○目覚めるとそこは……

 心地よい風が頬を撫でる。背中から伝わってくるのは柔らかな草と土の感触。まぶたが重い。目を開けるのも億劫おっくうね。このまましばらく眠っていようかしら、なんて思っていたら身体をゆすられる感覚があった。


『クルルゥ?』


 気のせいかもしれないけど、鳴き声のようなものも聞こえた。けれど、やっぱり睡魔には抗えない。だってこんなにも日差しが気持ちいんだもの。


「あと5分……ううん、1時間だけ寝かせて欲し――」

『――クルゥッ!』


 鋭い声が聞こえたかと思うと、いきなり腹部に鈍器で殴られたような衝撃があった。しかもその先端はとがった物らしく、深々との柔らかなお腹を抉る。そのあまりの衝撃に私は覚醒せざるを得なかった。


「痛っ! 何するの、よ……?」


 あまりに強引な起こし方に語気を荒らげて身を起こす。と、そこには私の背丈よりずっと大きい、体高2mはあろうかという鳥がいた。全身を覆う白い羽毛。一方で翼や顔、胸元には黒い羽毛が生えておりアクセントになっている。が無いことからメスだということも分かった。

 どうやらその黒くて鋭いくちばしでつつかれたみたい。思わぬダメージに私は彼女とりを睨みつける。


『クルルルゥッ!』


 けれど、そうして警戒する私などお構いなしに嬉しそうに鳴いて頬ずりしてくる。真ん丸なシルエットが特徴的な彼女とりを私は知っていた。

 その名もポトト。巨体故に空を飛ぶことはできないんだけど、代わりに発達した健脚と温厚な性格は鳥車ちょうしゃ引手ひきてとして人気だったはず。

 けれど、周囲をサッと見渡してみても前方に広がる草原や川と背後にある森以外、鳥車の姿は無い。


「野生のポトトかしら……。というかどうして私、こんなところに……?」


 首を傾げた私をマネしてか、ポトトも首を傾げて不思議そうにしている。そのつぶらな瞳と可愛らしい仕草に不覚にもきゅんとしてしまう。


「オホンッ。ひとまず……〈ステータス〉」


 『行く末はまずステータスから』、なんてことわざがあるように、誰にでも使えるEランクスキル。きっと私も持っているはず。そう思って試しにスキルの使用を言葉にしてみた。すると脳内に数値と単語が現れる。


名前:-

種族:魔法生物 lv.1  職業:■■■

体力:58/100(+15)  スキルポイント:27/30(+6)

筋力:5(+2)  敏捷:5(+2)  器用:10(+4)

知力:5(+3)  魔力:10(+5)  幸運:0(+1)

スキル:〈ステータス〉〈■■〉


 予想通り、“自分”についてある程度知ることはできた。どうやら私は魔法生物みたいね。魔法生物にも様々いるけど私は人族を模して作られた、いわゆる『ホムンクルス』みたい。

 他にも、胸にふくらみがあって股間には無いことから女であること。それについては無意識に“私”と呼称していたことからも分かっていたことなのかも。瞳の色は分からないけれど、目鼻立ちはあまりはっきりしていなさそうね。

 立ってみればポトトの白と黒の羽毛の境目。胸元少し上ぐらい。となると150㎝ほどかしら。胸の下ぐらいまである癖のないストレートの髪色は黒。着ているのは簡易な植物製の黄色っぽい服。


「奴隷みたいね」


 そんなみすぼらしい服装の割には長い髪の毛がきれいだったりするのは謎ね。

 それにしても、色々と記憶が抜け落ちている。具体的には、自分に関することがおおよそすべて抜け落ちていた。名前、年齢、出身地。ここが惑星フォルテンシアであることも、中央大陸アクシアであることも分かる。だけど、“自分”に関する記憶が一切ない。


「一体、どうなっているの……?」


 血管が浮きそうなほど白い手足。生きていれば経験値が入って、おのずと上がる『レベル』。けれどその値も、ここまで身体的に成長しておきながら“1”。今まで私はどうやって生きてきたのかしら。ひらめきや知識量を示す『知力』の値が低いせいか、うまく頭が回らないわ。

 まあ、数値が全てでは無いのでしょうけど。


「あなたは何か知ってる?」

『クルゥ?』


 ダメもとでポトトに聞いてみても帰って来たのは首をかしげてぱちりと瞬きをする動作だけ。……やっぱり、可愛いわね。けど恐らく、この子の強烈なつつき攻撃のおかげで体力が半分近くになっている。あれをもう一度食らうようなことがあれば、私はきっと昏倒してしまう。

 なんとなくポトトに背を向けないようにしながら、私は途方に暮れる。


「これからどうしようかしら……」


 生態も人族とほとんど同じ、ホムンクルスであるところの私。差し当たって食事が必要になる。どうやってここまで来て、何を目的に作られたのかは分からないけれど……。


「お腹が空いたわ……」


 声に出してみると、呼応するようにお腹が鳴る。

 そう言えばポトトは余すことなく“有用”だと言われていることを思い出す。『引手ひきてにしてよし食べてよし』『旦那死んでもポトトは生かせ』と言われるほどフォルテンシアでは重宝されている。空腹を自覚した私は、気持ちよさそうに毛づくろいをするポトトをチラリとみる。


「……無理ね」


 地力の差がありすぎる。今襲い掛かっても返り討ちにあってお終いでしょう。

 武器も無ければ体力も、食料も無い。自分についてもろくに分からない。私を探す“仲間”や“友人”が近くにいるかもしれないため、迂闊にこの場を動くこともできない。……どん詰まりね。


『クルッ!』


 行き詰っていた状況が、鋭く鳴いたポトトの鳴き声で動き出す。私も彼女ポトトにつられて森の方を振り返る。すると木々の間を縫って何か――誰かが動いていることが分かった。それも複数人。


「おい、そっちに行ったぞ!」

「しゃらくさいっ! うわっ」

「このくそアマァ! ふぅぇぶっ」

「おい調子に――ぐあっ」


 どうやら戦闘が起きているようね。『アマ』って女の人の事よね。男たちが戦っている相手は女の人かしら。なんて考えていたら、ものの数秒で森にはまた沈黙が帰って来た。


「……どうしようかしら?」

『クルゥ……』


 ポトトと2人、考える。停滞した現状を変える手立てにはなるかもしれない。けれど、あまりいい状況では無いことも分かる。寝ぼけていた私のせいでもあるけれど、誰かさんのおかげで体力も半分ほどしかない。

 うかつな行動は避けるべきね。ひとまずは身を隠そう――と、判断した時には遅かった。


「どちら様ですか? ご主人様を失って傷心中のわたくしは今、絶賛憂さ晴らし中なのですが?」


 凛と張り詰めたような声が背後から聞こえる。


「っ?!」『クルゥ!』


 私とポトトが同時に、それも恐る恐る振り返る。そこには草原を吹くそよ風にプラチナブロンドの髪を揺らして佇む少女。


 そして、その手には血で赤黒く染まった小型のナイフが握られていた。

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