○メイちゃんって、誰?

 賭け事については興味がないわけでもないから、カーファさんに続いて1つのお店に入ってみる。

 赤い絨毯に光沢のある金銀の光を放つ装飾品。ジャラジャラと響くのは『コイン』と呼ばれる金属製の硬貨がこすれ合う音。


あるじは初心者だよな。だったら、ここの回転盤とかがお勧めだ」


 そう言ってカーファさんに勧められたのは、中央でクルクル回る板と小さな球を使った遊び。板には数字と色が割り振られていて、球がどこに入るのかを予想するだけの簡単な遊びだった。

 ひとまず私は、色にかけてみる。赤・青・黒。3色あって、球が入れば賭けたお金が3倍になって返って来る。


「やっぱり、黒ね」


 死滅神の色である黒色に1,000nだけ賭けて成り行きを見守る。カーファさんは赤色に3,000nを賭けていた。やがて、進行役の人によって球が投げ入れられる。回る板のふちを勢い良く転がった球は、しばらくすると勢いを失って……。


「入った! 色は……赤色ね」


 入った場所は赤の6。当たった人が配当と呼ばれる賞金をお金を受け取る。私は外れてしまったけれど、カーファさんは9,000nを一気に手に入れていた。……9,000n。さっき1時間かけて行なった新聞配達よりもさらに多い金額。


「ゴクリ……。カーファさん、もう一度やってみても良い?」

「お、さすが主。気風きっぷが良いな!」


 今度は私も、3,000nを賭けてみる。今手元に残っている財産は残り9,800n。メイドさんへの宿代の返済、食費も考えると、自由に使えるお金は残り3,000nくらい? 最悪、無くなっても働けば良いものね。


「狙うのは、無難に偶数ね!」

「……じゃあ俺は、奇数に6,000n、賭けるか」

「そんなに賭けても大丈夫なの?」


 さっきの倍近いお金を賭けるカーファさんに聞いてみる。すると、にやりと口の端を上げたカーファさんは、


「今日は、主と一緒だからな。これで良いんだよ」


 と、どこか優しい顔で椅子に座る私を見る。遊び慣れているみたいなカーファさん。きっと、普段はもっとお金を賭けているのだということがなんとなく分かる。風格? 余裕? みたいなものがあるわ。


「ほら、始まったぞ」

「本当だわ。……偶数! ……偶数! お願いっ」


 勢いを失ってゆっくりと転がる球を、祈りを込めて見守る。これで当たれば、6,000n! 新聞配達と同じくらいのお金が10数秒で手に入る!

 胸元で両手をぎゅっと握って見つめる先で、カラカラと何度か跳ねた球が回転盤のくぼみに入る。結果は……。


「奇数……。運が無いわ」

「あははっ。どうやら主はついてないみたいだな。『年神様に会えない』ってやつだ」


 笑顔で進行役から配当金12,000nを受け取るカーファさん。対して私は、たった数分で稼いだお金のほとんどが無くなってしまった。……だけど、まだ、3,000nも残っている。


「つ、次こそは……!」

「最後まで付き合うぜ、主」

「いいえ、帰りますよ、お嬢様」


 出た、唐突なメイドさんだわ。だけど、もう驚かない。……いいえ、やっぱり驚くべきね。異常事態に慣れてしまっている自分の異常さを認めるわけにはいかないわ。

 1人自問自答する私をよそに、メイドさんが呆れ顔でカーファさんに詰め寄る。


「カーファ様。お嬢様をこんな場所に連れて来ないでください」

「そういうメイドちゃんこそ。ちょっと心配症が過ぎないか? 失敗も経験。フェイさんも言ってただろう?」


 「メイドちゃん」。馴れ馴れしい呼び方だけど、そう言えば2人は会ったことがあるんだったかしら。それも、メイドさんが造られたばかりの頃に。となると、カーファさんの方がメイドさんより年上ということになるのね。

 ご主人様であるフェイさんを引き合いに出されて、メイドさんが一瞬、顔をこわばらせる。だけどすぐにやれやれと首を振った。


「適切な時機と言う物があります。まったく、風俗店にまでお連れして……」

「まだまだ子供だな、も。顔を真っ赤にしてたあの頃のまんまだ」

「メイちゃん……? 顔を真っ赤……? 誰のこと?」


 カーファさんの視線からメイドさんのことかと思ったけれど、そんなはずはないでしょう。あまりにも印象が違うもの。風俗のお店を見て、目端に涙を浮かべながら顔を真っ赤にするメイドさん。……あり得ないわ。


