○「――も、一緒に行きたいです!」
サクラさんの真意を聞くことはもちろんなのだけど、時間制限があるかもしれない以上、私たちは急いでタントヘ大陸へ向かわなければならなかった。
「前回は観光をしながらゆっくりと進んで1か月、だったわね?」
「はい。ですが真っ直ぐに異食いの穴へと向かうのであれば……」
邸宅の居間。9月と10月の日程表とにらめっこをしながら、私とメイドさんとで大迷宮攻略について考える。
「まずは第1層。木漏れ日の階層については、朝に出発すれば、2~3日で踏破出来るでしょう」
「そうね。今回はユリュさんのご実家への挨拶は省略させてもらって……」
「第2層。こちらは、時間がかかりそうです。前回通った道を行くのであれば、レストリアまでで2日。そこから洞窟抜けるのに3~4日。余裕を見ても、1週間はかかると思われます」
階層全体が水浸しの大迷宮第2層の攻略には、間違いなくユリュさんの協力が不可欠。
「今回も頼りにさせてもらうわね、ユリュさん」
「はい!」
ソファと座卓の間。ソファを背もたれにして、私の股の間に座っているユリュさんが、私を見上げて元気いっぱいに頷く。泳ぎが得意な彼女に舟を引っ張ってもらわないと、第2層、及び第3層へ続く洞窟を効率良く進めない。しかも、シャーレイのような巨大な生物に襲われたら、ひとたまりも無いもの。
「ポトトもー! 暗い第3層ではあなただけが頼りだわー。よろしくねー?!」
『クルー!』
庭で今もなお剣を振っているサクラさんを見守っていたポトトに呼びかける。と、ポトトも羽を広げて答えてくれた。
「第3層……。不死者の魔物アフイーラルがたくさん居るあそこを踏破するのに、前回は大体10日かかったわよね?」
「はい。しかも、角族のティティエ様がいらっしゃって、です。彼女が居ない今回、戦闘と治療、2つを期待してアレを連れて行くわけですが……」
メイドさんが示したアレとは、シュクルカさんだ。さっきまで健康診断をしてくれていたのだけど、メイドさんの胸囲だったり腹囲だったりを測ろうとした時にセクハラをして、縛り上げられていた。……シュクルカさんが満足に動ける状態にある時間よりも、縛られている状態を見ている時間の方が長いように思うのは、私の気のせいかしら。
っと、話を戻しましょうか。
「えぇっと……。大丈夫なの? シュクルカさんも一応聖女なのだし、私たちが長期間、個人的に拘束すると不都合があるんじゃ?」
普段はウルの神殿で、人々の治療に当たっているシュクルカさん。彼女が居なくなると困る人だって大勢いる。実際、シュクルカさんは毎月、徴収した治療費のほとんどを死滅神の神殿に寄付してくれているのだけど、その額は尋常じゃない。他の信者さんと桁が2つ違うなんてこともざらだわ。
町のお医者さんとして。また、死滅神全体の収入としても。シュクルカさんを個人的に拘束しても良いのか。尋ねた私に答えたのは、他でもないシュクルカさんだった。
「心配ご無用です、死滅神様。ウルにはルカの他にも、腕の立つ“医師”は多く居ます。それに、聖女は“死滅神の聖女”以外にもそれぞれの神様ごとに1名以上は必ず居ます。彼ら彼女らを頼ってもらいましょう」
キリリと表情を引き締めて、自分の意見を口にする。でも彼女、ロープで縛られて、絨毯に転がされている状態なのよね。真面目な話をしてくれているはずなのに、何とも締まらない。まぁ、それはそれとして。
そうよね。何もシュクルカさん1人が医療を担っているわけじゃない。怪我を治療する人だって大勢いるし、ポーションだってあるはずだもの。
――一応、死滅神の神殿全体の貯蓄もあるにはあるし……。
孤児院なんかの運営費についても。何らかの理由で収入がなくなっても、数か月なら持たせられるだけの資金繰りはしてきた。
「……そうね。シュクルカさん。これからしばらく、よろしくね」
「しばらくでは無く一生でも大丈夫です、死滅神様」
「い、いえ。さすがにそれは……」
「その引きつった笑顔。冷たい態度……。痺れますっ」
