●ポルタにて

○諍いの町

 しばらく続いた草原。時折、草をむ角の生えた4足歩行の白いモコモコした動物、メリの群れがいたり、青空を悠々と鳥が飛んでいたりする。遠くの川は標高の関係で見えなくなったけれど、飲み水の問題もメイドさんが魔法で解決してくれる。彼女は本当に有能で、頼りになるわ。性格が少し困ったものだけれど。


 半袖短パンという軽装を隠すための水色のローブを揺らしながら、のんびりと歩くこと30分ほど。いつの間にか街道の周囲には整地された田畑が並んでいる。私が今はいているズボンよりもより深い茶色い土の毛布では、葉野菜たちが眠っていた。

 今は9月。中央大陸アクシアには四季があり、今は風の季節――秋ね。ひとつ前の火の季節に植えられたらしいそれらの葉野菜は分厚く食感の良いものになるだろうとメイドさんが教えてくれた。


『クル♪ クル♪』


 楽しそうに歌うポトト。歩くたび揺れる尻尾が可愛い。かれこれ1時間以上。少し長い歩きだけれど、彼女のおかげでかなり気がまぎれたわ。

 そうして田畑を越えると見えてきたのは木製の背の低い柵に囲まれた小さな町。街道から続く出入り口には『ポルタ』と書かれた立て看板が置かれている。都合、外からポルタの様子が見えるのだけど。


「街道を分けて右と左でガラッと印象が違うのね……」


 知識しかないけれど、これが奇妙な町だということは分かった。町の中央を割るように走る街道。その向かって左側には木製、右側には土や粘土で出来た建物がそれぞれ並んでいる。1つの町だと言うのに、まるで街道を挟んでにらみ合っているような。そんな印象を受けるのは、ここをメイドさんが“いさかいの町”と言ったからかしら。

 と、私にひらめくものがあった。


「ひょっとして、どちらかが富裕層でどちらかが貧困層……かしら?」

「どうしてそうお思いに?」

「なんとなくだけど、木製の家の方が裕福で住みよいものに見えるわ。それに、背の高い建物も多い」


 別に土製の居住がみすぼらしいわけでは無い。きちんと窓もあり、ドアもあって、タイルなどで色合いも鮮やかにされている。それでもやはり、造りの複雑さや受ける印象は木造建築の方が高価そうに見えた。


「んふ♪ そういうことでしたら、宿は治安のよさそうな左側……木造の地区で探しましょう」

「そうね、と言いたいのだけど、そう言えば私エヌを持っていないわ」


 エヌ(n)は共通語同様、フォルテンシア全土で使われる貨幣通貨、つまりお金のこと。召喚者たちが各地で異なっていた貨幣価値を統一したことが始まりだったはずよ。記号や音はニホンのものを真似ているんだとか。


わたくしが出しますので、お気になさらないでください」

「いいえ、そうはいかないわ」


 メイドさんの申し出はありがたいけれど、彼女に甘えてばかりではいられない。きちんと自立する努力はしなくちゃね。


「私がどこかで働いて稼ぐわ。私達が泊まるには何エヌ必要かしら?」

「……かしこまりました。そうですね。この辺りで素泊まりですと、3000nぐらいでしょうか?」


 3人で3000n。聞いておいてなんだけど、それがどれくらいかは分からない。


「1人頭1000nね……」

「いえ、1500nです♪ さすがに動物は一緒に泊まることが出来ないので、鳥小屋にでも置いて行きましょう♪」


 そうしてまた自然にポトトを除外するメイドさん。でも、今回ばかりは一理あるのよね。置いて行く選択肢は無いけれど、一緒に宿に泊まることはできない。『クルルクル?』と鳴いて、行かないの? と言いたげな可愛い彼女をどうしようかしら。


「お姉ちゃんたち、どうしたの?」


 そうして悩む私に声をかけてきたのは、3人の男の子。彼らの先頭にいた金髪で青い瞳の少年が、私とメイドさんを見て言った。


「もしかして、旅人さん? もしかして冒険者とか?!」


 その問いに素早く反応したのは、後ろの少年2人。1人はふくよかな体型をした坊主頭、もう1人はいかにも気の弱そうな背の低い少年ね。背の低い少年だけは頭部に丸い2つの耳がついている。恐らくだけど獣人じゅうじん族の丸耳まるみみ族ね。


「え、マジで?! いや、でも待てよロック。格好が……」

「そうだよ……。僕はどこかの貴族様じゃないかと思う。だから、あんまり話しかけない方が……」


 目を輝かせたり、失望したり、怯えたり。それぞれがあわただしく気の置けないやり取りをしている。そんな彼らに優しい声で割って入ったのはメイドさんだった。


「あなたたち。この辺りにおすすめの宿はありませんか?」

「わ、近い……。え、えっと、宿だろ? 新区と旧区、どっち?」


 応対したのはやはり、先頭にいた金髪の少年。目線を合わせて話すメイドさんに緊張しているのが年相応で可愛いわ。

 メイドさんが「新区へお願いします」と伝えると、少年たちは私たちの手を引いて案内し始める。ポトトが慌てて後を追って来る中、彼らの言う新区が木造の地区だとメイドさんが補足してくれた。少年たちの身なりは整っている。迷いなく案内してくれているし、きっと新区に住んでいるのでしょう。

 私がポルタの歴史背景に思いをはせていると、5分ほどで少年たちは足を止めた。


「ここ! 俺の母ちゃんのお姉ちゃんが、近所のおばちゃんから聞いたって母ちゃんが言ってた」


 ……言葉遊びか何かかしら。聞いているだけではよくわからなかったけれど、結局は彼のおすすめだということなんでしょうね。


「ポトト連れてるみたいだし、厩舎きゅうしゃがあるところにしたんだけど……」

「お気遣い、ありがとうございます♪ よろしければこれで、お菓子でも買ってくださいね」


 嬉しい配慮を見せてくれた少年たち3人それぞれに紫色の鉱石で出来た100エヌ硬貨を渡したメイドさん。彼らは嬉しそうにそれを抱えて、表通りでもある街道方面に走って行った。


「折角の厚意ですし、今夜はここにいたしましょう」


 メイドさんと共に見上げるのは3階建ての横に長い宿『ライザ屋』。看板には宿泊と食事ができると書いてあるわ。比較的大きい通りに面していて、活気もある。それにポトトが泊まるための厩舎もあるという。


「それより、本当によろしいのですか? 宿のお代ぐらいは今の手持ちでも余裕で払うことが出来ますが」

「ええ、甘えてばかりじゃダメだもの。まずは値段を聞いて、それから私でもできそうな日雇いの仕事を探しましょう」


 メイドさんからお金を借りるのは、仕事が見つからなかったときにしましょう。一応、彼女の主人でもあるのだから、威厳は保たないとでしょ?


「ポトトはしばらくここで待っていて? すぐに戻ると思うから」

『クルルルッ!』


 少し心苦しいけれど足に係留用の縄を括り付ける。本人が嫌がってなさそうなのが幸いね。そうして通りでポトトを待たせ、鐘の音を響かせた私とメイドさんはライザ屋に入った。

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