○ありがとう、みんな

 研究所の出入り口のそばにいた私たちとイチさん達との距離は30mくらい。メイドさんの小脇に抱えられた、傍から見ればちょっと格好悪い私。

 目に映るのは触れれば即死の高熱高温の光の筋。それを放つイチさんをめがけて走っているんだもの。当然、何度も何度も光がスレスレを通り過ぎて行く。その度に、赤竜の〈ブレス〉であぶられたような熱さが襲う。


「きゃぁぁぁ!!!」


 叫ばずにはいられなかった。ケーナさんに迫られた時と言い、今と言い。今日は死にかけることが多い気がするわ!


「叫ぶお嬢様、新鮮です♪」


 メイドさんが声色軽く言いながらイチさんとケーナさんのいる場所へと走る。口調こそ軽やかなものだけど、視線は常にイチさんと〈光線〉に向けられている。私の命とメイドさん自身の命。その両方を握っていることもあって、いつになくその表情は真剣だった。


「おわ、スカーレットちゃん、発見! しかも、もしかしてもう1体、ホムンクルスが?! それとも持ち主?!」

「はい、お嬢様はわたくしのもです♪」


 近づいてくる私たちに気が付いたケーナさんが、はしゃいでいる。……待っていなさい。すぐに殺してあげるから。あと、メイドさん。私は誰の物でもないわ。


「何をしに来たのかは知らないけど、ここで万が一にでも成功体イチを壊されても困るし、残念だけど。――イチ!」

『――――!』


 そんなケーナさんの言葉で、これまで乱雑に撃っていた〈光線〉が私たちを狙い始める。私を抱いていない左手で身体の均衡バランスを保っているメイドさん。両手が使えたなら、例えばナイフを投げたりできたのでしょうけど……。


「メイドさん! 危なかったら、あなた1人でイチさん達を倒してくれてもいいわ!」


 わがままを言っているのは私。本当は自分の手でイチさんとケーナさんを殺したいけれど、そうも言っていられない。メイドさんが居なくなる方が嫌だもの。

 だけど、そんな私の提案にメイドさんが首を振る。


「いえ。お嬢様が対象を殺すことに意味があるのです。何よりわたくしは“死滅神の従者”――」


 ケーナさん達まであと5メートルも無い。と、ついに〈光線〉がメイドさんの長い髪の数本をかすめた。きれいな白金色の髪が風に舞う。声にならない悲鳴を上げる私に、大丈夫だと言わんばかりに優しい笑顔を見せてくれるメイドさん。なんだかんだ言って、いつも私を支えてくれている彼女はその温かな笑顔のまま、


「――主人の願いを叶えることこそ、至上の喜びなのです」


 魔素に反応しやすいホムンクルスらしく翡翠の瞳を輝かせて〈光線〉を避ける。それでも、


「すごいや! だけど、さすがに近づきすぎだよね?」

「腕の1本ぐらいなら、平気です」


 ほとんどゼロ距離から放たれる〈光線〉はさすがのメイドさんでも避け切れない。一つ目の怪物になってしまったイチさんの黄色い瞳の前に、魔素が集約していく。やがて魔素は世界の仕組みに従って、〈光線〉というスキルの形をとる。

 メイドさんというホムンクルスの性能の高さに歓喜したのでしょう。嬉しそうに言ったケーナさんの言葉に、メイドさんが自身の身を切る宣言をした、その時。

 一条の青い光が私の視界の端をかすめる。直後、飛び散る血液が見えた。


『――――?!』


 苦しみとは違う、痛みのような叫び声をあげたのは、イチさん。狙いが外れた〈光線〉はメイドさんの腕を消し飛ばすことなく、外れる。

 何が起きたのかとイチさんを見てみれば、分厚い胸板には1本の矢が刺さっていた。そこで私は思い出す。そう言えばこの町には、冒険者をしている天才弓術士サクラさんがいるんだったわ。騒ぎを聞きつけて、相棒ポトトと一緒に駆けつけてくれたのでしょう。


「さぁ、お嬢様。行ってらっしゃいませ」


 イチさんが痛みにもがいて〈光線〉を撃てない今が好機。メイドさんが私を地面に下ろしてくれる。


「ありがとう、みんな」


 私をここまで連れて来てくれたメイドさん、サクラさん、ポトトに感謝を言って、私は最後の一歩を踏み出す。世界に与えられた私の役目と、自分勝手な願いを叶えるために。

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