「お嬢様。お気になさらないでください」

「そう? でも――」

「気にしないでください♪」


 そう念押ししたメイドさんは笑顔。だというのに、追及を許さない圧を感じる。私の好奇心がうずいて仕方ないけれど、今は触れない方が良さそうね。

 と、複数の視線を感じた。周りを見てみれば、遊技台のそばで言い合っている私たちをほかのお客さんたちが少し迷惑そうに見ている。メイドさんもそれを感じ取ったのでしょう。


「……分かりました。今回はカーファ様のお顔を立てることに致します。お嬢様、カーファ様の言うことをよく聞いて、節度を持って遊ぶように」


 指を立て、もう片方の手を腰に当てながら私に言い含めるメイドさん。彼女の翡翠の眼をきちんと見て私がコクンと頷くと、メイドさんもようやく引き下がる。


「必ず、ですよ? お嬢様の性格的に、間違いなくのめり込むと思うので……」


 なおも心配そうに私を見るメイドさんを、カーファさんがニヤニヤと見ている。


「もう立派なお姉ちゃんになったんだな、あの泣き虫メイちゃんも」

「はて、誰のことでしょう。ところでカーファ様。次にその名前を口にしましたら、殺しますよ?」

「おい、物騒だな?!」


 両手を上げたカーファさんにまた大きなため息をついて、メイドさんは賭場を出て行った。メイさん。どうやらメイドさんの因縁の相手みたいね。


「回転盤も良いが、他のもある。残りの金はそっちで使うのはどうだ?」

「……そうね。折角なら、いろんなもので遊びたいもの」


 自由にできる3,000nを握りしめて、私はカーファさんの後に続く。この日、私は少し大人の遊びを知った……つもりだったことを後で知る。

 後日。楽しかったし、サクラさんを連れて歓楽街に行ってみた。


「サクラさん、ここなんてどうかしら?」

「うわっ、高そう~……。なんかドキドキしてきた」

「いい? 使うお金は5,000nまでよ」


 カーファさんに言われた通り、使う金額を決めていざ。カーファさんと行ったところよりも豪華な装飾の賭場に入ろうとすると、門前払いされた。なんでも、普通の賭場は着ていく服も、ウン万エヌを超える最低の掛け金もあるらしい。カーファさんが連れて行ってくれたのは賭場とは名ばかりの、庶民が行くような遊技場だったみたい。

 でも、折角来たんだもの。私とサクラさんの所持金でも遊ぶことが出来るお店に入ることにした。そして、体感で1時間後。


「また、負けた……。と言うより、勝った覚えがないがないわ」

「どんまい、ひぃちゃん。わたしが勝った分で、お昼? 晩? ごはん食べよ」

「いいえ。ご飯代くらいはあるから、まだ大丈夫よ。……次こそ、回転盤に復讐してやるんだから!」

「相変わらず、負けず嫌いだな~、ひぃちゃんは。でも多分、ギャンブルでは悪い方に働くヤツ……」


 暇を持て余した人々が十秒そこらで大金を動かす。しかも、そんな賭場が無数にあるなんて。


「エルラ。やっぱり、恐ろしい所だわ……」


 また別の日、軽くなった財布を眺めながら、1人賭場から帰る。時間と金は人をおかしくすると言うけれど、まさか私もおかしくなっていたみたい。

 真っ当に稼ぐ方が私には合っているのかも。そう気づくのに、28,000nも要したのは誰にも言えない秘密ね。特に、メイドさんには知られるわけにはいかない。あれだけ“節度を持って”と言われたのにこの有様。主としても絶対に知られるわけには――


「お嬢様。ごきげんよう」


 ――終わったわ。それはもう色々と、ね。


「そのお顔、そのお財布……。あれだけ申し上げましたのに……。良いですか、そもそも――」


 この後、メイドさんからのありがたいお小言を1時間くらい聞かせてもらったのは、言うまでも無かった。

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