○きっとこれは、再会を願う言葉

 メイドさんと一緒にポルタの夜景を堪能した日から2日が経った早朝。鳥車や食料など必要な物を買い込んだ私、メイドさん、ポトトはポルタの東端にいた。

 値切りという交渉術を知ってから出費が目に見えて減ったけれど、それでも所持金は10000nぐらい。多すぎると賊に狙われます、とはメイドさんの言。特に私たちは女3人(2体と1匹)だから、狙われやすいらしかった。

 鳥車は荷台と御者が腰かける椅子、前面に突き出たポトトを結びつける棒が2本という単純な造り。ほろも無い。メイドさんが荷物の積み込みと、牽引するための丈夫な綱をポトトの体に結び付けてくれている横で。


 私は見送りに来てくれた2人と話していた。


「気を付けて行くんだよ、スカーレット」

「またいつでも戻って来ていいから」

「ありがとう。必ずまた、寄らせてもらうわ」


 赤銅色の髪をお団子にまとめたライザさん。そして、短身たんしん族特有の鈍色にびいろの髪を後ろで無造作にまとめたイズリさん。どちらも私が死滅神と知りながら、気さくに接してくれた人たちよ。


「結局最後まで、敬語は身につかなかったね。まあ、客はむしろそれが良い、みたいなこと言ってたけど」

「ごめんなさい。でも、なかなか難しくて……です……わ?」

「あはは! 確かにスカーレットらしさは無くなるね」


 髪と同じ色をした瞳を細めて豪快に笑うライザさん。170㎝あってガタイも良い彼女の笑いには威圧感がある。敬語はかなり練習が必要だわ。

 慣れない敬語に苦しむ私に歩み寄ってきたのはイズリさん。短身族だけあって、28歳で成人済みの彼女でも身長は私の胸元ぐらい。私自身も150㎝あるかないかで高くない方だから、1mちょっとじゃないかしら。細い手足に神秘的な毛髪。青い瞳。可愛らしい見た目だけれど、短身族は男女ともに筋力が高い。

 参考になるか分からないけれど、50㎏はある野菜の詰まった箱を軽々と片手で持ち上げていたわ。


「スカちゃん、これ。気に入ってくれていたアールの煮物。レシピはメイドさんに教えておいたから、また作ってもらうの。いい?」

「ええ。働かせてくれてありがとう……です。イズリさん。おかげで少しだけでしょうけど、農業の大変さを知ったわ……ますわ?」

「ふふ、私は敬語じゃないスカちゃんの方が好き」


 可笑しそうに笑うイズリさんに、顔が熱くなる。彼女からは伝統的な保存食の作り方、アールをはじめとした野菜の手入れ、畑の作り方。いろんなことを教わった。何より彼女の作るアールの煮物は私の大好物。お昼ご飯は1つの楽しみだった。


「お嬢様、準備できました」


 タイミングを見計らっていただろうメイドさんが、声をかけてくる。


「分かったわ。ありがとう、メイドさん」

「ライザ様、イズリ様。お嬢様を働かせて頂いて、ありがとうございました」


 プラチナブロンドの髪を垂らして、ライザさんとイズリさんに深々と頭を下げたメイドさん。……何かしら、この居たたまれなさ。恥ずかしさとも違う、居づらさのようなものがあるわね。


「良いんだよ! むしろ、助かったぐらいなんだから」

「はい。ライザさんの言う通り、スカちゃんは良く働いてくれました。こちらこそ、ありがとうございました」

「め、メイドさん。もういいでしょう? 別れもお礼もきちんと済ませたわ。だから、ね? 行きましょう?」


 自分の中にある居心地の悪さから逃れたくて、早口に言う。


「お嬢様、照れていらっしゃいますね♪」

「娘も、私が学校の授業見学に行ったらこんな感じだったね」

「ふふ! メイドさんがお母さんで、スカちゃんが娘なのかしら?」

「もうっ! この空気は何なの?!」


 年上3人のどこか温かい視線から逃げるように、私はポトトの待つ荷台の御者席へと急いだ。


「じゃ、じゃあ行きましょう」

『クックルルーッ!』


 緊張と共に手綱を握る私の声に、ポトトが鳴いて答える。そして歩き出した彼女に合わせて鳥車の左右についた車輪が回り出し、カラカラと乾いた音を立てる。いよいよ出発ね。


「「気を付けて(ね)!」」

「ええ、また!」


 もう二度と会えないわけでもないのに、こんなに寂しいのはなぜ? たった1週間。360日もある1年のうちのたった7日ほどなのに。彼女達と過ごした時間はさらに短いのに、どうして……。


「泣いているのですか、レティ?」

「いいえ、違うわ。だって泣く理由なんてないでしょう?」

「そうでしょうか? 目覚めて初めての人里。初めての出会い、経験、感動。たくさんの初めてを彼女達、そしてポルタから頂いたのです」


 心揺さぶられるには十分でしょう? そう付け加えたメイドさん。

 彼女の言う通り、記憶の無い私が目覚めてからを人生と呼ぶなら、今の私はポルタで一生を過ごしたと言って良い。短い期間ながら、あまりに濃密な経験をしたのだ。


「きっとポルタこそ。レティの故郷になるのでしょう」

「ふる、さと……?」


 その言葉がなぜかしっくりとくる。目頭が熱くなり、頬を水滴が伝う。それでも私は泣いていない。だって涙は悲しい時に流すものだったはず。だからこれは涙などではない。この別れを悲しいものにしないために。


「私は、泣いてないわ」

「んふ♪ かしこまりました。ですが折角です。手を振り返して差し上げてください。手綱はわたくしが」


 そんなメイドさんの優しさに背を押されて。膝立ちになった私は振り返り、遠ざかるライザさんとイズリさん、そしてポルタに手を振る。きっとこの距離なら、顔は見られていないはず。……泣いてないから別にいいのだけど!

 そして、私は思い出す。きっとこの別れに相応しい、その挨拶を。思えば一度も口にしたことが無かった言葉はきっと、この時のためにあったのね。


 ポルタと彼女たちが見えなくなる前に、私は大声で叫ぶ。再会を願う、その言葉を。


「行ってきます!」


 そして感謝の気持ちを込めて、ポルタが見えなくなるその時まで。ずっと、ずぅっと、手を振り続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る