を抜いては痛い目を見る。そのことをポルタで学んだはずよ。


「それじゃあ、残りも頑張って行きましょう!」

「うん!」『クルッ!』


 油断せず、慢心せず、一歩一歩を着実に。私達は旅費を溜めるために働き続ける――。

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