○情報を制する者は、買い物上手なのね

 無事、トビウサギ狩猟の依頼を済ませて宿に戻ると、時刻はもうすぐ午後6時になろうとしていた。

 身体はトビウサギの突進を受けたり、転んだりして打ち身があるくらい。体力は100以上残っているから、まだ余裕があると言って良かった。ただ、大人のトビウサギのレベルが3~5あって、〈即死〉の都度減ったスキルポイントは半分ぐらいになっていた。


「戻ったわ……」

「おかえりなさいませ、お嬢様♪ 依頼を無事、達成されたようで何よりです」

「ほとんどこの子が捕まえてくれたのだけど」


 そう言って、お腹の当たりで抱えていたポトトを持ち上げる。今日は合計で12匹のトビウサギを納品した。でも、ここでも少し不手際があった。


「解体、しなきゃいけなかったのね」


 そう。死んでしまった生き物はその瞬間から腐敗が始まる。だから本来、殺してすぐに血抜きと内臓の処理を行なわないといけなかったみたい。そう言えばアートードを殺した時、メイドさんはすぐさま解体処理をしていたことを思い出す。

 とにかく、午前中に狩ったトビウサギ5匹は肉の部分を売ることが出来なくて、皮の600nだけになってしまった。捕まえてくれたポトトにもそうだけど、トビウサギ達にも悪いことをしてしまったわ……。

 結果、収入は600nが5匹、800nが4匹、1000nが3匹。そこにギルドからの成功報酬500nが追加されて9,700nだった。


「無用な意地を張らずに、メイドさんに聞いておけば良かったわ」

「また1つ、お勉強ですね、お嬢様。まずはお風呂にいたしましょう。準備は万全ですので」


 土とほんの少しの血で汚れている私を見やって、メイドさんが言う。確かに汗もたくさんかいたし、私としても異論は無い。ご飯はその後にしましょう。


「ポトト、今日の晩御飯は期待していてね」


 一番の功労者であるポトトに声をかけて、私とメイドさんは大浴場に向かった。




 お風呂の後、泊まっている商業施設ゼレアの1階で食べ物を買う。ゼレアには自分たちで調理をする場所が無いから、飲食店で食べるか、出来合いのものを食べることになる。ここ2日間はお金が無かったから1つ120nのパン2つとメイドさんの紅茶だけでやり繰りしていたけれど。


「今日は料理を買いましょう!」

「お惣菜、ですね。確かあちらにまとめられていたはずです」


 白色の魔石灯で照らされた店内をメイドさんと一緒に歩く。メイドさんが使う【フュール】の魔法を使って風を起こし、髪は綺麗に乾かしてある。メイドさんはいつも通り黄緑のワンピースに白の前かけと手袋、そしてカチューシャ。私は柄の無い黒のシャツに膝くらいまである青のズボンという姿だった。

 そう言えば今日、激しく動いてみたからわかった。やっぱり上につける下着も大切ね。どこがとは言えないけれど、擦れて痛かった。まあ、メイドさんが作った服じゃなかったというのもあるのでしょうけど。彼女の作った服は生地からこだわっているみたいで、着ていないような着心地だもの。


「お嬢様?」


 胸元を見下ろしていた私に、メイドさんが声をかけてくる。彼女の前には色とりどりの野菜が並んでいた。


「ポトトへのご褒美は……この野菜と果物で良いかしら?」

「いえ、そちらのものよりは、こちらの方が。発色がよく、味も濃いかと。果物はどちらかと言えば硬いものを好むはずです」

「そうなのね。じゃあ――」


 こうして買い物をしているだけでも楽しいのだから不思議ね。誰かのために何かを買うのも悪くない。

 そう思うと、私はまだメイドさんに何もあげていない。一番私に尽くしてくれているのにね。ポトトにご褒美をあげてメイドさんにあげないのもおかしな話だわ。

 2人で選んだ野菜と果物が入ったカゴを下げるメイドさんに聞いてみる。


「メイドさん、何か欲しいもの無い?」

「まあ! では、お嬢様を下さい」

「流れるように欲しいものが出て来たわね。でも、ごめんなさい。私はモノじゃないからあげられないわ」


 と言うより、私をあげるって何? いえ、まあ、取って食べられるわけじゃないでしょうけど。


「失礼いたしました。では、お嬢様を好きにする権利を下さい」

「あまり変わって無くない?! そうじゃなくて! ……こう、実体のあるもの、かしら?」


 紅い瞳をメイドさんに向けて、改めて聞いてみる。それに対して結局、メイドさんは


「お嬢様から頂けるのであれば、なんでもいいですよ」


 とのこと。


「そうは言うけれど、何かあるでしょう? 美味しい料理とか、新鮮な野菜とか、甘いケーキなんかも良い――」

「お嬢様」


 指を折って例を上げていると、メイドさんが少し張りつめた声で私を呼んだ。何事かとメイドさんを見れば、その翡翠のような瞳はどこか遠くを見ている。私もそれを追って視線の先を見てみるけれど、あるのは店の入り口と、果物や野菜が陳列された棚くらい。


「何かあったの?」

「……いえ♪ そろそろ割引の札がかけられる時間だなと思いまして。ですが少し早かったようです」

「それは死活問題ね。ポトトには悪いけれど、もう少し待って値引きされるのを待ちましょう」


 『1nも1,000度捨てれば1,000nに』。お金に限らず、小さな積み重ねは馬鹿にならないわ。その後、15分くらい待つとメイドさんの言う通り値引きが始まる。おかげでお総菜を含めた食料を2割ほど安く買えてしまった。……やっぱり、情報を集めるのは大切ね。


わたくしはお嬢様のおそばにいられるだけで幸せですよ?」


 そう言って、心なしかいつもより体をくっつけてくるメイドさんと2人、買い物を楽しんだ。

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