○だから、あなたが守りなさい

「リアは、スカーレット様たちと、一緒に行きたいです!」


 無表情の奥に抱えていた様々な感情に名前を付けて、最後に改めて自分の願いを口にしたリアさん。昼下がりの邸宅。静寂が、居間を支配する。


「……お嬢様。冷静な判断を。リアを連れて行く利点と欠点。どちらが大きいかは明白です」


 私の耳に口を寄せて、情に流されるなと言うメイドさん。リアさんを連れて行くことは、彼女を危険にさらすことにもつながる。魔物がうじゃうじゃいる大迷宮。自己防衛もままならない彼女を介護しながら駆け抜けるなんて、到底、出来ないでしょう。


「残念だけれど、リアさん」

「……はい」

「あなたには迷宮にいる間、私のそばで、働き続けてもらうことになるわ」

「「……え?」」


 リアさんとメイドさん。姉妹の声が重なる。呆けたように私を見る2人の内、私はリアさんに目を向けた。


「私たちは魔物退治でヘトヘトになるはず。だから、掃除。洗濯。料理。ポトトのお世話。そのほか家事全般を全て、あなたにしてもらえると、助かるわ?」


 つまり、一緒に行きましょうと、私はリアさんに言う。だってそうでしょう? リアさんは、誰の所有物でもない。彼女の意思は、何よりも優先されるべきだわ。彼女が全てを理解したうえで、それでもなおついて来ると言うのなら。私に、リアさんを止める意思も資格もなかった。

 私の言葉を、数瞬遅れで理解したらしいリアさん。目を見開いて、紫色の瞳をきらりと輝かせる。


「分かりました。リアが全部、します。夜伽よとぎもします」

「あ、それは大丈夫」

「(シュン……)」


 遠慮した私に表情を暗くしたリアさんだけれど、すぐに顔を上げて、大きく頷いて見せる。一方で表情を険しくしたのはメイドさんだ。


「お嬢様、ご再考を。リアに出来ることならば、わたくしも可能です。何も彼女を連れて行く必要はありません」


 そう言って、持ち前の過保護っぷりを見せる。彼女の心配は、理解しているつもりよ。だって私にとっても、リアさんは大切な姉妹で、家族だもの。傷ついて欲しくないし、怖い思いもして欲しくない。でも、それ以上に、私はリアさんが抱いた想いを、願いを、大切にしたい。


「だから、あなたが守りなさい、メイドさん」

「なにが『だから』ですか。いつもいつも、あなたは言葉が不足していて――」

「私たちの、大切なフリステリアを守りなさい。これ以上に必要な言葉は、あるかしら?」


 なおも食い下がろうとするメイドさんを横目に見て、私は目を細める。大切ならば、守れば良い。安全な部屋の中に閉じ込めておくことは、決して、守ることではないはずよ。もしメイドさんもわたしと同じでリアさんの幸せを願ってくれているのなら、外に出ようとするリアさんを、危険から守ってあげれば良いじゃない。


「もう一度言うわ。リアさんを守って。……ふふっ、あなたになら、出来るでしょう?」


 誰よりも強くて、私が最も信頼している人――メイドさん。彼女にそう言って笑いかけてみる。それでもなお、メイドさんは何かを口にしようと言葉にならない声を漏らして。アイリスさんの、それはもう苦い料理を口にしたような顔をした後。


「……本当に、このお嬢様は」


 それはもう渋々と言った様子で頭を抱えて、リアさんを連れて行くことに同意してくれたのだった。


「こうなると、全員集合したいわね。折角だし、カーファさんも呼びま――」

「「「それはダメ(嫌)です、お嬢様(死滅神様)!」」」


 強い人は1人でも多い方がいい。そんな私の提案は、リアさんを除く3人によって全力で否定された。女性ばかりの面々にカーファさんを入れることに、特に、メイドさんとユリュさんが反対した。


「そう? カーファさん、ああ見えて結構紳士よ?」

「そういう問題ではないのです、お嬢様」

「そうです、そうですっ!」


 どう考えてもカーファさんを呼ぶ方が利点は大きいのに、否定してみせたメイドさん達。論理ではなくて感情の問題のようね。結局、カーファさんを呼ぶことはおおよそ満場一致で否決された。なんとなく可哀想だから、今度、会いに行くことにしましょう。なんだかんだ、喜んでくれるし。……あと、メイドさんに内緒でお小遣いもくれるしね!


 こうして、今回は弱冠1名を除いた全員でタントヘ大陸へと向かうことになったのだけど……。


「い、や、で、す!」


 ユリュさんが食卓の周りを逃げ回っている。彼女を追いかけているのは、シュクルカさんだ。


「そう言わないで下さい! ルカは死滅神様から同行する全員の体調管理を任されているんですから!」


 ローブを揺らしながら、ユリュさんを追いかけるシュクルカさん。食卓、調理場、ソファ、段差。あらゆるものを駆使して逃げ回るユリュさんを捕まえようと必死だ。当然、地上においては耳族であるシュクルカさんの方が有利。〈ステータス〉だって、シュクルカさんの方が上でしょう。

