○〈言語理解〉が、欲しい!

 リリフォンに来て4日目。今日はゼレアを収穫する依頼があったから、それを受けることにした。

 商業施設の名前にもなっているゼレアは、5つの真っ赤な花弁をもつ20㎝ぐらいの薬草。この茎と葉っぱをすり潰して染み出した液を濃縮していくと、ステータスにある〈状態:怪我/小〉までの怪我を取り除くことが出来る薬液、『緑ポーション』になるわ。

 暗くてじめじめしたところにしか咲かないゼレアの花。リリフォンはゼレアの一大産地らしくて、リリフォンの北区にある工場なんかで薬液が作られているみたいだった。


「まあ、今回は個人規模の依頼だけど……」


 大きな会社や企業なんかは近くに私有地を持って、栽培している。魔物や魔王討伐の際にポーションは欠かせない。安定した供給を実現するためでしょうね。

 そんなことを考えながら、今日も今日とてリリフォンの北側にあるフェイリエントの森にやって来た私とポトト。ゼレアの花も森の外周部にあるって聞いたのだけど……。


「無いわね」

『ルゥ……』


 当然、町に近いゼレアの花は他の人たちに刈り取られてしまっている。かれこれ30分ぐらい粘ってみたけれど、見つけられたのは2本だけだった。納品目標は30本。このペースじゃ間に合わないし、効率も悪い。


「メイドさんは確か、トビウサギがいるところまでは行っても大丈夫だって言っていたかしら」


 小動物は危険に敏感。危ないところは避ける習性がある。逆に言えば、小動物たちがいる場所は比較的安全ということらしいわ。

 少し森に分け入って、トビウサギを探す。見つけるだけならポトトもいるし、それほど苦労は無い。そうしてトビウサギを見つけてからゼレアの花を探す。地味だけど、私はこういう作業、意外と嫌いじゃないわ。背中に背負ったかごに花が増えていくのが目に見えるから、進捗も分かりやすいしね。


「ふぅ……。これで10本目。この調子なら日暮れまでには間に合いそう」


 タワーを出た時が10時前。森までが30分ぐらいだから……今はちょうど12時くらい? メイドさんが居ないから、正確な時間は分からないけれど……。


「そろそろ休憩にしましょうか、ポトト」

『クルッ♪』


 腰に括り付けていた布のシートを広げて、メイドさんお手製の「サンドイッチ」を頂く。柔らかいパンに色とりどりの野菜やピュルーの卵を茹でて潰したもの、ポチャのベーコンなんかを挟んだだけの簡単な料理。だけど……これがとっても美味しい!


「香ばしいベーコンの香りが新鮮な野菜のみずみずしさと相まって……最高!」


 少し疲れた体に塩味と水気がとっても嬉しい。ベーコンを抜いて、ソースをかけなかったらポトトも同じものを食べられるのも良いわね。10分ほどで、私は3切れ、ポトトが10切れを平らげた。


「ごちそうさまでした」『クルック』


 サンドイッチが入っていた手提げを、来た時同様にゼレアを入れるためのかごにしまう。畳んで丸めたシートを背中側の腰ひもに括り付けて、花探しを再開した。




 薄っすらとしかデアが見えないから少し曖昧だけど、15時ぐらいかしら。お昼ご飯から3時間ほどが経過した頃、無事、ゼレアの花が30本集まった。


「報酬7,000n、達成ね」


 ここから20本まで1本200n前後の買い取りになる。それ以上は取りすぎになるからダメみたいだけど……。もう10本ぐらいはいけそうかしら。


「ポトト、もう少しだけ付き合ってくれる?」

『クルルゥ! ……クル?』


 私の我がままに羽を広げて快く了承してくれたように見えたポトトが、首を高く持ち上げた。何かあったのかしら、そう問おうとしたとき、


『クルッ!』


 ポトトが鋭く鳴いて森の奥を見つめる。この感じ。メイドさんやイチマツゴウと出会った時と同じ。警戒している時の鳴き方ね。私も気持ちを切り替えて、ポトトと同じ方向を見る。リリフォンの方向も確認して、いざという時は逃げられるようにもしておかないとね。

 そうして、かごのヒモを握りしめて霧の向こうの森を見つめること数秒。


「いや~~~! 来ないで~~~!」


 緊張感があるのかないのか分からない声が薄っすらと聞こえてくる。女の人みたい。続いて確かに聞こえてきたのは、


『『ワォーーーン!』』


 動物の遠吠えだった。察するに、1人以上の人が動物に追いかけられている、といった所かしら。とは言っても森の深くまで入り込んだ冒険者さんでしょう。私よりよっぽど力もあるでしょうし、助けに行っても足手まといに――。


助けてた~す~け~て~!」

「ああ、もうっ!」


 私に何が出来るか分からないし、足手まといになるかもしれない。でも、見捨てることもできない。そう思って声のする方――森の深部へ駆け出そうとした私の首根っこを誰かが掴んだ。いいえ、この場合は咥えたと言うべきね。


「ポトト? 何をするの?」


 振り返って尋ねた私にポトトは首を振った。


『クルッ! クルールッルル クッククルッ!』


 羽を広げて何かを言っている。……ごめんなさい、何を言っているのか分からない。でも助けに行こうとしている私を止めたということは、そうなのでしょう。

 くちばしを離したポトトに、それでも私の意思が変わらないことを伝える。


「ごめんなさい、でも行かないと――」

『クルッ!』


 首を振ったポトト。こうしている間にも女の人が危険な目に遭っている。ポトトを無視して助けに行こうとした私の前に、先回りしたポトトが通せんぼをして、なおも食い下がる。たとえ今、彼女ポトトを振り切って助けに行っても、恐らくまた捕まってしまう。

 そうこうしているうちにも、女の人の間の抜けた悲鳴と遠吠えが聞こえてくる。助けに行ってあげたいのに、困ったわね……。と、頭を抱えていた時。


『……クル クルルル ルク!』


 ポトトが鋭く鳴いたかと思うと、可愛いお尻を私に向けて――駆け出した。方向は、悲鳴が聞こえてくる森の奥。まさかポトト、あなた――。


「あ、待って、ポトト! 私も助けに――きゃっ」

『クルールッルル ルルルクックルー!』


 私が無様にも転んでいる間に、ポトトの背中が遠くなっていき――やがて霧の中に消えてしまった。

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