○ルゥちゃんさん
「あら、ごめん遊ばせ。立てる?」
そう言って、尻餅をついた私に手を差し出したのは可愛い女の子だった。赤っぽい髪に同じく赤味の強い瞳。パチリとした目は少し垂れていて、どこか柔らかな印象を受ける。フリフリと装飾の多い淡い色合いの服は、見るからに高級なものだと分かる。実際、言葉遣いからしてもかなり裕福な身分の子供なんじゃないかしら。
「あ、ありがとう。でも平気よ。1人で立てるから」
「あら、そう?」
死滅神としての意地で、手は借りずに立ち上がる。スカートの裾を
「驚かせてしまって、ごめんなさい。わたくしはルゥルゥ。
肩にかからないくらいの波打つ髪を揺らして、お辞儀をしたルゥルゥさん。その手には、服と同じ色合いの傘を持っている。サクラさんから聞いたことがあるわ。あれは『日傘』ね。デアの光からお肌を守るのだと、熱弁された覚えがある。
挨拶には、挨拶で応えないと。私も胸に手を当てて、膝を折って自己紹介を済ませる。
「私はスカーレット。職業は……」
と、そこで私は考えてしまう。ルゥルゥさんはどう見ても子供だ。そして、親は必ず子供にこう言い聞かせているはず。『悪いことをしたら、死神様に殺される』ってね。実際、悪行を重ねれば私が殺しに行く。そうして小さな頃から死滅神への恐怖が刷り込まれている。
『だから、フォルテンシアでは犯罪が少ないのかも?』
そんな考察を、サクラさんが口にしていた。
死滅神の仕事に、私は誇りを持っている。だけど、わざわざこんな小さな子を怖がらせる必要はないんじゃないかしら。
「
「……秘密にしておくわ。それより、どうしたの? 私に何か用かしら?」
さっき、ルゥルゥさんの方から話しかけてきた。何か用があったのかと思ったのだけど、ルゥルゥさんは柔和な笑顔で首を振る。
「うふふ。お散歩をしていたら、可愛い女の子を見かけたものだから、つい。スカーレットちゃんは1人? 迷子かしら?」
口に手を当てて、上品に笑うルゥルゥさん。その姿はメイドさんやリアさんとはまた違う、可愛らしさを前面に押し出したお人形のようでもある。
「迷子ではないけれど、保護者……仲間とはぐれてしまったの」
「まぁ! それは大変ね。スカーレットちゃんさえ良ければ道案内でもしましょうか?」
願っても無い申し出ね。ということは、ルゥルゥさんはこの辺りの地理に詳しい地元の人ということになる。
「……良いの? 私、今は何もお返しすることが出来ないわよ?」
「うふふ。気にしないで? 困っている人を助けるのは、貴族として当然だもの」
くすくすと。気品あふれる笑い方で、こともなげに言ってくれるルゥルゥさん。……なぜかしら。彼女を見ていると、こう、くだらないことで意地を張りがちな自分がさらにちっぽけに見える。
とりあえずわかるのは、ルゥルゥさんが良い人だってこと。メイドさんには「善人は疑ってかかれ」なんて言われているけれど、そんなのは嫌。私は、フォルテンシアに生きる全ての命を信じて、愛しているもの。
「えっと……。そ、それじゃあ、よろしくお願いするわ、ルゥルゥさん」
「ええ。それと、わたくしのことは『ルゥ』に『ちゃん』をつけて呼んでくださるかしら? 仲が良い人はそうすると聞いたの」
仲が良いだなんて。出会って間もない私にそう言ってくれるルゥちゃん……さん? は優しい子ね。助けてもらうわけだし、ここは素直にルゥちゃんさんのいうことに従いましょう。
「えぇっと……ルゥちゃんさん? でいいのかしら」
「うふふ、スカーレットちゃんってば、変な呼び方。だけど、ええ。それで良いわ。これで私たちは友達ね? それじゃあ、こっち。魔動車を待たせているの」
魔動車で移動するのね。個人用の魔動車を持っているなんて、やっぱりルゥルゥさんはお金持ちなのかも。彼女の言う通り、公園から少し離れた場所には1台の真っ黒な魔動車が止まっていた。そばには車に負けないくらい黒い服装の男性が立っている。
「ルゥお嬢様。そちらの方は?」
「わたくしのお友達よ。これから彼女を案内するから」
「ルゥお嬢様の、お友達……。かしこまりました」
そんなやり取りがあった後、黒服さんが魔動車の扉を開ける。
「さぁ、乗って、スカーレットちゃん?」
日傘をたたんだルゥルゥさんに言われるがまま、私は初めての魔動車に乗り込む。初めて乗る魔動車の椅子はソファのようにふかふかで、振動を良く吸収してくれそう。運転は……あの棒で行なうのかしら。エイ語の「H」のような形をした突起物が、運転席と思われる場所に突き出していた。
私に続いて乗り込んできたルゥルゥさんが私とピッタリ肩を合わせたところで、黒服さんが魔動車の扉を閉める。そのまま運転席に乗り込んだ黒服さんに、ルゥルゥさんはただ一言。
「出して」
とだけ言った。魔石燃料で動く魔動車が静かに、ゆっくりと動き始める。
「あれ? ルゥルゥさ――」
「『ルゥちゃん』」
言葉を無理やりさえぎられて、笑顔で呼び方を訂正される。
「る、ルゥちゃんさん。私まだ、どこに行くか言っていないけれど」
「うふふ、そうね。だけどわたくしとスカーレットちゃんが行く場所はもう、決まっているの」
「……え?」
状況が飲み込めずに眉根を寄せる私と、笑顔のルゥルゥさん。そして、無表情な黒服さん。3人を乗せた車は静かに住宅街を走り抜ける――。
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