○予定変更ね

 リリフォンに来ておよそ3週間。暦にすると11月の7日の今日。依頼をこなして汚れた身体を、お風呂に入ってきれいにした後。部屋でお留守番をしているポトト以外の私、メイドさん、サクラさんの3人はゼレア6階の軽食コーナーで夕ご飯を取っていた。


「お嬢様。準備を整えましたので、明後日にでもリリフォンを発ちましょう」


 私が黄色っぽい麺――『パスタ』を食べていると、メイドさんがそんな提案をしてきた。いつになく真面目な表情で話すメイドさん。酸味の効いた赤い野菜のソースが美味しくてつい頬張り過ぎていた麺を飲み込んで、私はメイドさんに聞き返す。


「急な話ね。何かあったの?」


 当初はここリリフォンで別荘に向かうための十分な資金を蓄えるはずだった。けれど、ここにきての方針転換。それもかなり早急な話の様子。当然、そこに何かがあると私でも分かった。


「実は2週間ほど前から、わたくしたちを監視するような視線が付きまとっております」


 2週間前って言うと、サクラさんと出会ったあたりよね。


「……1階で買い物をしている時にメイドさんが突然振り向いたことがあったじゃない? それに関連すること?」


 私がメイドさんに何が欲しいのかを聞いた時、不意にメイドさんが立ち止まったことを思い出す。何かを警戒しているように見えたし、ひょっとして。そう思って聞いた私の問いを、メイドさんは意外そうな顔をして受け止めた。


「はい。どうやら誰かの何かのスキルで、わたくし、あるいはお嬢様の種族が露見した可能性があります」


 ササココ大陸は昔ながらの人族を偏重する風潮がある。中には分かりやすく“排除”という方法を取る人もいるほどだ。ホムンクルスであり、魔法生物である私とメイドさんにもあたりがきつくなる可能性があった。

 と、そこで恐る恐るといった様子で手を挙げたサクラさんが聞いてくる。彼女は牛乳の発酵食品『チーズ』を使った『リゾット』を食べていた。


「あ、あの~?」

「……どうかしましたか、サクラ様?」

「種族が露見って、2人は人間じゃないんですか?」


 そう言って、茶色くて真ん丸な瞳で私とメイドさんを交互に見ている。


「そう言えば言ってなかったわね。私は――」


 そこから自分たちが魔法生物であること、ササココ大陸の風潮などを軽く説明する。それを「ほぇ~」とか言いながら聞いていたサクラさん。理解しているのか分からないけれど、今はメイドさんとの話を先に進める。


「リリフォンは閉鎖的な町です。住民同士の繋がりが強く、情報が伝わるのも早い。いつ、過激な輩の耳に届くとも知れません」

「そう……。メイドさんがそんなへまをするとは思えないし、私のせいでしょうね。迷惑をかけてごめんなさい」


 うかつに種族を口にした覚えもない。となると、ステータスの特定の項目だけを盗み見るスキルで見られたのでしょうね。そして、メイドさんはステータスを隠蔽・偽装できそうだけど、私はできない。十中八九、私の責任だった。

 謝る私に優しく微笑んだメイドさん。


「いえ、わたくしが見られてしまった可能性も十分に考えられます。何より、勝手に他者のステータスを覗き見るやからが失礼なだけですので♪」


 そう言って励ましてくれるメイドさんの優しさに甘える形でこの話を切り上げ、私達は話を先に進める。


「移動することは分かったわ。けれど、まだお金は貯まっていないの。今手元にあるもので大体120,000nぐらい。鳥車の質は譲りたくないから100,000nのものを買うつもり。となると、残るのは20,000nぐらいになるわ」


 しかも、サクラさんの分のお金も必要になる。到底、別荘までの30日間持つ路銀とは思えない。


「はい。そこでまずは、北西に進んで近くにあるらしいより大きな町を目指すことを提案します」

「別荘があるのは大陸の東側、今いるリリフォンから北東の位置よね? 逆になってしまうけれど?」


 南北に長いササココ大陸。その中央には巨大な山脈があって、東西を分断している。だから、もし西の町から東の別荘に行くには、ぐるっと大陸を迂回することになってしまう。そうなると、旅の日数は計り知れない。

 そんな私の心配に、綺麗な白金の髪を揺らしてメイドさんは首を振った。


「そちらについては、恐らく問題ないと思われます。どうやら目的地……ディフェールルは魔法の研究に熱心であるとか」


 一体それがなぜ、“問題ない”ことになるのか。目だけでメイドさんに聞いてみる。


「ディフェールル。調べてみると実はここ、転移陣の発明に共同出資した国の都でもあるらしいのです」

「……はっ! つまり、転移陣があるかもしれない、ってことね?!」

「はい。行き来の難しいササココ大陸の東西をつなぐ転移陣を、発明国が持っていない可能性の方が低いかと。そうでなくとも、飛空艇の発着ぐらいはあるはずです」


 転移陣に、飛空艇。あると確定しているわけでは無いけれど、心躍るのも事実。


「リリフォンから1週間ほどでしょう。お嬢様の節約術の見せ場ですね♪」

「メイドさんは自分で何とかしてくれるから、20,000nで私とサクラさんが1週間……」


 実質、1人10,000n。7日で割るから、1日1,300n……で合ってるわよね? 1週間なら買い足しも必要無い。宿は……今回は我慢ね。途中には森もあって、サクラさんとポトト、私で動物たちを狩ることも考慮すれば――。


「わ、わたしもお手伝いするよ? 一緒にがんばろ、ひぃちゃん?」


 動物を狩る上で欠かせないサクラさんが言ってくれるなら、助かる。


「……ええ、そうね! 頑張りましょう!」


 そんなこんなで、私達は予定を変更してディフェールルの町を目指すことにする。

 魔法が発展しているということは、魔法の基になっているスキルにも造詣が深い町……というよりは国になるわね。今日と明日で準備を整えないとだけれど、自然と焦りはない。むしろ、新しい町に行くことにワクワクしている。


「ディフェールル。どんな所なのかしら……?」


 だけど、旅に予想外はつきもの。ディフェールルに行くまでに、また少し騒動があるなんて思っても見なかったわ。

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