○行く先には不安しかないけれど
お椀もスプーンも茶色い木製。
「いただきます」
『クルック!』
「はい、美味しいので是非、お召し上がりください♪」
このメイド、謙遜しないわね。まあいいけど。早速、湯気を上げるスープを一口。控えめな塩味。その奥に薄っすらと野菜たちから染み出したコクのあるうまみが感じられる。少し物足りない感じもするけど、素朴で味わい深いスープだわ。
「悔しいけれど、美味しいわね」
「知っています♪ お嬢様は目覚めて初めての食事ということでしたので、栄養がありながらもなるべく胃に優しいものをご用意しました」
「なるほど……。だから味付けが控えめなのね」
加えて野菜が驚くほどに柔らかい。料理の知識はあまりないけれど、短時間煮込んだだけでこれほど柔らかくなるものなのかしら。舌と上あごで潰せてしまう。
「このつぶつぶした豆もおいしい……」
野菜たちと共に透明なスープに沈んでいる茶色い楕円形の豆の食感が楽しい。少し弾力がありながら噛めばプルっとはじける。
「それはスッラですね。体を動かすための栄養も取って頂かないといけませんので」
『クルッ、クルッ♪』
布の上で私達がスープを食べる横で、ポトトも生野菜を食べている。さすがに人間が食べるものは、
そうして3人で食事しながら、話に興じる。少し先に見える街道を時折、ポトトが引く鳥車が通って行った。
「それでお嬢様。ご提案なのですが」
そう切り出したメイドさんが言ったこと。それは、フォルテンシアの国や村を見て回ってみてはどうかというものだった。
「さらに言うのであれば、私の覚えている限りにはなりますが、ご主人様……前任の死滅神様が訪れたことのある町を訪れてみてはどうでしょう?」
聞けば、前任者は民草に恐れられながらも、きちんと信仰され愛されていたらしい。彼に倣うことで、何か掴めるものがあるかもしれない。そう彼女は語った。
「……なるほど。そうね、ひとまずそうしてみましょう」
知力9に成長した思考でひとしきり吟味して、私は同意することにする。というよりも断る理由が無かった。やるべきことは分かっているけど、特にやりたいことがあるわけでもない。そんな今の私には行動の指針が必要でしょう。
そうと決まれば、また新たにやるべきことが見えてくる。目標を決めて、そこに向かって進んでいく。きっと、生きるってこういうことなのね。立ち上がった私は、こちらを見上げるメイドさんに手を差し出す。
「じゃあメイドさん。私について来てくれないかしら? こう見えて何もできないし、何も知らないの」
前回は彼女に同行してもらうことに少し消極的だった。けれど、今なら彼女が知識・思いやり・料理、少なくともその3点においては信用できると確信している。恐らく戦闘もできるでしょう。
いずれにしても、誰の目から見ても私の方が足手まとい。であるならば、たとえ主従の関係だったとしても、彼女に同行して
座ったまま、しばらくその美しい
「かしこまりました。まずは人に物を頼むときの言葉遣いと態度からお教えします♪」
そう言って私が差し出した左手を取ってくれる。
「あなたも。私達の頼れる足になってくれないかしら?」
今度はポトトを右手で勧誘する。恐らく野生の彼女。少し頼りないけれど、服を着せるために襲い掛かって来たメイドさんから私を庇ってくれた。それに何より、可愛い。これが最重要ね。
差し出された手に首をかしげるポトト。一度視線を、メイドさんとつないだ私の左手に向けて。
『クルッ!』
その飛ぶことの出来ない羽を右手に乗せてくれる。
「『嫌よ!』だそうです♪」
「それはメイドさんの意見でしょ? 今ポトトがなんて言ったかなんて、私でも分かるわ」
「残念です……。では、もしもの時の非常食として、こき使ってあげましょう♪」
ポトトは『もちろん!』。そう言ってくれたのだと信じたい。『同じ飯を食えば
そうして食事を済ませた後、私達は町へと向かう。前任者は愛されていたにもかかわらず、殺されたのだという。一体誰が、何のために。今は自分のことで精一杯だけど、いつかその謎を晴らしたいわね。案外、メイドさんの目的もそれだったりして。
「お嬢様、参りましょう」
『クルルルッ!』
「……少なくとも
今はひとまず考えることを置いておいて、私は頼れる仲間2人の背を追って歩き出す。
「では鳥も下がってください。お嬢様と、ついでに私の道行きの邪魔です♪」
『クルッ! クルック!』
「『対等?』ですか? んふ♪ 舐めたことをおっしゃっていると、食材にしますよ?」
「やっぱり不安しかないわ……」
目指すは“諍いの町”ポルタ。ある意味私たちにぴったりの町だったりするのかも。
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