死神少女とメイドとポトト
misaka
●始まりの森にて
○路地裏にて
※最初の少しだけ、三人称です。このお話の途中以降、一人称で物語を進めます。
―――――――――――――――――――――
夜。その男は暗く入り組んだ路地を逃げていた。
先日、とある理由で雇用先から解雇された男。生活苦から盗みを働いていたところ、折り悪く家主とその息子・娘に見つかってしまった。このままでは悪事が露見してしまう。ゆえに、そう、仕方なく3人とも殺してしまった。しかし結局、騒ぎを聞きつけた近隣の住民によって衛兵が呼ばれてしまう。
結果、男は複数の衛兵たちに追いかけられていたのだった。
「はぁ……はぁ……ははっ! そうだよ、今思えば、俺は逃げる必要なんてなかったじゃないか!」
荒い息を吐きながら、建物の角を曲がったところで男は自身の
本来は従者として、自分の気配を消して主人を立てるために使用するスキルだ。しかし、使い方によってはこうして悪事を働くことも出来る。結果、男が逃げ込んだのは路地裏の行き止まりだったにも関わらず、
「おい、どこに行った?!」
「確かにこっちに逃げたはずなんだが……」
「ここに来るまでにもう1つ、別の道があった! そっちを探すぞ!」
男を追っていた3人の衛兵は、物陰に潜んでいた男に気付くことなく立ち去ってしまうのだった。
「ふぅ……。どうにか
自身を追っていた足音が聞こえなくなったことを確認して、男は物陰から出る。そして、再び薄暗い路地を駆け出す。今はとにかく逃げなければ。真っ当な人生と引き換えに手にした大量の金を抱えて細い一本道の路地を走っていた男の前に、ふと。
『クルッ!』
「おわっ」
巨大な影が躍り出た。突然の出来事に、男は勢い余って巨大な影に突っ込んでしまう。衝撃を覚悟した男だったが、待っていたのは全身を包み込む柔らかな感触だ。モフモフ、モフモフ。至上の手触りに思わずうっとりしてしまう男。しかし、
「はっ! そうじゃない!」
すぐに正気を取り戻して、モフモフから身を離す。そして改めて自身の逃走を阻む巨大な影を見てみれば……。
『クルッ?』
それは体高も横幅も2mはあろうかという巨大な鳥だった。どうして鳥がこんなところに。男の中に湧き上がった疑問に答えるように、今度は背後から女の声がした。
「んふ♪ よくやりました、ポトト。これでお嬢様も使命を果たすことが出来るでしょう」
「だ、誰だ?!」
振り返った男が見たものは、月明かりに照らされる人形のような少女だった。黄緑色のワンピースに白い前掛け。白金色の長い髪には、フリルをあしらったカチューシャが乗っている。その姿は、“従者”である男にとって、ある種の同業者でもあった。
「
「正解です♪ それよりも、もう逃げなくてよろしいのですか? すぐにお嬢様が来てしまいますが……」
侍女が発した言葉に、男は自分が逃走中だったことを思い出す。しかし、前を巨鳥、後ろを侍女に挟まれてしまっている以上、どちらかに
「――おや、
「ど、どけぇ!」
もう既に3つの命を奪ったナイフをひらめかせて、男は侍女に迫る。
「意地でもお金は放しませんか。さすが悪党ですね?」
「う、うるさい! うるさい! うるさい!!!」
言葉と共に男は何度もナイフを振り下ろす。しかし、侍女は踊るように軽やかに、ナイフをひらりとかわし続ける。そんなやり取りが20秒ほど続いた頃。ちょうど雲が月明かりを隠し、路地裏に深い闇が生まれた時だった。
「おや、お嬢様が到着されたようです♪」
「はぁ……はぁ……。何を、言っているんだ?」
攻撃をことごとく避けられて息を上げている男が、侍女に尋ねる。
「それでは後ろをご覧ください、悪党様?」
「後ろ……? って、おわっ?!」
侍女に言われて背後を振り返った男。そこには、暗闇の中で
あまりに不気味な光景に、男は情けない声を上げてしまう。同時に、雲が晴れて月明かりが路地裏に戻った。
照らし出されるのは、緋色に輝く目を持った小さな少女の姿だ。闇に紛れるような黒いドレス。丁寧に手入れされた、長く艶やかな黒い髪。勝気な目元。あどけなさと高貴さを感じさせる、そんな少女だった。
「時間稼ぎ、ありがとう、メイドさん。下がって良いわよ?」
「かしこまりました、お嬢様」
黒ドレスの少女が言った次の瞬間には、男の逃走を足止めしていた侍女の姿は少女の背後にあった。何が起きたのか分からないまま呆ける男に、少女がドレスの裾をつまんで挨拶をする。
「初めまして、ズロワさん。私の名前はスカーレット――」
