○殺すこと、殺してあげること

「レティ、もう一度跳びます!」

「えっ」


 私を横抱きにしたまま張り詰めた声でメイドさんが言って、彼女が跳び上がる。そのままメイドさんは、私を抱える腕に力を込めて空中で縦に一回転。上下反転する私の視界。この光景、なんだかポルタを思い出すわね。なんて私が思っていた直後だった。

 目を開けていられないほどの光と熱さが私たちを襲う。だけど、それを感じられるということは、私がまだ生きているという証でもあった。

 光が止むと同時に瓦礫の上に着地したメイドさん。


「あうっ……」

「おっと、すみません、お嬢様♪」


 着地の衝撃で私は肺から空気を漏らす。……何があったの? そう思って、瓦礫の上から地面を見下ろす。と、さっきまで私たちがいた場所の石畳は赤熱して、溶けたような跡があった。溶け跡は後方、道を挟んだところにあった住宅の壁も貫いていて、もしその射線上に人が居たのなら、どうなったのか。考えるまでも無いわね。


「な、何が起きたの……?」


 またも自分が死の淵にいたことに戦慄する私をよそに、


「〈光線〉に属するスキルでしょうか。危険度の高い魔物や魔族、勇者などが持つスキルだったはずですが……」


 視線を怪物に向けたまま、メイドさんは何が起きたのかを冷静に分析している。と、怪物になったイチさんの背後から、ケーナさんが現れた。地下室にいたのでしょう。屋敷の倒壊に巻き込まれずに済んだようだった。


「本当はボクに逆らったことの罰のつもりだったんだけど、うまくいって良かったね、イチ! 欲を言えば、あの完成したホムンクルススカーレットちゃんで実験したかったけどね!」

『――――!』

「さぁ! ボク達で塔の連中に示してやろう! 魔法道具だけじゃない。魔法生物の可能性を!」


 両手を広げて目を輝かせて、楽しそうに語るケーナさん。彼女の声に応えるように叫んだイチさんは、〈光線〉をまき散らす。そこからは、人々の悲鳴と閃光が飛び交う、まさに惨状と言って良い状況だった。

 もし私がケーナさんに捕まっていれば、解剖された挙句あんな姿になっていたかもしれなかったということ。その事実に、私の背中を冷たい汗が伝う。同時に。


「イチさん、泣いてる……?」


 自身が放つ〈光線〉の光に照らされて、イチさんの瞳には光る物がある。繰り返される叫びは間違いなく、苦しみから来るものだった。


 ――悔しい。


 少しほつれのある服を握りながらケーナさんのことを嬉しそうに話していたイチさん。優しい顔でフリステリアの世話をしていたイチさん。ずっと1人ぼっちで、それでもケーナさんのために一生懸命身の回りの世話をしていたイチさん。


「あれだけ自分を慕ってくれるイチさんを物みたいに扱って。苦しめて……。あまつさえ自分の欲望のために利用するなんてっ」


 ――許せない。


 人を人と思わないケーナさんの態度を容認するわけにはいかない。かけがえのない命を物のように扱う存在を、許すわけにはいかない。


「奴隷にも、魔法生物わたしたちにも……命はあるの!」


 職業衝動に飲まれつつある思考で、私は決める。


 ――イチさんを殺してあげる。


 苦しみから解放してあげる。人を傷つける。そんな罪をもうこれ以上、イチさんに背負わせたりはしない。そして、


 ――私の“敵”であるケーナさんを、殺す。


 確かに彼女は職業ジョブに従って、“研究”をしていたのでしょう。だから、フォルテンシアも彼女を裁かない。裁けない。

 それなら。この世界でたった1人。命の終わりを司る者として。命をもてあそぶケーナさんのような研究方法と考え方を、死滅神である私が否定する。使命のためとはいえ多くの命を奪った存在を、私が許さない。


「メイドさん。私をイチさんと、ケーナさんの所に連れて行って」


 こらえ切れない怒りと使命感をおもてに出して言った私の顔を、翡翠の瞳で見つめたメイドさん。1秒ほど。私の覚悟を確かめるような間を置いた後。


「仰せの通りに」


 目礼をして、私を瓦礫の上に立たせる。そして、手足を縛っていた縄をナイフで斬った。……さて、ここから四方八方に〈光線〉をまき散らすイチさんにどう近づくのか、作戦会議を――。


「では……失礼いたします」

「えっ」


 即断即決と言わんばかりに、右の脇に抱え上げたメイドさん。後ろの人にお尻を晒す、そんなみっともない格好を私にさせたかと思うと、


「参ります♪」


 イチさん達めがけて超速で駆け出した。

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