○翡翠の少女
「
そう言って姿を見せたのはプラチナブロンドの髪を揺らす少女。頭に乗るフリルのついた髪留め、淡い黄緑のワンピースのドレスに、こちらもフリルをあしらった白い前掛け。翡翠の瞳は私と隣にいるポトトを見ているようで、何か別のところを見ているようでもあった。
そんな奇妙な格好をした少女は肘まである白く滑らかな生地の手袋をしていて、手にはナイフが握られている。先ほど森から聞こえた男たちの悲鳴を生んだだろうその凶器にはベッタリと血がついていた。
私、死ぬのね……。
瞳を細めて酷薄に笑う彼女を見て私は己の死を察する。隣にいる真ん丸な鳥ポトトも身体を硬直させていた。……というより気絶していないかしら、この子?
背の低い草花と、少女のくるぶしまであるワンピースのスカートが風に揺れていた。
ふと、彼女が凶器を手にしたまま私に向かって来た。何か、何かしなければ。このままでは殺されてしまう。何も知らず、分からないまま死ぬのはごめんだわ。私はひとまず知性の証明として、対話を試みた。
「は、話をしましょう? 実は私記憶が無くって。だから何か知っていれば教えて欲しいのだけど――」
必死に延命措置を図ってまくしたてる私に、それでも彼女はお構いなしに近づいて来る。いや、そんな生易しいものではなかった。気づけば目の前に彼女がいて、私の首筋には冷たい“何か”が押し当てられていた。ヒクッと私の喉が無様に鳴る。
「どうしてあなたからご主人様の気配がするのですか? 答えて下さい」
間近でこちらを睨みつける翡翠の瞳。身を低くしている分、彼女が私を少し見上げる形だ。光も感情も映さないその目だけで、簡単に人を殺してしまえそうだった。
「し、質問の意味が分からないわ。あなたの言う『ご主人様』も知らないわね」
捕食者のような鋭い視線にマヒしている思考を必死に働かせ、平静を装う。けれど、もちろん無理。返答はしどろもどろだし、声も上ずってしまった。
私の言葉の真偽を確かめるように、彼女はスゥッっと緑色の目をさらに細める。首筋にナイフを当てられたまま息のかかりそうな距離で行なわれる問いかけ。それは詰問、あるいは尋問と呼ばれるものでしょう。とりあえず、嘘をつけば命が無いだろうことは今の私の知能でも分かった。
そうして見つめ合うこと数秒。
「〈鑑定〉」
彼女がスキルを発動した。〈鑑定〉は目を合わせた相手のステータスを覗き見るB級スキル。対象の知力が自分よりも高ければ失敗することもあるけれど、悲しいかな、私の知力は5しかない。
「……レベル1ですか? 名無しで、魔法生物――」
案の定、簡単にステータスを見られてしまった。でもこれで、彼女も私と同じ疑問を抱いたはず。どうやって私は生きて来たのかと。これで私の記憶が無いという発言にも少しだけ信憑性が増したんじゃないかしら。
「――それに真っ赤な瞳。あなた、
同じと言ったことから、彼女も魔法生物なのかしら。どうりで完成された見た目をしているわけね。それと、私の目が赤色だということも知ることが出来た。
いえ、そんなことよりも。先の彼女の質問に、ひとまず私はうなずく。そして、必死の思いで絞り出した推測も口にしてみることにした。
「ええ。恐らく誰かに作られて、さっき目覚めたばかりなんだと思うの」
「ではどうやってここまで来たのですか? あなたのような完成度の高いホムンクルスを製造できそうな設備がある施設など、この辺りにはありませんでした」
「それは……私が知りたいくらいよ」
ごくりと喉を鳴らし、彼女の反応を待つ。……正直、そろそろ疲れて来た。殺すなら一思いにやってくれないかしら。もちろん生かしてくれる方が良いのだけど。
それから、隣で立ったまま死んだふりをしているポトトもいい加減腹が立ってきたわ。生存本能としては正しいと思うと少しだけ溜飲が下がるけれど。
静かな風が、私の黒い髪と彼女の白金の髪を揺らす。
「――分かりました」
そう言って目を閉じ、少女が身を引く。途端、思い出したように私とポトトは荒く呼吸を繰り返した。
「ひとまずあなたを殺しても、
だから、殺さない。逆を言えば、彼女の機嫌を損ねてしまっていれば殺されていた可能性があったということになる。私もポトトも命拾いをしたようね。肝を冷やしながら私たちが呼吸を整えている間、少女は何かを考えるように立ち尽くしていた。
それにしても、改めて見ると本当にきれいな子。瞳と同じ色をしたワンピース型のドレスに白い前掛け。頭に乗ったカチューシャのような髪飾り。風に揺れる肩よりやや長い丈のプラチナブロンドの髪。鋭さと柔らかさを併せ持ったような雰囲気を持つ少女が黙って晴天を見上げる様は、まさしく“お人形”のようだった
ようやく息が整ってきた頃。
「それで……名前を聞いても良いかしら? それと、私について何か分かることは無い?」
私に
そんな私の問いかけに顔を上げた少女。
「ご主人様の気配があることから、おおよそ推測出来ることもあります」
能面のような感情の見えない口調で言って、少女は手にしていたナイフを虚空に消し去った。恐らくスキルの中でも最上位のS級スキル〈収納〉ね。好きな時に好きなものを虚空から出し入れ出来る、とても使い勝手のいいスキルだったはずよ。
「本当?」
「はい。ですが、確かめないことには何とも――」
『クルゥッ!』
彼女の話を遮ったのは、いつかと同じくポトトの鋭い鳴き声だった。やっぱりこの子、気絶した振りをしていたのね。でも今はそんなことより――。
「おいおい、大切な仲間だったのに派手にやってくれたじゃねぇか?」
木陰から姿を見せたのは大柄な男。禿頭で左目に眼帯を付けた彼はポトトと同じぐらいの身長がある。その手には私の身長と同じぐらいの長さがありそうな大剣が握られていた。
低い声。口調は軽やかなものだったが、その隻眼は明らかに獲物を見るそれだ。『
今度こそ、死んだかもしれないわね……。
大剣を片手で振り回す大男を前に、またしても死を直感していた私の横で。
「んふ♪ ちょうどいいところに」
なぜか彼女は嬉しそうにほほ笑んでいる。そして私にちらりとその翡翠の瞳を向けてきた彼女は――
「私の事は『メイド』とお呼びください。あなたは……ひとまず瞳の色から『スカーレット』とお呼びします」
――名無しだった私に名前を付けてくれた。
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