スカーレット。その名前を聞いた途端、男は転身して路地裏を全力で駆ける。侍女が居なくなって、男には逃走経路が出来ていたからだ。
少しでも早く、少しでも遠くへ逃げようと、男は硬貨が入っていた袋を投げ捨てる。それほどまでに、男は追い詰められていた。
「まずい、まずい、まずい……まずい! なんでこんなところに“死神”が居るんだよ?!」
悪態をつきながら少しでも“死”から遠ざかろうと、ズロワは入り組んだ細い路地を駆ける。が、4つ目の角を曲がったところで、
「――自己紹介は、最後まで聞くものよ?」
「のわっ?!」
目の前に居た黒ドレスの少女に驚いて、情けなく尻餅をつくことになった。再び立ち上がろうとするズロワだが、手足が震えて力が入らない。
「ま、いいわ。ズロワさん。あなたは3つの命を奪った。間違いない?」
黒ドレスの少女が、ズロワが犯した罪を問う。1歩。また1歩と少女が歩み寄るその度に、ズロワは這いずるようにして逃げる。
「それだけじゃないわね。雇用主の娘さん……だけじゃなさそう。同僚の侍女さんたちまで強姦した。なるほど。だから解雇されたわけね?」
「な、何でそれをお前が……あっ」
自分の失言にズロワが気づいた時には、彼の目の前に少女が居た。立ったまま、地面を這いつくばるズロワを緋色に光る眼で見下ろしている。
「そう。それじゃあ、さようなら、ズロワさん。あなたのことは、私がきちんと覚えておいてあげる。だから安心して死んで頂戴」
言いながら、ゆっくりと少女は腰を下ろし、
死を前に、ズロワの全身が力で満ちる。最期の切り札として隠し持っていたナイフを少女に向けて振るう――。
――のだけど。その途中でズロワさんの全身から力が抜ける。彼の手からナイフが滑り落ちて、路地裏には乾いた音が響いた。
「残念ね、ズロワさん。今はもう、私は触れなくても、相手を殺すことが出来るの」
最期の最期まで生きようとしたズロワさんの亡骸に私、スカーレットは語りかける。と、背後で足音が聞こえた。
「お勤め、お疲れ様でした、お嬢様」
「ええ。メイドさんも、ご苦労様。後のことは任せて大丈夫?」
「はい、お任せを」
頼りになる侍女に事後処理を任せて、私はドレスの裾を揺らしながら薄暗い路地を出る。と、そこには白くて丸い大きな鳥――ポトトが待ってくれていた。
「お待たせ、ポトト。あなたもお腹が空いたでしょう? どこか食べる所を探しに行きましょうか」
『クルッ♪』
私の名前はスカーレット。触れるだけで、見るだけで、相手を殺すことが出来る存在。とまぁ今でこそ「死神」だなんて呼ばれて、人々に恐れられているけれど、少し前までは自分のことすら何も分からないちっぽけな存在だった。
「あ、ひぃちゃん! こっちこっち!」
お店の前で私に手を振るのはチキュウから召喚された転移者であるところのセンボンギサクラさん。肩口の茶色い髪とはつらつとした言動が印象的な、弓使いの女の子。
「……ええ、今行くわ!」
お肉が焼ける良い匂い。明るい魔石灯。そして、何よりも大切な友人が待つ場所へと私は向かう。自分に与えられた役割――職業を果たしたおかげで、お腹はペコペコ。今からご飯が待ちきれない。
「サクラさん、今日も聞いてくれるかしら? 私とメイドさん、ポトトの出会いと、これまでの旅のお話」
「もちろん! ひぃちゃん達のこと、たくさん教えて! だけどまずは……行こっ!」
「あっ、待って――」
私の手を引いてくれるサクラさん。手のひら
席に着いたサクラさんに話すのは、私が
数えきれない死を積み上げる、そんな私たちの旅のお話だった。
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※登場人物のイメージ画像がある近況ノートへのリンクです。ご興味がありましたら、覗いてみて下さいね。
「スカーレット」(https://kakuyomu.jp/users/misakaqda/news/16817330655626113351)
「メイドさん」
(https://kakuyomu.jp/users/misakaqda/news/16817330655925779468)
「サクラ」
(https://kakuyomu.jp/users/misakaqda/news/16817330655671483390)
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