 ただ、耳族は高すぎる身体能力ゆえに、屋内では〈ステータス〉を使えない。踏ん張るだけで床が抜ける、なんて事態になってしまうから。一方で、ユリュさんはその限りではない。私とリアさん以外に触れられることを極端に嫌う彼女はそのステータスを存分に使って、シュクルカさんといい勝負をしていた。


「〈ステータス〉を使っているユリュさんに自力で追いつけているシュクルカさんに、驚くべきなのよね?」


 私はメイドさん、サクラさん、リアさんと一緒に午後の紅茶中。今日用意されているのは果物の茶葉を使った紅茶。レモンと似た柑橘かんきつ系の香りを感じながら、苦みの中にやや酸味のある味わいを楽しんでいた。


「ふふっ。ちっちゃい子が追いかけっこしてるみたいで、微笑ましいかも。でもこの感じ、どっかで……」


 そう言って今日のお茶菓子『卵とバターのふんわり焼き』を口に含むサクラさん。剣の素振りを終えてお風呂を終えた彼女が、今は合流していた。


「……んっ、このマドレーヌ、美味し! さすがリアさん!」

「ありがとうございます、サクラ様。リアもぽかぽかです」


 ほんの少しだけ表情を柔らかくして、ペコリんと頭を下げるリアさん。心なしか、自慢げね。


「確かに美味しいです。……が、この紅茶ですともう少し茶菓子の香りを押さえた方がいいかもしれません」


 褒めそやしたサクラさんとは打って変わって、やはり紅茶にはうるさいメイドさん。美味しいことはきちんと認めつつ、紅茶との相性も考えるよう、リアさんに助言している。そんなメイドさんの言葉に、小さくコクリと頷いたリアさん。次に向けて、紅茶とお茶菓子を交互に食べて、最高の塩梅を模索していた。


「……そう言えば、あの2人。同い年くらいなんじゃなかったかしら?」


 紅茶を片手に、私は背後で駆け回る子供2人を見遣る。並んで見たら分かったこととして、シュクルカさんの方がやや身長が高い。よくよく見てみればシュクルカさん、ここ1年で身長が10㎝くらい伸びていた。総じて身体の成熟が早くて10歳なら成人とされる耳族の人たちだけれど、身体の成長自体は15歳くらいまで続くそうだった。


「年齢……。確か、シュクルカちゃんが13歳、ユリュちゃんが10歳でしたよね?」


 サクラさんの質問に、メイドさんが頷く。


「つまり、中学1年生と小学校4年生……。そっか! 従妹いとこが集合した年末だ! なるほどね~……あっ、ユリュちゃんがついに捕まった」


 サクラさんの声で私も再び2人の攻防に目を向けてみたら、ユリュさんがシュクルカさんに組み伏せられていた。


「あぅ……あうぅ……!」

「クンクン……。未熟で甘い匂いは死滅神様と似ていますね。ですがその奥にほんのりと染み付いた、海の香り。さらに、この独特のすえた匂いは……なるほど、少しだけが甘いから、ですね。いえ、身体の構造的に仕方ないのでしょうか。それに年齢的にもまだ……。なるほど、これがユリュ様の匂い……」


 なんて言いながら、シュクルカさんが尻尾を振ってユリュさんの全身をくまなく触っている。噓か本当か、耳族の人は匂いに敏感だそうよ。シュクルカさんがああして真っ先に匂いを確認するのも、種としての本能らしいわ。……本人談だから、話半分で聞かないと、なのだけど。

 一方で、観念したのか、ぐったりとしたまま今の床に寝そべっているユリュさん。


「あうぅ……。は、けがされました……。悪い大人に、汚されましたぁ……」


 そう言って、ついに涙をこぼす。しかし、それが使命だと言わんばかりに、シュクルカさんは泣いているユリュさんに構わず、彼女の普段着でもあるワンピース(私のおさがり)をめくりあげて、目とスキルで身体の状態を隅々まで確かめていく。


「〈骨視こっし〉……骨に問題は無しですね。外傷は……1つ。これはルカから逃げた時に擦りむいたのでしょう。スキルでの治療は必要なしで――」


 号泣する幼女。それに構わず、尻尾を振りながら興味津々で全身をまさぐ少女。しかもまさぐっている方の顔は服に隠れてしまっている。……知らない人が見たら、勘違いをされてしまいそうな光景ね。


「あわ、あわわわ……」

「など言いながら目を隠しつつも、指の間からしっかりと見る。さすが、むっつりサクラ様です」

「な、何をぅ! 見てないやいっ」

「おかしな話し方をしないで下さい。それに、ほら、目が合うでは無いですか」

「ちょ、メイドさん、近いですって!」


 またもメイドさんとサクラさんが至近距離で見つめ合って、イチャイチャしている。


「むぅ……」

「スカーレット様、リアのお茶菓子と紅茶はどうですか?」

「ええ、最高よ! 大迷宮でもこれが楽しめると思うと、気分も上がるわ」

「はい、リアに全て、任せてください。ご奉仕します。……リアたちもいちゃいちゃしますか?」

「……。それも良いかもしれないわね。私とリアさんの仲の良さ、見せつけてやりましょうか」

「お嬢様?!」「ひぃちゃん?!」「……っ!」


 すぐに私の服の中に手を入れて来たリアさんを、メイドさんとサクラさんが必死で止める。そんな一幕で、賑やかなお茶会は幕を閉じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る