ロープからはみ出ている茶色い毛並みの尻尾を振って、喜びを示すシュクルカさん。ドン引きね。
「これで、合計17日。余裕をもったとしても、20日はかかる。月をまたぐ前には出発したいわね」
「そうですね……。明日を丸1日、準備に費やすとして。翌日……9月の28日にはイーラを
メイドさんの言葉に頷いて、解散――しようとしたところで。
「リアも、行きます」
これまで午後のお茶会のためのお菓子を作ってくれていたリアさんが、旅への同行を願い出て来た。基本的に受動的な彼女が、こうして会話に割り込んで来るのは稀なこと。驚いてしまったけれど、私の頭は冷静だった。
「待って、リアさん。タントヘ大陸は魔物もたくさんいる危険な場所なの。しかも、あなたも私もホムンクルス。魔物たちにとっては格好の食料で――」
「行きます」
私の忠告に、それでも眉を少しだけ逆立てて、食い気味に反論するリアさん。彼女がここまで自分の意見を口にすることもまた、珍しい。だから私は頭ごなしに否定するのではなくて、理由を尋ねることにした。
「前回は、お留守番していたじゃない。なのにどうして今回は一緒に行きたいの?」
「1人ぼっち……仲間外れは、モヤモヤです。リアの知らないところでスカーレット様たちが傷ついたり、笑ったりするのは、嫌です」
いつになくはっきりと、自分の気持ちを言葉にしたリアさん。ただ、今回は先を急ぐ旅路になる。リアさんの安全を確保しながら進むとなると、どうしても時間がかかる。言い方を選ばないのなら、足手まといだわ。
どうやったら引き下がってくれるのか。考え込む私に、しかし。
「あ、
今度は手を挙げたユリュさんが、リアさんの同道を援護した。
「リアお姉ちゃん、言ってました! 『もっと死滅神様たちの役に立ちたい』って! 悔しそうに、言ってました。だから、だから……あぅ」
勢いが良かったのは途中まで。最後の方は言いたいことを言葉に出来ず、口ごもってしまう。でも、私以外にはほとんど興味を示さないあのユリュさんが、他人を庇おうとした。しかも、恐らく私たちの中でもっとも弱い……。強者絶対のユリュさんにとっては見捨てられて当然なはずの、リアさんを、ね。きっとこれは、ユリュさんにとって大きな変化になっているはず。
胸にこみ上げてくる感情を溜息で吐き出して。私は努めて冷静に、リアさんに目を向ける。
「……そうなの、リアさん?」
ユリュさんの発言が正しいのか、私はリアさん本人に確認する。視線の先。紫色の瞳を左右に揺らして、ためらうそぶりを見せたリアさんだったけれど、小さく縦に首を振った。
普段から物静かで、あまり自分の意見を口にしないリアさん。彼女の内情を探るには、こちらから働きかけてあげないといけない。だから私は、もう少し詳しく、リアさんの話を聞いてみることにする。
「前は、お留守番でした。でも、ただ待つというのは、とてもモヤモヤ……『
自らが感じた感情に、「
「辛くて。なので一緒に行ったマルード大陸なら、リアは役に立てると思いました。でも、お使いから帰ったら、部屋が壊れていて。ククル様や、スカーレット様が、リアのせいで傷ついて……」
胸に手を当て眉根を寄せて、ぽつぽつと語るリアさん。私が怪我をしたのはリアさんのせいじゃないし、ポトトはそもそも怪我をしていない。でも、それを言っても、リアさんは納得しないでしょう。彼女は賢い。全てを理解したうえで、それでも自分のせいだとそう言って、自分を責めている。
「やっぱりリアは、何もできません。奉仕どころか、足を引っ張ってしまって。モヤモヤ……『悔しい』です」
俯いたまま
「確かに、リアは戦えません。タントヘ大陸がどういうところかも、知っています。でも……。それでも、リアは――」
そこまで言って、短くなった白い髪を揺らしながら、リアさんは顔を上げる。キッと眉を寄せて目を見開いたその表情は、いつになく
「――リアは、スカーレット様たちと、一緒に行きたいです!」
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