○Side:M リリフォンにて

 お待たせしました、わたくし、メイドの時間です♪


 さて、リリフォンに来てわたくしが最初に行なったことは、地形の把握でした。リリフォンは屋内。各建物には多くの死角があり、隠れ潜む場所には困りません。もしお嬢様に何かがあった際、すぐに駆けつけるための道順を把握する必要がありました。リリフォンに来て最初の2日間。ちょうどお嬢様が職にあぶれてあっちこっちへ行っていらしている間に“何か”が無くて、本当に良かったです。

 もし、お嬢様に何かがあってお亡くなりになられた場合は、また、主人を探さなくてはならなくなりますしね。フォルテンシアを駆けずり回るのは非常に面倒ですし。それに、やはり、“レティ”を失うわけにはいきません。それが、ご主人様につながる最後の希望であるはずです。

 あっ、いたずらを働いたらしいご老人には後日、わたくしがきちんとご挨拶に伺いに参りましたのでご安心を♪


 そうして4㎞四方ほどの入り組んだ町の全容を把握するのに2日もかけてしまったわたくしですが、ここからは情報収集です。3日目にはすでに、リリフォンに死滅神復活の情報が回り始めていました。つまり、お嬢様が死滅神であることが知られるのも時間の問題ということ。


 幸いなのは、お嬢様がホムンクルスだと露見していないことですね……。


 変装して、メイソン君の姿で新聞を読みながらわたくしは考えます。もし、ホムンクルスだと言う情報が出回っていれば、ササココ大陸での行動に何かと制限がかかってしまったでしょう。人族・人間を偏重する昔からの風潮が残っていますからね。


 そうして、死滅神の情報が広まるにつれ、何人かの人々がお嬢様へと目を向けるようになりました。新聞に書いてある風体と同じですから、当然ですね。それでも、彼ら彼女らが向けてくる視線はどちらかといえば“まさか”という感じでした。

 その雰囲気が変わったのは、お嬢様と買い物をした日でした。明らかに好奇、あるいは敵意を持った視線が買い物中のわたくしとお嬢様に向けられていました。死滅神は恨みを買うことも多いのです。その日から一層、わたくしは自分の中の警戒レベルを上げました。


 そんな折。お嬢様が見ず知らずの外来者しょうかんしゃを森で拾ってきたというのです。わたくしの中で答えは決まっていました。


「森へ帰して来てください♪」


 正直なところ、これ以上厄介ごとを増やさないで欲しいと思っていました。加えて、召喚されたばかりの外来者が運よく森で生き残っていたとは思えません。何かしらの意図を持ってお嬢様に接触したとみるべきでしょう。

 しかし、そんなことをつゆほども思っていないらしいお嬢様。まるで動物を飼うかのように、外来者の面倒を見たいとおっしゃります。ポトトを拾った時とは違い、見ず知らずの“人間”を身内に加えることはかなりのリスクを負います。


「〈鑑定〉……」


 ひとまずセンボンギサクラという外来者の素性を知るために、〈鑑定〉をします。正直、スキルを使えばステータスを偽ることもできるため、半信半疑でしかありません。外来者に至っては、特に。加えて、たとえ今は良好な関係だとしても、いつ裏切るとも知れません。


「召喚者どもはそもそもの思想が違います。いつレティに危害を加えるか」


 そう言っても、お嬢様は考えを改めない様子。もしこのまま拒否し続けて、「じゃあ、メイドさんと別れる」なんて言われてしまえば、わたくしの計画にも差し支えます。なので、センボンギサクラが裏切る可能性を可能な限り低くすることにしましょう。

 では、どうするのか。1つは恐怖によって支配してしまうこと。内外的な痛みを伴った信頼関係は、そうそう崩れません。なので、お嬢様には内緒で、わたくしがセンボンギサクラを支配する。……ですが、これではお嬢様に露見した際のリスクが大きいのです。露見し次第、お嬢様はわたくしとの縁を切ることでしょう。


 であれば、わたくしがとるべき手段はもう1つ。お嬢様との信頼関係を築いてもらうこと。何よりも、お嬢様に大きな“恩”を感じてもらうこと。恐怖による支配ほどの強さはありませんが、すでに一度、狼から助けてもらったという恩をセンボンギサクラは感じているはず。

 そこに、「渋るわたくしを懸命に説得してくれた」という恩を被せる。加えて、間違いなく魅力的な、お嬢様の善性を知ってもらう。……そうしましょう。


「お願い、メイドさん。私が彼女の面倒を見るから」


 縋るような瞳、最高です、お嬢様♪ ……ですがここは心を鬼にしましょう。炊事がようやく及第点、あとは落第点で、お金もかかることを伝えます。


「うぅ……、その通りだけど。す、少なくともメイドさんに迷惑はかけないから……。だから、お願い!」


 その後、ポトトが『でもっ! メイドさんもスカーレットを1人にしたよ?!』なんて反論してきたのは意外でしたが、おおむね予想通り。そして、センボンギサクラが必死なお嬢様とポトトを見たことも確認できました。

 何より、涙目で訴えてくるお嬢様の上目遣いは……本当に、ずるいですね。反則です。常時発動している〈魅了〉のせいでしょうか。それとも、天然での仕草なのか……。もうこれ以上は耐えられません。


「お嬢様。死滅神たるもの、そうやすやすと頭を下げてはなりません」


 ここまですれば、センボンギサクラもお嬢様を裏切ることはできないでしょうし、サクラ様の遠距離を主体とするスキルは必ず、お嬢様の役に立つはずです。最後はわたくし自身の勘を頼ることにしましょう。


「やった! やったわ、サクラさん!」


 そう言って喜ぶお嬢様の、なんと可愛いこと♪ その笑顔を見られただけで、わたくしも食い下がった価値があると言うものです。ついでに、“我がままを聞いてもらった”と、お嬢様にもわたくしに恩を感じてもらうことが出来たことでしょう。


 こうして、様々な収穫があったセンボンギサクラ様の同行が決まりました。

 今なお視線を向けてくる何者かへの有効打になれば良いのですが……。

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