○使命を果たす意味
お昼ご飯を済ませて、午後。ソファの前にあるローテーブルを使って、私とサクラさんとでお互いの世界について教え合う。これまでもたくさんのカタカナ語を聞いて来た。例えば、自動で動く階段『エスカレーター』、万能板『スマホ』、無敵通信『ワイファイ』とか色々ね。その多くが電気で動いていて、人々の生活を支えているのだとか。
フォルテンシアにも電気技術はあるはずだけど、一部地域……召喚者の子孫が多く住むナグウェ大陸ぐらい。それ以外は、魔法技術の方が優勢だった。
「パリが『レタス』で、ティトの実は『トマト』なのね」
「大体、だけどね~。切ったりしたらおんなじってだけで、見た目は全然違うもん」
サクラさんの
「そう言えば、パンって何からできてるの。日本だと小麦粉からだけど」
「パンはユェダ粉からできているはず。ユェダは先っぽがふさふさした黄色い植物ね」
「ひぃちゃんの絵、クセ凄いな~……。なるほど、ユェダが小麦っと……」
私が描いたユェダの横に、サクラさんが自分で要点を書いていく。
「ユェダ粉と言えば……メイドさん、本当に手伝わなくていいの?」
私が声を張って尋ねたのは、
お菓子作りもいつかは習得したいと思っているけれど、
「これは従者たる
やんわりと断られてしまう。それが自身の
漂って来る甘い香りが私を誘う。今こうして勉強を頑張れているのも、お菓子のためというのもあった。たくさん考えて疲れた頭で食べるお菓子って、どうしてあんなに美味しいのかしら。
「――ちゃん?」
今日のお菓子は何? 紅茶はどんなもの? 思考が甘く染まって、一気に勉強から気が逸れてしまう。……ダメよ、
「ひぃちゃん!」
「わっ、どうしたの、サクラさん?」
上の空だった私の耳に、サクラさんの声が届く。すぐ横を見れば、眉を逆立てたサクラさんが居た。
「職業衝動ってどんな感じって聞いてたんだけど、もういい」
「あ、待って、ごめんなさい! ……です」
完全に私が悪いから、ただ謝ることしかできない。精一杯、誠意を込めて頭を下げる。
「むんっ……許します。ってごめんね、ひぃちゃん。まったく気にしてない」
「そ、そう……? それなら良かったわ。本当に」
サクラさんの笑顔が見られて一安心。話を戻して、職業衝動の話だったかしら。感覚の話だから言葉にするのは難しいけれど……。
「職業衝動は、そうね。こうしなくちゃいけないっていう気持ちで一杯になる感じかしら。体も、半分無意識に動いているわ」
「そうなんだ。それが、フォルテンシアでは当たり前?」
それを肯定しようとして、私は少し考える。私の場合は殺すことが
ちょうど勉強が手に着かなくなったところだし、サクラさんと連れ立って調理場に居るメイドさんに直接聞いてみる。
「メイドさん。メイドさんにも職業衝動はあるわよね? どんな時に、どんな感じなの?」
メイドさんはちょうど、クリームを泡立てているところだった。私とサクラさんに翡翠色の瞳をちらりと向けたメイドさんは、調理の手を止めて答えてくれた。
「
「声って男の人? 女の人?」
「どうでしょう……
サクラさんの問いに、メイドさんが答える。私も同じように聞こえるわ。いろんな人の声と重なって、自分の声が聞こえる。そんな感じね。
「メイドさんは最近だと、いつ声を聞いたの?」
「ウルでお嬢様が赤竜に襲われた時、でしょうか。あの時はシュクルカの鼻とフォルテンシアの声でお嬢様の位置を特定しました」
なるほど。あの時、2人が私の窮地に間に合ったのは、そういう事情があったみたい。それにしてもシュクルカさん、出会い頭に私の体臭をかいでいたのはそう言うことだったのね。良かったわ、てっきり変態だとばかり思っていたもの。……ん? “死滅神の従者”であるメイドさんに衝動があったんだったら、“死滅神の聖女”のシュクルカさんにもあったはず。だったらシュクルカさん自身も匂いなんて辿らずに私の居場所を特定できたんじゃ――。
「なるほど~。最初に自分が何をしたらいいか教えてくれる、先生みたいなもの……なのかな? で、成長したら必要な時以外には聞こえなくなる、みたいな」
サクラさんが職業衝動についてそんな風にまとめる。先生、教師。私たちはフォルテンシアの民、ひいては子供と考えるなら、親の声とも言えるのかも。
「自らの意思で職業の役割を果たせるようになれば、聞こえなくなるのかもしれませんね。……ちょうどケーキが焼き上がりました。お嬢様、サクラ様。飾り付けを手伝って頂けますか?」
「いいわ、今度は失敗しないんだから」
腕まくりをして調理場へと踏み込む私の背後で。
「そう考えると、なんか考え方を矯正されてるみたい……? ちょっと怖いかも」
そんなことをサクラさんが呟いていた。
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